卒園式

卒園式は晴天だった。


何度も園で今日の練習をしていたらしい乃亜は朝からウキウキしていた。

家族3人で少し早めに家を出て、いつも朝先生が迎えに来る公園で最後の制服姿の写真を撮った。

ひみつのこみちをしっかりとした足取りで歩いていく乃亜を見ていたら、小さかった年少の頃を思い出した。

乃亜に続いて進んでいくと幼稚園の門が見え、いつものように園長先生が迎えてくれた。


園庭に足を踏み入れ、みちかはびっくりした。

笑顔で出迎えてくれる沢山の先生方の中に、百瀬の姿があったのだ。

百瀬はあの日のように紺色のスーツを着て、優しく園児に話しかけている。

乃亜の元にちょうど仲良しのお友達が駆け寄ってきた事もあり百瀬が居る事は伝えられず、そのうち関崎に何やら耳打ちをされた百瀬は、みちかと乃亜に気づくことなくどこかへ行ってしまった。

それはあまりにも一瞬の出来事で、まるで幻のようだった。

そのままみちかは受付を済ませると、乃亜を教室へ送り届け悟と卒園式が行われるホールへ向かった。


まだ胸がドキドキしていた。

卒園式でまさか会えるだなんて思ってもいなかった。

会えなくなって5ヶ月、何もない毎日をしっかりと送ってきた。

だけど百瀬の事を本当に忘れる事が出来たとは言えなかった。

今頃どうしているだろうと心の片隅ではいつも気になっていた。


ほどなくして職員の席に百瀬が現れ、距離はあるけれどみちかからよく見える席に腰掛けた。


「あの場所、いい写真が撮れそうだよね?あっちで立って見ようかな。君はこのまま座ってていいよ。」


開式時間が迫った頃、保護者の座席が少ない事を気にしていた悟は立ち上がり、ホールの隅の方へと歩いて行った。

隣に悟が居なくなったみちかは、百瀬をじっと見つめた。

手元に視線を落とし、伏し目になった百瀬は少し疲れているように見える。

仕事がすごく忙しいのに休みを返上してわざわざ来てくれたのかもしれない、みちかがそんな風に思い見つめていると、百瀬がそっと顔を上げた。

そこで初めて視線が合った。

その表情で何かを伝えるわけでもなく、百瀬はただ、みちかを見つめていた。

みちかもひたすらに百瀬の顔を見つめていた。

焼き付けるようにひたすら。

会えなかった分を取り戻すかのように、式が始まるまで見つめ合った。





式は素晴らしかった。


名前を呼ばれしっかりと返事をする姿に、歌声に、手紙の朗読に、何度も泣かされた。


いよいよ退場となり、乃亜の順番が来た。

出口で花を受け取って、担任に最後抱きしめられる姿を見届けてみちかは小さく息を吐いた。


乃亜の園生活が、ついに終わったのだ。


教室で小さなお別れの会をして、お友達や先生と写真を撮っていたら随分と時間が経っていた。

見れば園庭にはもう園児もまばらだ。

門の前で副園長がお見送りのためにわざわざ立っていてくれている。


いつまでも名残惜しそうに遊具で遊んでいる乃亜に、みちかは優しく声をかけた。


「乃亜ちゃん、そろそろ帰りましょう。」


百瀬の姿はもう、無かった。

これで本当に終わりなんだとみちかは思った。


「そうだ、パパ!壁画を見た!?たまごの殻に色を塗ってちぎり絵をしたんだよ!乃亜ちゃんはネコちゃんを担当したの。見てくれた?」


「そうなの?まだ見てないな。どれかな、パパに教えて。」


嬉しそうに乃亜は頷くと、悟と手を繋ぎ門へと向かった。

みちかも後に続きながら、ある事に気付いて立ち止まった。


「乃亜ちゃん、上履き忘れてるみたい…。」


手に持っていた乃亜の上履き入れが空っぽだったのだ。

乃亜が振り向き、「あ!」と言った。


「ママ、取りに行ってくるわ。パパと壁画を見ていてね。」


「うん、わかった!」


みちかは急いで園舎へ戻り、外階段を登って2階の靴箱へ向かった。

先生方も謝恩会が始まったようで、既に人気はなくなっている。

シンと静まり返った2階の昇降口で、みちかはポツンと靴箱に残されていた乃亜の上履きを手に取った。

それを上履き入れに入れている時だった。


「卒園おめでとうございます。」


ふと声がして、振り向くと廊下に百瀬が立っていた。


「百瀬先生…。」


百瀬はにこやかに、こちらへ歩いてくる。

スッと伸びた背筋と、明るくて澄んだその雰囲気でみちかの方へとゆっくりと歩み寄る。

その姿があまりに素敵で、動けず佇んでいたみちかは、気づくとふわりと百瀬の両腕で包み込まれていた。


「会いたかった。」


それはまるでとても大切なものを包み込むような、みちかの知らない優しい感覚だった。



fin


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navy blue〜お受験の恋〜 山花希林 @kirin-yamahana

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