第12話 俺の名は

 下層への階段を探していたら、ラビリンスオクトパスという魔物にエンカウントした。

海水でも淡水でもなく、陸上で生活するタコの魔物で、頭のてっぺんから足先までの長さは6mを超えている。


「どきやがれっ!」


 道をロストしてイライラしていた俺は、思いっきりタコを殴った。

これまでの敵なら間違いなく即死ダメージを与える必殺のストレートだ。

ところがこのタコの場合、弾力のある体が攻撃を吸収してダメージを軽減させているようだ。

さすがは軟体生物といったところか。


「おお! 牛頭王様の攻撃が初めて受け止められた!?」


 アンゼラはびっくりしていたけど、こうでなくては修業にはならない。

それに、俺の技はパンチとキックだけじゃないのだ。


「だったら……」


 手刀を構えて高速でタコの懐に飛び込み、その勢いのまま逆袈裟ぎゃくけさに切り上げた。

すべての動きを『電光石火』に乗せることによって手は鋭利な刃物と化し、タコは真っ二つに切り裂かれて絶命してしまう。


「おお! てっきり牛頭サンダーで仕留めるかと思ってたのに、そうきましたか。牛頭王様はまだまだ隠れた技をたくさんお持ちなのですね」

「うん……」


 牛頭サンダーのことをすっかり忘れていたよ。

どうも俺は肉体派らしい。

魔法っぽい攻撃よりも体を使う方が性にあっているのだ。

脳筋じゃないぞ、相性の問題なのだ……。

でも、これからは意識していろんな技を使うようにしないといけないな。

何かを極めるのも大切だけど、幅広い戦術がとれるようになりたい。

マルチ型戦闘神に俺はなる!


「牛頭王様っ! 何やら出てきましたよ! これは焼いたタコではありませんか?」


 ラビリンスオクトパスはタコ焼きならぬ、焼きダコをドロップした。

串にささったタコのぶつ切りがいい色に焼けている。

味付けは塩とハーブが振りかけてあるようだ。


 すぐさま実体化したアンゼラが葉っぱに包まれた焼きダコを拾い上げた。


「う~ん、香ばしさとハーブの香りが混然一体こんぜんいったいとなっております」

「これは温かいうちに食べてしまった方がよさそうだな」

「はい! 私もそう思うであります! 冷えると食品は固くなるのです」


 食欲天女はまた新たな事実を学んだようだ。


 ムグムグムグムグ……。


「噛み切れないほど弾力が強いですが、噛めば噛むほど味が出ます」


 俺の顎は強いから噛み切れないなんてことはない。

だけど、美味しいことは事実だ。


「これはお酒にも合いますね。どこかにマギュウはいないかしら?」


 モグモグと口を動かしながら、アンゼラはキョロキョロと辺りを見回している。

そう簡単にマギュウが見つかってたまるか。

だいたい、また言い寄られたらお断りするのが面倒だろうが……。

そんなことを考えていたら、何者かの視線を感じた。

まさかマギュウが現れた? 

いや、これは人間の気配か。


「おい、そこに隠れている奴、俺たちに何か用か?」


 食事中なので素顔を晒しているけど、今さら構うものかと思っている。

今はだれかとコミュニケーションを取る気分ではない。


「ん? 見覚えがあるな」


 現れたのは昨日助けた忍者だった。

忍者は緊張しながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「あの、昨日助けてくれた方ですよね?」

「うん」


 なんとなく目を合わせづらくて、焼きダコを見つめたまま返事をした。


「あの時の人間ですね。もぐもぐ。元気そうで良かったです。むぐむぐ」

「えっ? 天使!?」


 実体化しているアンゼラがタコを食べながら話しかけると、忍者は大袈裟なくらい驚いていた。

これまでは角度的に俺の陰に隠れて天使の輪っかが見えていなかったのだろう。


「で、何か用か?」


 人間にはさんざん怖がられてきたから、つっけんどんな言い方になってしまった。


「あ、あの、昨日はきちんとお礼を言えなかったから。ありがとうございました」


 まじか!? 

素顔を見られているのに感謝されるのは初めてだ! 

神様、ありがとう‼ 

って、俺も神の端くれだった。


「気にするな……」


 内心はともかく、見た目はクールに振舞う。

戦闘神には威厳(いげん)というものも必要なのだ。


「なにかお礼をしたいのですが」

「お礼だとっ!?」


 ともだちになってください! そう言いたいけど、そこはぐっと我慢だ。

いきなりそんなことを言ったら、ひかれてしまうかもしれない。


「お気に障ったのならお許しを。貴方は命の恩人なので、せめて何かお返しをしたかっただけで……」

「だったら、ここがどこか教えてもらいましょうよ! 私たち迷子になっちゃって」


 バカアンゼラ! そんなことをばらしたら、戦闘神の威厳が吹き飛んじゃうだろう!?


「さようでしたか、それならばここに迷宮の地図の写しがあります。これをお使いください」

「いいのか?」

「私はもう暗記しましたので」

「そうか……助かる」


(ほんと、超助かるんですけどぉ!)

心の叫びは表に出さない。


「あの……、天使を連れているなんて、貴方はいったいどういうお方なのでしょうか?」


 ついにこの質問がきたか! 

カッコよく名乗りを上げるために、脳内で25回は練習したのだ。

今こそ練習の成果を見せてやる。


「我が名は牛頭王。東王母の眷属にして光の勢力スプンタの一柱、戦闘神牛頭王だ」


 間違えずに言えた!


「エルマダ王国の守護神、東王母様の!」

「うむ。昨日、そなたらが地下十階へ赴く際、陰ながら加護を与えたのも我なり」


 あれは素晴らしいピッチングだった。

中学高校時代は帰宅部だったけど……。


「道理で昨日は死者が出ませんでした。牛頭王様が陰ながらお守りくださっていたのですね」

「うむ」


 俺も道案内をしてもらったし、ウィン―ウィンの関係ってことで。


「傷の具合はどうだ?」

「もうすっかり良くなりました。牛頭王様が神力で治してくださったのですね」

「う、うむ……」


 やっぱり、ペロペロヒールとは言いづらい。


「きちんとお礼を言えてよかったです。本当にありがとうございました」


 最後に深々とお辞儀をして、忍者は立ち去ろうとした。


「ちょっと待て。君の名前は?」

「カスミです。カスミ・クロード。エルマダ王国特殊部隊の兵士をやっています」

「そうか。気をつけてな」


 暗闇の中へ去っていくカスミの姿が見えなくなるまで見送った。

覆面で顔はわからなかったけど、声としぐさが可憐だと感じた。


「牛頭王様、よかったですね」

「うん……」


 俺の名前は牛頭王ミノル、ちょっとれっぽい戦闘神だ。


   ♢


 アユーシャが魔導士セラナに手伝ってもらって鎧を装備していると、外からレリミアが入ってきた。


「姫様、まもなく出立の時刻となります」

「私の支度も整ったところです。今日は地下十四階までですね」

「はい。こちらの迷宮の最深部は地下十五階と言われております。十四階に最前線基地を置き、明後日には迷宮の主に戦闘を仕掛ける予定です」


 迷宮の主が討ち取られると、大きな魔力の泉が湧くと言われている。

ただしこの泉はすぐに枯れてしまうので、聖杯を扱うアユーシャも戦場に赴く必要があった。


「ご安心ください。必ずや迷宮の主を打倒して御覧に入れますので」

「ええ、貴方を信じているわ、レミリア。セラナもね」

「はぁ……、自信はないけど全力は尽くしますよ。本当は男とイチャイチャしている方が好きなんですけどね」

「貴様っ!」


 レミリアはセラナの発言を不謹慎と捉えて怒った。


「私は恋をしているときの方が調子が出るの。それなのに、ここにはろくな男がいないんだもん」

「お主はふしだらでいかん。もう少し緊張感を持ってことに当たらんか!」


 アユーシャは二人のいがみ合いを見ながらニコニコと笑顔を絶やさない。


「二人は本当に仲がいいのね」


 アユーシャの感想にレミリアとセラナは同時に呆れかえっていた。


「姫様、恐れながら、それは適切な認識とは言い難いかと……」

「目、悪いんですか?」


 二人に否定されながらもアユーシャの態度は変わらない。


「どんなに反目していても、戦うときの二人の連携は他の追随ついずいを許さないではないですか。二人の活躍に期待していますよ」


 言われて騎士と魔導士は赤面した。

比類なき防御と突進力、英知の神髄を極めた高火力の魔法、二人の力が合わさったとき、そこに敵はいなかったのだ。

そして、その事実を誰よりも認めているのは、他ならぬこの二人自身だった。

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