第8話 新たなる戦いの幕開け
天樹高校はその名の通り、墨田区が誇る東京最大のランドマーク『スカイツリー』(異論は認めない)の近くにある学校だ。
敷地は特徴的な三角形をしており、中州のようなこの土地の地形によく似ている。
その三角の校舎の入り口で、今日も朝から一人で部の勧誘を行っている者がいた。
長テーブルの上には手作りのパンフレットが山積みしてあるが、誰かが取って行ってくれた様子はない。
それを一冊拾い上げてパラパラとめくってみる。
「……!!」
うつむいて座っていたソイツは、初めてのお客人に気づいて期待のまなざしで顔をあげた――が、すぐに失望の表情に変わった。
「よぉ北村。相変わらず一人で頑張ってんなぁ」
「な、なぁんだ有坂殿でござったか……いやはや人が悪い。期待させないでくだされ」
「いやいや。今のお前、一瞬イイ顔してたぜ。その顔で募集しろよその顔で。暗ーい顔してちゃ来るもんも来ねーって」
「そうは言うでござるが……」
「チッ。しゃーねーなぁ……俺が手伝ってやんよ」
その辺に立てかけてあるパイプ椅子を持ってきて一緒に座る。
「えっ……? 有坂殿、いいのでござるか? こんなところ、有坂殿の御友人に見られたら……」
「御友人~?」
チラッと北村の方を見て、すぐパンフレットに目を落とす。
「へっ。いいんだよあんな奴ら。別に友達でもなんでもねー」
「しかし、想い人に相応しい人間になるためにカースト上位に食らいついていくという有坂殿の計画が……」
「ハッ。そんなキョロ充は、昨日死んだよ」
あっ……という顔で、北村はそれ以上踏み込んでくるのを避けた。
俺が詩子さんにこっぴどくフラれたとでも勘違いさせてしまっただろうか。
「北村ぁ……お前、明日死んでも満足か?」
「え?」
「俺は嫌だね。あんな生き方で人生終わったら死んでも死に切れねーと、そう思ったんだよ」
「ど、どういうことでござる?」
「……そゆこと! さーーっ! 後悔ないように生きるぞーーっ!!」
俺は元気よく立ち上がった。
「さーさー寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 楽しい楽しいサブカル研究部はコチラ! なんと今なら部員がたったの2人だけ! 活動内容はマンガ・アニメ・ゲーム・ラノベ、キミの好きなことを好きなようにやってくれちゃっていいんだぜ!」
何人かの生徒が通り過ぎていく。
「繰り返すが部員は現在たった2名! 部費でキミの買いたいタイトルが買えるぞ! さぁさぁ早い者勝ちだ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
クスクスと笑い声が聞こえてきた。
「おまww有坂wwなにやってんのこんなところでwwwwww」
「サブカル研究部?wwなにそれwwオタクかよwwwwww」
「うわ、暗そーwwwwww」
茶髪にピアス、制服を大きく着崩した男たちが寄ってきて嘲笑する。
そこにとりまきの女たちも寄ってきて、一緒に嘲笑する。
男は弱者をネタに笑いを取って自分たちを高いところに置こうとする。女は高いところにいる男たちに群がる。もう散々知ってるよ、お前らのやり口は。
「おー、ところでお前ら。好きなことはあるか?」
「はぁ?wwww好きなこと?wwwwww」
「あるぜwwwwカラオケだろ、ショッピングだろ、ライブだろ……」
「ふーん、いいじゃん。俺はアニメやゲームが好きだ。お前らとなんか違うとこある?」
「違うwwwwとこwwwwww」
「いやいや有坂ぁwwそりゃ全然違うだろお前wwそんな根暗な趣味と一緒にしないでくれよぉwwwwwww」
「根暗? なんで?」
「いやだってさwwそんなの一人で部屋に籠ってやるもんじゃんwwwwww」
「だから一緒に部活する仲間募ってるんだけど?」
「ちょwwそのキモデブみたいなのが10人部屋に集まってみんなでゲームするわけ?wwウケるwwwwww」
――コイツをキモデブと言っていいのは俺だけだ。
毛が逆立ち、パキパキと拳が硬化するのを感じる。
その時だった。
「オーゥ、サブカルチャー研究部! いいデスネー!」
喧噪をよそに、パンフレットを興味深そうに眺める女の子が一人。
おいおい、この空気の中入って来れるとはとんだクソ度胸か、あるいは脳みそお花畑か?
「部長サン、あなた?」
声を張り上げていた俺が部長と思ったか、こっちへやってくる。
「いや、部長はコイツ」
「オーゥ、これは失礼シマシタ! 部長サン、私"エリザ・エル・ペロリンガー"いいマース! 1年生デース! ぜひサブカルチャー研究部に入れてクダサーイ!」
エリザは満面の笑みで北村の手を握ってブンブンと振る。
とたんに北村はゆでだこのように真っ赤になってどもりだす。
「い、い、いいいいいいでござるよ」
と、なんとか声を絞り出した。
「……………………」
さきほどまで草を生やしまくっていた男女は一言も発さない。
こういう連中は、自分より下の人間を見るとマウントをとらずにはいられないが、自分より上の人間を見るとこういう反応になるらしい。
エリザ・エル・ペロリンガー……この1年生の少女は、まるで180度真逆の存在だった。目の前にいる真っ黒に日焼けし、ベタベタに髪を染め、制服を着崩してゴテゴテアクセを飾り付け、カラオケ焼けしたしゃがれ声のサルどもとは。
天然の見事なブロンドヘアは朝日を受けて煌めいて、真っ白な肌は光も水もはじかんばかりだ。服は規則通りで飾り気はなく、光り物の1つも身に着けていない。声は玉を転がすように濁りがなく、それを紡ぎ出す口は小さく唇は薄い。目はパッチリと大きく、顔は小さい。北村なんかこの子の倍くらい顔デケーんじゃねーか?
はっきり言ってそこらのアイドルより断然可愛い。
いや、これは可愛いとかいう次元ではない――そう、天使。彼女は天使だ。
「呼んだ?」
「呼んでねーよ」
アリエルが出てこようとするのを地面を踏みつけて抑え込む。
「い……行こ」
いたたまれなくなったのか、女がその場を離れるよう男に促す。
が、無謀にも男の一人はエリザを取り込もうとする。
「あ、あのさぁエリザちゃん。部活探してんの? だったら軽音部入らない? むっちゃ楽しいぜーwwww」
「軽音部? 何するデスか?」
お! 食いついた! とばかりにまくしたてる男。
「リクエストあったら流行りの曲なんでも弾くぜwwもうガッコがカラオケみたいなもんよwwそれに部員もメチャ仲いいし、みんなで海行ったりキャンプいったりwwオタク部なんかよりゼッテー楽しいってwwwwww」
「ウーン……興味ないデス☆」
秒殺。南無南無。
***
放課後。
俺たちは物理室に集まっていた。
ここがサブカルチャー研究部の部室というわけだ。
前に立った北村に手を挙げる。
「さて、いよいよ念願のサブ研本格始動ですな。北村ぶちょー! ここはひとつ、ビシッと挨拶オナシャス!」
「あ、有坂殿ォ……某、そういうの苦手なんでござるよ。無茶いわないでくだされ……」
「ハイハイハーイ! 部長サン、私、提案がありマース!」
「お、おぉ、なんでござるかエリザ姫」
「私、ニポンのラノベ大好きデース! いっぱい読みたいデース!」
「ラノベでござるか。何か読みたいものはあるのでござるか?」
「なんでもいいから読みたいデース!」
「ふーむ。部費は潤沢ではござらんし、それならまずは某のコレクションを御貸しいたしましょうか」
「ホントデスか!? ワーイ!」
「ちょっと家に帰って持ってくるでござるよ。少々お待ち下され」
北村がそう言って出ていくと、俺たちは2人取り残された。
「フンフンフフーン♪ たのしみデース♪」
ブンブンと足を振って体を揺らしながら北村の帰りを待つエリザ。
向こうはまったく気にしていないようだが、無言なのはこっちが気まずい。
なんとなく話しかける。
「えーと……日本語うまいね。エリザちゃんはどこの人? こっちは長いの?」
「ハイ! 生まれはドイツですが、ニポンはけっこう長いデース!」
「ふーん。どれくらい?」
「16年デース!」
「日本人やん」
そのカタコト言葉はいったい……
と、考えていると突然にゅるりと天井からアリエルが降りてきた。
「あっ! ちょ、おま!」
「どしたデース?」
首をかしげるエリザ。
あれ? 見えてないのか……?
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。天使の姿は普通の人間には見えないから。見せようとしたときは別だけど。あ、声も聞こえないヨ」
「お、おま……朝もわかってておちょくりやがったな……」
ハッとした。
エリザがジーと不審なまなざしで見ている。
――あぁ……そうか。これは……俺が紬希を見ていた目と同じだ……
「そーいうことかよ……」
額に手を当て、やれやれと頭を振った。
少しエリザから距離をとって、後ろを向いてコショコショと話す。
「で? 何の用だ?」
「次のキミの対戦相手が決まったヨ。てゆーか、前回のは紬希のバトルに勝手に乱入しただけだから、実質今回がキミの初陣だネ☆」
「――え?」
いつ、いかなるときでもこいつらの都合で戦わされる。拒否権はない。
『キミには大いなる天使の力が与えられ、同時に責務が発生する』
――その言葉が脳裏によみがえった。
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