第3話 ゲーム開始
現実世界。
「ヒャハハハハ! いつまで逃げ回る気だァ!?」
「おいタク、後ろ回れ! 後ろから抑え込め!!」
「くっ……!」
前後左右から迫りくる男たち。逃げるのももはや限界だった。
「あっ!」
躓く紬希。
「ゲッヘッヘッヘッヘ。つーかまーえ……」
「離れやがれこのクソ野郎がぁぁぁぁぁ!!」
空中に出現した穴から降下した俺は、右腕を硬化して位置エネルギーまかせに紬希の腕を掴んでいる男をブン殴った。
「ゲボハァァァァッ!」
男は屋上の床を10mばかり滑っていく。
――よし、使える!
なかなか悪くない能力だ。
「か、奏……!? アンタ、どうして……」
「おう紬希。もう安心だぜ。スーパーヒーローと化した俺が来たからにはな!」
カッコをつけて彼女の前に立つ。
「このガキャア……ブッ殺す!!」
いきり立つホスト崩れども。
「両者、そこまでッ!!」
――突如、天から隕石のように落ちてくるものがあった。
ズドオオオン、と、すさまじい衝撃が走る。
「な、なんだァ!?」
謎の土煙の中から現れたのは――
「――やれやれ。私が到着する前に勝手に始めているとは、せっかちな方々ですな」
真っ黒なジュストコールには金の刺繍がこれでもかとばかりに絢爛に施され、その下にはシワ一つないジレが覗く。キュロットからはおよそ日本人離れした長さの足がスラリと伸び、いかにも西洋貴族といった風情。
少し長めの黒髪の下には、穏やかな声色とは対照的に猛禽類のような鋭い顔が見えた。
「……もう。遅いわよ」
「失礼いたしました、紬希様」
俺はその迫力に思わずたじろいでしまったが、紬希はため息を漏らしながら貴族風の男に文句を言った。
「……紬希。こいつは?」
「あぁ、えっとね……どこから説明したもんか……っていうか、アンタは……」
混乱した様子の紬希。
そこへ貴族風の男が口をはさむ。
「初めて見る方がいらっしゃいますな。新しい会員様ですか?」
「会員?」
貴族風の男は、きょとんとしている俺の指輪に気づくと、話を続けた。
「会員様――のようですね。では改めまして、初めまして。私、072クラブ 第漆号
「その顔で下ネタかよ」
「どけコラおっさん! そのガキ、もっかいブッ殺す!!」
いきり立ったホスト崩れが、話をしようとする貴族の男を押しのけて迫ってくる。
身構える俺。
――が、ゲス野郎どもは見えない何かによってその場に押さえつけられ身動きが取れなくなる。
「今、新規会員様にご説明中でございます。少々お待ちくださいませ」
亜門と名乗る男は、手を後ろに組んだまま直立不動の姿勢で話を続ける。
「ご確認いたします。あなた様は勢力は"天使"をご選択ですね?」
「せ、勢力……?」
「ソダヨー☆」
戸惑っていると、急に背後からアリエルが現れてそう回答した。
「あっ、お前いたのかよ」
「ボクは常にキミと一緒にいるよ☆
「承知いたしました。よろしくお願いいたします、奏様。私、この極東地区を担当させていただく
「さっきから
「順を追ってご説明させていただきます。あなた方
「覇権?」
「左様でございます。世界では、此度の紬希様と龍司様のマッチのように、天使勢と悪魔勢の対戦が各地で行われています」
……世界各地で、こんなことが起きてるのか。
「対戦相手と対戦場所はランダムに決定されます。今回の紬希様と龍司様の場合、龍司様がホスト、紬希様がチャレンジャーという位置づけで、龍司様のホームグラウンドであるこの渋谷でのマッチとなりました」
「ちょっと待てよ。なんかちゃんと管理して運営されてるっぽいけど、いろいろおかしいぞ。まず、相手は3人いるのにこっちの紬希は1人だ。その時点で対戦が成り立ってなくねーか? しかも相手は始まる前に襲い掛かってきてたぞ」
「はい。順にお答えいたします」
亜門は人差し指を立てた。
「まず1つめのご質問――対戦の人数差。これはルールの範囲内でございます。最初に"世界の覇権をめぐって戦う"と申し上げましたが、それは最終的なお話。もう少し詳細にご説明いたしますと、最初は1対1、次は2つの町での勝者同士が組んで2対2、その次は3対3……と、地域ごとのマッチを繰り返しながら規模を拡大し、やがては世界規模での対戦となっていくわけですが」
「が?」
「龍司様が何度かマッチを潜り抜け相応の仲間を得ているのに対し、紬希様はそれ以上に何度も戦っているにもかかわらず仲間を得ておりません。これは紬希様の自己責任の範疇となります」
「紬希……お前、こんな世界でもボッチなんだな……」
「ボッチ言うな! アンタだって似たようなモンでしょーが!」
「俺は違いますー。俺には
続けて中指を立てる亜門。
「2つめのご質問――対戦前の襲撃。これについては、推奨はしておりませんが罰則もございません。また、一般人に対して攻撃を仕掛けることも同じく推奨はしておりませんが罰則はございません。ただし、何が起きても自己責任でお願いいたします」
「おいおいおい。俺はそのせいで死んだんだけど、どうしてくれんだよ」
「どうもいたしません」
亜門はにべもなく話を切った。と、取り付く島もない……
「では新規会員様へのご説明はこれくらいにして――本題に入りましょうか、紬希様、龍司様」
そう言うと、亜門はホスト崩れどもへの圧力を解いた。
「グッ……ハァ、ハァ……いってぇ、クソが……」
「今回の対戦の勝利条件をご提示いたします。条件は――"制限時間は2時間。その中で目標に先に触れること"となります」
「勝利条件? 目標?」
「うっせー黙ってろクソガキ。テメーにゃ関係ねーよ」
ホスト崩れどもが吐き捨てる。イラッときた。
「亜門さん。俺、紬希側のメンバーで対戦に参加していいッスよね」
「ふむ?」
「ダメに決まってんだろ、部外者が――」
「構いませんよ」
ホスト崩れどもが吠えかかるが、亜門はアッサリと了承した。
「ではもう少しご説明いたしましょう。制限時間とは、この対戦の有効時間のこと。この時間内に条件を満たすことで勝利となり、勝利チームには"このエリア内に属する事象を1つ自由にしてよい権利"が与えられます」
「エリア内に属する事象?」
「はい。例えば、好きなあの子を振り向かせたいとか、憎いアイツを殺したいとか――○○飲食店の経営権を自分に、というのでもOKです」
「人でも物でも自由にしていいってこったな」
「そのとおりでございます」
「条件は"目標に先に触れること"って言ってたけど、何のこと?」
「それは対戦の中で見つけてください。ノーヒントで見つけるのは難しいでしょうから、相手選手を撃破しますとヒントがドロップするようになっております」
――なるほどね。
だいたいわかった。
つまり、この対戦というのは武力だけを争うものではなく、情報分析力、推理力、探索力などさまざまな力が試されるものということだ。
だが武力も重要だ。バカでも相手を倒せばヒントを得ることが出来てしまう。第一、まずは最初に一人倒さないとノーヒントでは目標を探しようがない。
「それでは両チーム、準備はよろしいですか?」
「さっさとしろや」
ホスト崩れどもが今にも飛び掛かろうとしてくる。
「奏……ホントにいいの?」
「あぁ? 何言ってんだお前……いいわけねーだろ」
いまいましげに言い放つと、紬希の表情が曇る。
「今までこんなこと一人でやってたのかよ……言えや、そういうのは」
「え?」
「べ、別にあんたのためなんかじゃないんだからねっ! ただ、面白そうなことやってんなーと思ったってだけだよ!」
「あ、あー、そう……」
退屈な日常が、変わろうとしている。
俺は乾く唇をぺろりと舐めあげた。
「それでは……ゲーム開始でございます!」
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