自己陶酔・満足型短文 名前と顔は知っているあなたへ

五十川マワル

急啓


結局のところ、私はあなたを思い出すことはありませんでした。

写真を見てもわからないし、横たわったあなたを遠巻きに見たって何もわかりませんでした。感じませんでした。だからあなたの聖域を引っ掻きまわすこともできたのです。

 ですがあなたの跡を背にしたとき、私は私の脳内であなたを想起していました。うずくまるあなたを。誰も見たことがないその瞬間を。

 

 そうしてあなたを背中で感じながら、私はほんの数年分の手帳を読み漁ってあなたを知った気になりました。

 きっと長いこと、ご自身の信念を突き通して過ごされてきたと思います。そこにあったすべてはその賜物です。立派です。私が一生かけても追いつけないでしょう。


 築き上げてきたそれらは、しかし一瞬にして溶け出してしまいました。それらは私のような、無関係な人間のもとにまで流れてしまいます。

 その上あなたはこの期に及んで未だに独りだなんて、冗談も大概にしろと叫ぶ声が聞こえてくるような気がします。


 だから私はせめてもの罪滅ぼしに、私の中のあなたに宛てて文章を書いた次第です。

 ごめんなさい。私は何も知らずにこれからも生きていきます。

 その代わり、時間の止まったあの場所とそのにおい、あなたの断片たちを私は一生忘れません。


 生きた人間のエゴで報われることはないかもしれません。

 それでも、あなたがここではないどこかでほっと一息ついていることを願います。


 それではお元気で。さようなら。

                                草々

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