第13話 潜る牛頭王
迷宮に血の匂いが立ち込めていた。
恒常的に繰り返される戦闘の中で、また一人名もなき戦士が命を散らしたようだ。
「牛頭王様、この人はエルマダ王国の兵士のようですよ」
最近よく見かける集団だな。
精強な部隊のようだが、死傷者を出さずにすませられるほど迷宮という場所は甘くない。
彼らも仲間の死体を打ち捨てていくほどに急いでいたのだろう。
「せめて遺体を埋めてやるか」
憐れに感じて、通路の端に墓を掘ることにした。
「穴を掘る道具がありませんが、牛頭王様は土魔法が使えるのですか?」
「魔法も道具も必要ない」
地面に指で長方形を描いて、ザックザックと手で掘り返していく。
指先にあたる石も端から粉砕されて、みるみる穴は深くなっていく。
3分もかからずに墓穴はでき上ってしまった。
「この人の魂は、すでに冥界に旅立っているようですね」
「祈りの言葉は要らないか……」
遺体をそっと沈めて、沈黙をもって手向(たむ)けの心を表した。
「牛頭王様」
アンゼラが神妙な声で話しかけてくる。
なにか言いたいことがあるようだ。
「どうした?」
「牛頭王様は人間と仲良くしたいんですよね?」
「べ、別にことさら仲良くしたいわけじゃないぞ。ただ、ちょっと前まで人間やってたし……、他の神より人間に思い入れが深いっていうか……」
「いわゆるツンデレってやつですか?」
つまらない言葉を学習しているんだな。
「だったら、なんなんだよ?」
「もしも牛頭王様が人間と仲良くしたいのなら、この人たちに加護を与えるというのはどうでしょうか?」
「それは王国軍のために戦えと言うことか?」
「はい」
「え~……、自分から積極的に加護を与えるのって、照れるというか、恥ずかしいというか……。助けてほしいって頼まれるのならいいんだけど……」
「めんどくさい神様ですねっ!」
だって陰キャだったんだもん。
「そもそも戦っている者に加護を与えるのが戦闘神の本分じゃないですか」
言われてみれば、そんな気もするな。
「普通に出ていけばそのお姿を怖がる者も多いでしょう。ですが、ピンチを助けてやれば人々の反応もまた違ってくるというものです」
一理ある。
「つまり、不良に絡まれている女の子を助けて、そこから仲良くなるという王道パターンみたいなもんだな」
「それです。でも、女の子ってちょっと不良っぽい男の子の方が好きですよね?」
うっ……。
たしかにそうかも。
同級生の塚本さんも、ちょっとヤンキーな木内とつきあっていたよな。
塚本さん、いいなって思ってたのに……。
「アンゼラなんて嫌いだぁ!」
「どうしたのですか、突然!? 牛頭王様、すねないでくださいよぉ!」
とにもかくにも様子を見に、俺たちはエルマダ軍の本営に向かうことにした。
王国軍の宿営地を覗いてみたけど、そこはすでに引き払われた後だった。
「きっと先に進んでしまったのでしょう」
「だったら俺たちも奥へ進んでみるか」
この階層の魔物も歯ごたえはなかった。
地図も手に入れたことだし、先を急ぐのも一興だ。
地図を開いて道順を確認する。
「おっ、地下十四階には天然温泉が湧いているらしいぞ」
「人間ってお風呂が好きですよね」
「神々だって好きな人は多いって。それに前世でいた日本という国は温泉の多い地域だったんだ。温泉に浸かりながら酒を飲むという文化まであったんだよ」
「なんですか、その退廃の極みみたいな文化は!? すっごく憧れてしまうではないですか!」
お前は堕天使か!
俺たちは王国軍の野営地へ行く前に温泉に寄っていくことにした。
王国軍のピンチを救うにしたって、薄汚れた牛頭王よりはピカピカの牛頭王の方がウケはいいと思うのだ。
人付き合いの基本は清潔からだよ。
服は
おしゃれと言えば、そろそろ靴も手に入れたいと思っている。
盗賊からボロボロのブーツをはぎ取って使っていたんだけど、『電光石火』の踏み込みに耐えられなくて、すぐに壊れてしまっていた。
おかげで今も裸足のままだ。
「よ~し、お風呂に入ってさっぱりするぞ」
「おーっ!」
……えっ?
「アンゼラも入るの?」
「もちろんです。私もお風呂につかってお酒を飲みたいです。ダメですか?」
「い、いいけど……」
「牛頭王様が先に入ってくださいね。私はその後で結構ですから。遠慮しないでゆっくりとお酒をいただきます!」
あっ、別々ですか……。
ほっとしたような、残念なような……。
いかん、俺は何を考えているんだ!?
アンゼラは身長が1mにも満たない天女だぞ!
それなのに不覚にも興奮してしまうとは。
「うぉっ! 牛頭王様が自分で自分を殴っている!? 唐突に何の修業ですかっ!?」
「き、鍛えている」
「頭を?」
「せ、精神……」
「ほぉ~……」
くぅうう、やっぱり戦闘神のパンチは効くぜ。
(神技『筋肉の鎧』は、神技「鋼の肉体」に進化しました)
なんとっ!?
自分で自分を痛めつけたら、防御系スキルが進化したぞ。
こんなこともあるんだね。
『鋼の肉体』は『筋肉の鎧』よりも10倍の防御力がある。
試しに自分の顎を殴ってみたけど、さっきよりは痛くなかった。
「どうしたのですか、今度はうずくまって?」
「パンチがいいところに入って、脳震盪(のうしんとう)を起こしちゃった……」
アホなことをやりつつ、俺は着実に神の力に目覚めていった。
地下十四階は熱気の漂う場所だった。
階段を下り切ると深い谷が見えていて、底の方では溶岩の川が流れている。
「随分と暑い場所ですね」
気温は40度くらいあるのだが幽体のアンゼラは平気のようだ。
俺も暑さ寒さには強いようで、特に不自由は感じなかった。
さすがに溶岩の中に長時間つかったら消滅してしまいそうだけど、数分くらいなら耐えられる気がする。
敢えて試してみる気はないが。
谷沿いの道を慎重に進み、再び狭い洞窟の中へ入っていくとバシャバシャと水の流れる音が聞こえだした。
近くで地下水が流れているらしく、さっきよりもだいぶ涼しくなっている。
入り組んだ細い路地を抜けていくと、一番奥のどん詰まりにこんこんと湧き出る泉があった。
湯気を立てているところを見ると、これが迷宮の温泉らしい。
浴槽はかなり広くて直径が七メートルはある円形をしていた。
「牛頭王様はゆっくりと浸かっていてください」
「アンゼラはどこへ行くの?」
「ちょっと、マギュウを探しに……」
温泉酒を諦めていないらしい。
幽体だったら魔物に襲われることもないだろうから、特に心配はしないで送り出す。
「道に迷うなよ」
「大丈夫ですよ! もしもマギュウを見つけたら牛頭王様の魅力で乳を搾らせるように説得してください」
「いや、それは……」
「ワインを飲みたくないんですか?」
あのワインは美味しかったけど……。
「とにかく、マギュウを探してきま~す」
アンゼラはフワフワと行ってしまった。
マギュウのことは見つかってから考えるとして、今は温泉を楽しむとするか。
服を脱いでお湯に入ると、パチパチとした泡が肌を刺激して気持ちがいい。
炭酸泉というものなのだろう。
「ふいぃ~……染みるなぁ……」
ゆったりとお湯に体を浮かせていると、少しだけまぶたが重くなってきた。
リラックスして眠くなってきたのだ。
俺は眠気に抵抗することなく目を閉じてしまう。
魔物が近づけば殺気でそれとわかるので、迷宮で寝るくらいはどうということもないのだ。
…………っ!
何者かが近づく気配で目が覚めた。
辺りをうかがうがアンゼラはまだ戻ってきてはいないようだ。
「お前たち、ここから先は誰も通さないように見張っているんだぞ」
あれは女の声?
「姫様、早くいきましょう」
「あら、セラナ、そんなに引っ張らないで。ここは暗くて」
声から推測して若い女が3人のようだけど……。
まずい、この顔と裸を見られたら大混乱が起きてしまう!
俺は大きく息を吸い込み、温泉の底へと潜った。
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