第2話 ひとつだけ選びたまえ、望みのスキルを!

 目が覚めると、俺は何事もなかったかのようにビルの屋上に座っていた。


 ――あれ……? 何が、どうなったんだっけ?


 死の間際の光景がフラッシュバックし、慌ててバババッと腹や背中をまさぐってみるが何も異常はない。


「なぁんだ、夢だったのか……って、紬希は!?」


 あたりを見渡しても誰もいない。


 ――いや、それどころか。


 屋上の端に駆け寄り、渋谷全体を見渡しても……人っ子一人いやしない。日が沈もうとしているというのに電気すらついていない。

 あまりの異様な光景に、ゾクゾクと寒気が走る。


「なんなんだ……いったい、なんだってんだよ……」


 体から力が抜け、フェンスに手をかけたままシナシナとひざを折る。



 ――不意に、薄暗い空にまばゆい光が煌めいた。


「うおっ、まぶしっ!」


 空を見上げると、何かが天から降りてくるのがわかった。

 やがてそれは高度を下げ、俺のすぐ頭上へとやってくる。


 まぶしくて何も見えやしないが、その光の中には人のようなものがいるみたいだった。

 そいつが話しかけてくる。


「有坂 奏――残念ですが、あなたは死んでしまいました。あなたには3つの道があります」

「死ん……だ……?」

「1つは、私と共に戦う道。2つは、私の導きに身を任せて旅立つ道。3つは、そのいずれも拒否し、永遠にこの孤独な世界を彷徨う道」

「……戦う? 戦うって、なんだよ」

「死ぬ瞬間のことは覚えていますか? あなたは、"彼ら"に殺されたのです」


 そう言うと、そいつは空中に映像を出現させた。


「見なさい。あれが"堕ちた者"フォールン。悪魔に魅入られ、堕落し、欲望のままに求め、壊す者」

「……まぶしくて見えねーよ」

「あっ、ゴメン」


 そいつはカチッ、と、電気を消すように光を消した。


 ――あ、天使だ。


 見た瞬間にわかった。

 頭上に浮遊する輪っか、真っ白な翼、純白のドレス。それに非現実的な明るい桃色のウェーブヘアがふわふわと空中を漂っている。

 その表情はとてもやわらかく、慈愛に満ちている――ように見えた。


「コホン。見なさい。あれが"堕ちた者"フォールン。悪魔に魅入られ、堕落し、欲望のままに求め、壊す者」

「言い直したな」


 言われるがまま、映像を注視する。


「――!!」


 そこには、ホスト崩れのゲス野郎どもに襲われ続ける紬希の姿が映っていた。

 俺が割って入ったことでなんとか体勢は立て直したみたいだが、再び捕まるのも時間の問題に見える。


「おい、俺をあそこに戻せるのか?」

「え? うん」

「じゃ、さっさと戻せ」

「え? もっと細かい説明とか――ほかの選択肢も聞かなくていいの?」

「いらん。さぁ戻せ。今すぐ戻せ!!」

「……わかった。では、契約を結ぼう!」


 天使は空中から指輪を取り出す。


「ボクの名は大天使アリエル」

「洗剤かな?」

「この名において、キミに力を与えよう」


 天使が指輪を差し出し、こちらの左手を出すよう促してきたので、そのとおりにする。

 その人差し指に指輪が差し込まれた。


「キミには大いなる天使の力が与えられ、同時に責務が発生する」

「え、責務って何?」

「では有坂 奏――契約に基づき、キミをゲームに招待しよう。ひとつだけ選びたまえ、望みのスキルを!」

「ねぇ責務って」


 次の瞬間、指輪から文字列が飛び出していき、俺の周囲にスキル表が浮かび上がった。


「おいこんなことしてる場合じゃないぞ。さっさと戻してくれよ」

「何の力もないまま戻ったところで、さっきの二の舞だよ。スキルは選んだほうがいいと思うけど」

「あぁクソッ」


 映像の中では刻一刻と紬希が追い詰められていっている。俺は焦りながらも、スキルとやらを選ぶことにした。


 1つめ。『体の一部を硬くする』

 2つめ。『体の一部を太くする』

 3つめ。『体の一部を長くする』


「……おい」

「ん? なに?」

「下ネタか、これ?」

「??」


 天使はきょとんとしている。


「えぇい」


 残りの選択肢も見る。


 4つめ。『体の一部を柔らかくする』

 5つめ。『体の一部を細くする』

 6つめ。『体の一部を短くする』


「…………え、これで全部? 選択肢が6個しかないんですけど」

「う……うん。それで全部ダヨ」

「ふざけんなテメーコラ!」


 天使に詰め寄る。


「選択肢少なすぎだし微妙に役に立つのか立たないのかわかんない能力ばっかだし! つか後半3つは何の役に立つんだコレ!?」

「え、えーと……キミのが太くて入らないときに細くするとジャストフィットするかも……」

「それ下ネタだよな?」

「もしくは、キミのが長くて入らないときに短くするとジャストフィットするかも……」

「絶対下ネタだよこれ!!」


 ――えぇい。もはや考えても仕方ない。どの能力を選んでも大して役に立ちそうにないし。


「よし決めた」

「おっ、何にする?」

「せっかくだから俺は漢として! "体の一部を硬くする"を選ぶぜッ!!」


 バァァァアアン、と、ポーズを決めながら宣言した。




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