第5話 希望と絶望

 俺と紬希はGIGAドンキの店先の様子を近くからうかがっていた。

 ここにも犬の像がある。


「大丈夫かな……」

「ホストどもの姿は……ない……よな?」


 キョロキョロと入念に辺りを見渡す。

 よし、どこにもいないな!


「よし、行くぞ!」


 二人で駆けだす。

 緊張感がすごい。心臓が爆発しそうだ。

 距離が遠い。ほんの20mくらいなのに、永遠に感じる。


「おぉぉぉ…………」

「タァーーーーーッチ!!」


 ――俺の手が、犬の像の頭に触れた。


「…………」

「……………………」

「………………………………」


 ――シーン……


 しかしなにもおこらなかった!


 膝から崩れ落ちる。


「ガクッ……な、なんでだ……カンペキな推理だったはず……」

「ねぇ、みんな犬の像ばっかり探してるけど、ヒントは"犬の像"なのかな?」


 その言葉にハッとした。


「いや……やつら、西口のモヤイ像のところにも行っていた。おそらくヒントは"像"だけだ。犬とは限らない」

「像、かぁ……」


 考え込む紬希。


「奏。ちょっと……静かな所へ行こう?」


 ***


「……で、なんでまたホテルに来ることに……」


 やっちまった。非常事態とはいえ、入っちまった。

 ごめんなさい、詩子さん。


「でも俺は……心までは屈したりしない……!!」

「なにブツブツいってんの」


 紬希はスマホに向かって懺悔をしている俺をよそにおもむろにベッドに寝転がる。


「お前……何してんの?」

「ちょっと明るいわ。電気消して」

「ハァ!? お前、緊急時なのをいいことに俺をこんなところに連れ込んでいったいどうするつもりだ!? ハッ……まさか……俺の青い果実を熟れる前にもぎ取ろうと……!?」

「何言ってんのバカ。私のスキルを使うのよ」

「あっ、スキルね……」


 電気を消すと、真っ暗になった。


「なぁ、お前のスキルって……」

「黙って!」


 ピシャリと黙らされた。

 紬希はスゥゥと、大きく深呼吸すると静かに力強く言葉を吐き出す。


「――オクルス・クアルール神を見る者の瞳!!」


 突如クワッと見開いたその瞳が闇の中爛々と輝く。

 眼球が左右に動き、何かを探しているようだ。


 しばらくすると、光がおさまった。


「……ふぅ。もういいわよ、電気つけて」


 電気をつける。

 紬希は疲れたように目を押さえ、バッグから目薬を取り出して差した。


「今のは?」

「私のスキルよ。任意の範囲の空間を脳内に映像化できるの。渋谷周辺の像をひととおり調べてみたわ」

「あー、Georgeジョージマップみたいなもんか。で、どうだった?」

「けっこういっぱいあるわ。制限時間はあと1時間……全部は調べきれない」

「考えようぜ」


 まず、敵の動向だ。相手だって今も調べ続けているはず。

 あいつらが触ったところにはもう行かなくてもいいだろう。


「あいつら、今どこにいた?」

「NHQのビル周辺をうろついてたわ」


 口頭だけじゃ俺にはわからないので、スマホで地図を開きながら確認する。


「あいつらと今まで遭遇した場所から考えると……文化村通りを上がって、そこには何もなかったから井之頭通りに渡って引き返してくる途中……ってとこか?」

「とすると、センター街方面は連中が先に調べちゃうか、ギリギリ先に行けたとしても遭遇する危険が大きいわね」

「逆方向になんかないかな?」

「えっとね……」


 紬希が隣にくっついてスマホを覗き込む。


「ここに似たような犬の像が1つ」

「ふむ」

「ここに猫の像」

「ん猫ちゃん! 猫ちゃん!」

「ここに子供の像」

「ふーむ」

「こっちにフクロウの像もあるわね」

「……あっ!?」

「どしたの?」


 ――フクロウ。


 あの男を見た時に感じたことを思い出す。


「そういやあの亜門って人……初めて見た瞬間、俺思ったんだよ。"猛禽類みてーな顔してんな"って」

「猛禽類……? あっ!」

「行ってみようぜ!」


 ***


 明治通り。


 ずっと西口側を調べていたが、東口側にも像がある。

 電気店の前にひっそりとたたずむ、"希望"の名を冠したフクロウの像。


「よし……行くぜ!」


 ホストどもの姿がないことを確認し、ダッシュで石像のもとへと向かう。


「タァァーーーッチ!」


 ――俺の手が、フクロウの像の頭に触れた。


「…………」

「……………………」

「………………………………」


 ――シーン……


 しかしなにもおこら――


「そこまでッ!!」


 ボウン、と、煙とともに石像の頭上に男が出現する。


「お見事でございます、奏様、紬希様。あなた方の勝利でございます」


 紬希と顔を見合わせる。


「や…………」

「やったぁぁぁぁぁああああ!!!!」


 俺たちは、抱き合って喜んだ。



「――それでは、少し人のいないところへと場所を移しましょうか」


 勝利の余韻に十分浸ったころ、亜門はそう言った。


「そうッスね」


 彼についていく。対戦開始のホテルの屋上へと戻るようだ。

 その道中、ホスト崩れどもと鉢合った。


「あっ!?」

「テメーら、なんで執行人と一緒に……」

「フヒヒヒヒ、サーセン。俺たち、勝っちゃいました」


 両手でVサインをしつつ、チョキチョキと動かして煽る。


「クッ……こ、こんガキャ……!!」

「納得いかねぇ! 正解はなんだったんだよ!!」

「まぁまぁ、両者落ち着いてください。ここでは目立ちます。話は例の屋上で」

「チッ……」



 屋上に戻ってきた。


「……で? 正解は?」

「東口の電気店の前に設置されたフクロウの像、が正解でございます」

「はぁーーーっ!? 像っつったらハチ公だろうが! なんでそんなドマイナーなモンにしてくれてんだオッサンコラ!」

「最初からそいつらの肩持って、そいつらが触ったもん正解にしただけじゃねーだろーな!」


 口々に文句を言うバカ共。

 紬希に耳打ちする。


「お、おい……なんか雲行き怪しくね? 大丈夫かなコレ……」

「まぁ、堕ちた者フォールンと戦う時はだいたいこんな感じよ」

「お静かに願います」


 亜門は最初にやったように、連中に圧をかけて屋上の床にへばりつかせる。


執行人エクスキューショナーは中立の立場を守ります。基本的にどちらかに肩入れすることはございません。今回も、私はなんら恣意的な判定はしておりません。しておりませんが」

「グッ……あァッ!?」

「仮にそのようなことがあったとしても、それはあなた方に王たる器がなかったというだけの話……つまりは」


 亜門は猛禽類の目を大きく見開いた。


「ガタガタぬかすな、小童共」

「ヒッ……!」


 ホスト崩れどもはしょんべんちびった。



「……さて、お待たせいたしましたお二方。勝利報酬の時間です。なんでもお望みのままに」

「なんでも!?」

「はい」

「え、えーとえとえと…………紬希、なんにしよう!?」


 報酬のことなど全く考えてなかった。


「奏、期待してるとこ悪いけど、私欲では権利を使わないわよ」

「えっ」

「私の望みはただひとつ。あいつらをゲームから降ろすこと」

「ゲームから……降ろす?」

「そ。このゲーム、負けたらそれで終わりじゃないのよ。やろうと思えば何度でもチャレンジできるし、天使や悪魔から授かった力だってそのままよ。そんなの危険すぎるでしょ」

「な……なるほど。そういうことかぁ……」


「願いは決まりましたかな?」


 亜門の周囲に魔法陣が浮かび上がり、すっかり日の落ちた闇夜の中、屋上が怪しく輝く。


「はい。私の望みは――」

「そいつらをブッ殺してくれ!!」


 ――え?


 ホスト崩れどもは、俺たちの方を指さしながらそう叫んだ。


「……はっはっはっはっは。往生際の悪いこった。敗者の叫びに意味なんてないのに。ねぇ、亜門さん?」

「……あっ」

「"あっ"!? "あっ"って何!?」


 亜門が間抜けな声を出すやいなや、魔法陣の中からゴバァとどす黒い大きな腕が出現し、俺たちを引きずり込んだ。

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