God ♰ Game

すきぴ夫

プロローグ

第1話 キョロ充、死亡!

「有坂殿、有坂殿」


 東京都立天樹高校。休み時間の教室で、妙に芝居がかった口調で話しかけてきたのは俺の無二の親友『北村 珍男きたむら はるお』だ。


「あん?」


 俺は机にひじをついたまま、気だるげに応答した。


「どうだったでござる? "Dear My Heart"」

「あー昨日借りたギャルゲね。まだ序盤しかやってねーよ」

「なんだーつまらぬ。早く有坂殿と"きり×さく"の尊さについて語り合いたいでござるのに」

「はぁ? 何が悲しくて男とカップルのこと語りあわにゃならんのだ。こういうのは一人でじっくり楽しむもんだろ。つかガッコでこーいう話すんのやめろ」

「なぜでござる?」

「あのな、俺はガッコじゃフツーの男の子で通してんの! キモオタだと思われたくねーんだよ」

「某と話してる時点でダメだと思うでござるが……」

「じゃ話しかけんな」

「しどいッ!」


 断っておくが悪意はない。男同士の他愛もないじゃれ合いだ。そこへ異物が混じってくる。


「あはははは。相変わらず根暗ね、かなで

「あぁ?」

「そーいうの、隠してる方がキモいわよ。友達欲しいならもっとオープンになった方がいいと思うけど?」

「お前がそれ言うか……」


 前の席から話しかけてきたのは幼馴染の『天都 紬希あまつ つむぎ』。

 こいつが天都あまつで俺が有坂ありさか。何の因果か家も隣で幼稚園から高校までずっと一緒。席も常に前後とストーカーのようにピッタリとくっついてきやがる。


 まぁ顔はそこそこいい方だし? 普通だったら悪い気はしないのかもしれないが……こいつは重大な病気に罹っている。


「ハッ……」


 前の席から話しかけてきたかと思えば、急に何かに気づいたように天井を見上げ、立ち上がる紬希。


「あいつら……こんなときに……!!」

「は?」

「ごめん奏。今日は早退するわ」

「いつもの電波ですか」

「先生に言っといて」

「闇の組織と戦いにって?」


 紬希はロクに返事もせず、艶やかな黒い長髪をなびかせながらツカツカと教室を出て行った。

 しばらく顔を見合わせていた俺たちだが、北村が先に沈黙を破る。


「はふぅ……相変わらず紬希姫はミステリアスでござるねぇ」

「ただの病気だと思うけど」

「有坂殿……いつも思うがやけに紬希姫に冷たいでござるな?」

「そりゃいつもあんな調子じゃな」

「わかってない、有坂殿はわかってない! あんな見目麗しい女人と隣り合わせに巡り合った幸運を! 今にバチがあたるでござる! 全世界の男の恨みと妬みを一身に受けて地獄に落ちるでござるぞ!?」


 残念ながらそれはない。

 俺にとって同年代の女なんぞバナナ(スマホ)を持ったサルでしかない。

 恨み言をつらつらと述べるデブを無視して俺はスマホの待ち受け画面を開く。


「はふぅ……」


 うっとりと俺の女神の姿を瞼に焼き付け、デブとサルで穢れた目を浄化する。


「また見てるのでござるか」


 ひょっこりと覗き込んでくるキモオタ。


「おい、せっかく浄化した目がまた穢れたぞ」

「有坂殿も変わったお方でござるなぁ……周囲にはこんなにピチピチのJKがいるというのに、BB……いや、母君の御友人に首ったけとは」


 俺が待ち受けにしていたのは、家族写真――に見せかけた想い人の写真。

 そこには俺と、妹と、母と、母の音大の後輩である詩子うたこさんの4人が写っている。


「お前にはわかるまい。若くしてシンママになった世界的ピアニスト。そのかーちゃんは世界を飛び回ってて不在がち。そんな中幼い兄妹を面倒見てくれた優しいおねーちゃん……」

「デュフフ。それもまた夢のようなシチュエーションでござるねぇ……」

「だろ? 俺小3くらいまで風呂入れてもらってたもん。バッチリ覚えてるぜ」

「ごくり……そ、それは真実まことでござるか……!?」

「マジもマジ。大マジよ」

「あ……あそこも見たのでござるか……!?!?」

「見た見た。もうバッチリよ」

「ど……どうだったでござるか!!??」


 "I"の形だった――とは、教えてやらない。


「まぁ、それはともかく」

「何がともかくでござるかッ!!」

「わかっただろ? この罪深さ。俺の性癖を歪めた責任は重いぜ」

「それで有坂殿は年上好きになったんでござるねぇ」

「まぁな」

「AVのジャンルもそればっかりでござるもんなぁ」

「おいやめろ」


 下ネタを堂々と話せるのが陽キャ、みたいな勘違いをしていた時期が俺にもありました。

 だがそれは大きな誤りである。イケメンがサラッと爽やかに話すからいいのであって、キモオタがニチャアとそういう話をしているのは途方もなくキモい。

 俺はピシャッと話を打ち切った。


 ***


 放課後。


 退屈な時間が終わり、ようやく帰宅時間になった。

 一人でテクテクと家路を急いでいるとふと気づく。


 あれ……おかしいな。どうしてこうなった?

 中学時代の反省を生かして高校では"普通"に生きるぞ、と頑張ってみたものの、2年生にもなって未だ北村しか友達らしい友達がいないのはどういうことだ。


 適当な談笑なら誰とでもできるし、クラスのみんなともそれなりにうまくやってるはずなんだが……逆に言うと誰とも"知人"以上の関係になれていない。


 くそぉ……なぜだ。なにがいかんのだ。

 お笑いの話とか、アイドルの話とか、洋楽の話とか、ファッションの話とか、彼女の話とかになったとたんについていけなくなって聞き専になってしまうのがダメなのか。ダメなんだろうな。もっと知識を仕入れなければ……


「はぁ……」


 ため息が出る。


 やっぱつれーわ。

 だって全く興味ねーんだもん。


 できるなら家でゲームしてたい。

 感動的なシナリオに涙したり、熱い展開に燃えたりしてたい。


 心の中でそう弱音を吐きつつも、行動はするしかない。人間関係のカースト最下位はゴメンなんだぜ。

 俺はいったん家へ帰って着替えると、半蔵門線に乗って渋谷へと向かった。


 ***


「……みんな、オッシャレだなぁ……」


 思わず独り言が出る。


 ハチ公前でいつものように人間観察をしていると、夕方あたりから「その服、どこで買ったの?」と思わず聞きたくなるような色とりどりのオシャレな服装の男女がとめどなく行き来するようになっていた。


 しばし往来を眺めていると、見覚えのある人影が通り過ぎていくのに気づいた。


「……紬希?」


 俺と同レベルで友達がいないはずの電波女が、どこで知り合ったのかホスト崩れみたいなガラの悪い連中と歩いている。


「あいつ……まさかいけない遊びに手を染めてるんじゃ……」


 ガキんちょに興味はない。

 興味はないが、家族同然に育った身としちゃ放っておけない。

 俺はこっそりと尾行を開始した。



 ――妙だな。


 紬希たちは、談笑するでもなく淡々と歩いている。

 お友達にしちゃヒエヒエすぎるだろ。


 彼女たちは、センター街の方には行かず、大きな電気店の裏道に入っていく。

 一体どこに行くんだ? 普段俺は駅とセンター街の間の100メートルかそこらを往復するくらいしかしないので行先がまるで見当がつかない。


 人ごみに紛れて慎重についていくと、やがて非常にマズいことに気づき始めてしまう。


「マ……マジかよ。ここって……」


 ――ホテル街じゃねぇか……


 紬希は、男たちと躊躇なくそのうちの一つの建物に入っていった。

 ア……アカン……!! アカンぞ…………!!!!


 俺は我を忘れて後を追った。



 建物の中は薄暗く、入り口に部屋を指定するパネルがあるだけで店員の姿もない。

 ヤベェ、勝手がまるで分らない。紬希たちはいったいどの部屋へ入ったんだ?

 一部屋ずつ、しらみつぶしにノックして回るか?


 バカな考えばかりが頭をめぐる。

 焦ってまともな思考ができない。


 ――待て。あいつらが入ってから俺が入るまでの間に、そんなに時間は空いてなかったはずだ。


「エレベーターか!?」


 ダッシュでエレベーターの行先階を確認する。

 表示パネルは6……7……と動いていき、最上階の8階で止まった。


「8階かぁぁぁっ!」


 カゴが降りてくるのも待っていられない。

 非常階段の扉を開け駆け上る。

 そして8階に入る扉に手をかけようとしたそのときだった。


「さーて、それじゃあ始めるとすっか」

「え? ちょっと待ってよ。まだ"彼"が到着して――」

「うっせぇ! んなの待ってられっか!」

「えっ、あっ……きゃあ!」


 ――この声……紬希だ!


 声は屋上から聞こえてきた。

 始めるって……いったいそんなトコで何をおっぱじめるつもりなんだぁ!?


 屋上への正規の上り方はわからない。わからないがそんなものを探してられない。

 俺は手すりを足掛かりに屋上の縁に手をかけ、ファイトいっぱつとばかりによじ登った。


 その目に飛び込んできたのは――


 押し倒され、今にも乱暴されんばかりの紬希の姿。

 全身の血が頭に上った。


「テメーら……俺の"家族"に何してやがるッ!!」


 猛然とゲス野郎どものもとへと走っていく。


「あん……? んだ、こいつ?」

「どっから湧いて出た?」

「ウソ、奏……どうしてこんなところに!?」


 それぞれの反応をする連中をよそに、俺は突っ込んでいく。

 とにかくゲス野郎の顔をぶん殴ることしか頭にない。


「ヒヒッ……! おいタクぅ。そういやさぁ、この力、パンピー相手にも使えるんだったよなぁ」

「おうリュウジ。そういやアイツ、そんなこと言ってたな」

「このアホガキで試してみっか」


 何か聞こえたが、何を言っているのか意味はわからない。

 距離が縮まり、俺は腕を振りかぶる。


「ダメ……奏、逃げてッ!!」



 ――最後に目に映ったのは、悲壮な表情で俺を見つめる紬希の顔だった。



 次の瞬間、俺は床に寝そべっていた。


 あれ……? おかしいな。体が動かない。

 腹のあたりが滅茶苦茶熱い。ペットボトルから水を灌ぐみたいに、何かがドクンドクンと脈打って流れる感覚がする。口内には鉄の味が広がっている。


 ――あ、これ死んだわ俺。目が……覚め、たら……異世界、に……


 プツンと、意識が途切れた。

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