4
晩夏が連れてきた残暑は十月のはじめぐらいまで続き、それが終わるやいなや、辺りは紅葉の季節に包まれる。目まぐるしい季節感の変化を前に、わたしはたまに吹き付ける冷たい風に肌を震わせながら、学校からの家路を歩いていた。やや早歩きで進むわたしに対し、ステラは周囲に小さく見える山肌へとせわしなく視線を泳がせている。
「これが『コウヨウ』かあ。初めて見るけれど、きれいな景色だね。ユーリ」
ステラが、ひときわ抑揚のはっきりとした声で感想を述べる。これまでは緑色で統一されていた山が、突然黄色や紅色で彩られたことに、強い関心を抱いているようだった。それに対して、わたしは彼の言葉に応じることなく、ただ歩を前へと進める。
「どうしたの、ユーリ。何だか元気がないね。何かあったの」
「別に。何でもないよ」
「そういう風には見えないよ。困ったことがあったら相談してみてよ。ぼくたちは、ともだ――」
「何でもないったら!」
わたしの語気が思わず荒くなる。先ほどの言動を心の内に呑みこめば呑みこんでんでいくほど、言葉にできないとても酸っぱい感覚が、わたしの喉から鼻、脳をちくちくと刺した。それをぐっと抑え込んで、わたしはゆっくりステラへと顔を向ける。
「ごめんね、言い過ぎたよ」
「ううん、そんなことはないさ。気にしないでいいよ」
「うん、ありがと……ねえ、ステラ」
わたしはつとその場で立ち止まる。ステラもまた、小さな羽をパタパタと動かしたまま、その場に留まった。
「今日、学校の友達がね、言ってたの。来年の春から、遠くの中学校に行くって。それで、わたし」
そこまで言ったところで、わたしは自分の目じりに涙が溜まっていくのに気づいた。わたしは、ぐっと両手の指先で、うっすらと滲んだ涙を拭う。すると、ステラがしんみりとした様子で、ゆっくりと口にする。
「お友達と離れ離れになるから、ユーリは悲しいの?」
「うん。だって、幼稚園の頃から親しかったんだもん。だけどね、その子言ってたの。『将来のためには、それも仕方のないことだから』って。それを聞いたとき、何ていうか悲しいっていうよりも……自分ってどうしてこう、何かのために頑張ることができないのかなって、ぼんやりとだけど思ったの。わたしは、あの子と違って将来の夢は何にも思い浮かばないから。だから、そんな自分がちょっと恥ずかしいというか、ばかみたいっていうか……わたし、わかんないよ」
一言一句、言葉を進めていくごとにわたし自身の口調が弱くなっていく。そのまま、心の内から湧き上がってくる名前も分からない奇妙な感覚を防ぎきれずに、わたしは両手で目を覆った。やがて、わたしの手をとおして眼前に黒っぽい小さな影が重なる。ステラがわたしの目の前に移動してきたのだ。
ステラはわたしに向けて、言葉を選び取るかのように少しずつ言葉を紡いでいく。
「ユーリ。かつてぼくが住んでいた星には、こんな言葉があったんだよ。『絶えず手を伸ばせば、その手はいずれすべての星へと通じる』ってね。この星の言葉で言い換えたら『待てば海路の日和あり』がそれに近いかな。焦らず騒がず、ゆっくりと少しずつでも手を前へと伸ばしていけば、その手は必ず宇宙のあらゆる星につながる、という意味さ。だからさ、今はまだ掴めなくても、少しずつでも手を前へと伸ばしていけば、きっといいことがあるよ。ぼくがこうして、この地球へ来ることができたんだから」
わたしは、両目をごしごしとこすって、遠い星から来た友達の姿をはっきりと映す。彼の黒い瞳には、はっきりとした信念が表れているように見えた。
「今はのんびりと、まっすぐ目標へ進んでいけば。きっとだいじょうぶさ」
ねっ。そう言って、ステラはわたしに向かっていつもと変わらぬ無垢な微笑を作ってみせた。わたしも、そんな彼に負けないようにと、不器用に笑ってみせる。
「ありがとう、ステラ」
そう言った瞬間、暮れゆく秋の夕日が、目の端に眩しく反射した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます