第8話 いつか料理の女神と
迷宮探索二日目。
急ぐ予定もない俺とアンゼラはのんびりと迷宮をさまよっていた。
階層は地下六階に入っている。
地下五階までは人工的な石壁だったけど、ここはむき出しの岩肌が見えるだだっ広い洞窟のような場所だ。
ところどころに天井を支える大理石の太い柱が立っていた。
「おお、ロボがいるぞ!」
「ロボ? ああ、マシーンゴーレムのことですね」
ここに出没する敵はメカチックなモンスターのようだ。
【メカマイタチ】
イタチ型のマシーンゴーレム。左右の前足についた鋭利な鎌で攻撃してくる。素早い動きが特徴。
ドロップアイテム:
鉄のインゴット〈コモン〉
鋼の鎌〈レア)
「機械のみてくれ通り、食べ物はドロップしないようだ」
「え~~、つまんないですぅ」
アンゼラは人間の食べ物に夢中らしく、あからさまに落胆していた。
俺としてもインゴットやら鎌なんて興味はない。
ただ、これまでの敵よりは素早いようなので、いい修業にはなるかもしれないと思った。
ヒュンッ!
うなりを上げて襲ってきた鎌を余裕でかわした。
「たしかに速いけど『疾風』の敵じゃないな」
それでも、しばらくは攻撃を出さずに避けに徹してみるか。
少しは体術と目の訓練にはなるだろう。
ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュンッ!
上下左右からの連撃は淀みないが、俺はそれを踊るように紙一重でさけてみた。
「すごいですよ、牛頭王様。でも、早く終わらせて次の魔物を倒しましょうよ。食べ物を落とすやつ」
お気楽な天女め、俺は修業をしなくてはならないのだぞ。
「あっ、牛頭王様! 他のマシーンゴーレムが集まってきましたよ!」
メカマイタチ相手に遊んでいたら、新たに5体も戦闘に加わってきた。
完全に取り囲まれる形になったけど、修業はこうでなくてはいけない。
『疾風』をフル活用して12本の鎌を避けていく。
少しだけ緊張感が出てきたぞ。
しばらく回避訓練をしていると、頭の中に例の無機質な音声が響いた。
(神技『疾風』は神技『電光石火(でんこうせっか)』へと覚醒しました)
俺の技はこんな風に進化するのか。
さっそく『電光石火』を試してみると、瞬発力が『疾風』のときの10倍になっていることが分かった。
きっと同じように他の技も覚醒していくに違いない。
いま俺が取得している技は素早さ系の『電光石火』、防御系の『筋肉の鎧』、力系の『剛腕』の三種類だ。
肉体特化型の俺としては、この三つを主軸として能力を伸ばしていくことになるのだろう。
「牛頭王様、そろそろ行きませんか? もっと先に進んだ方が強い敵がいますって。美味しい食べ物も……」
アンゼラの言うことも一理ある。
メカマイタチではこれ以上の覚醒は得られないだろう。
「わかったよ、1秒待ってろ」
言うが早いか『電光石火』の回し蹴りで、周囲を取り囲んだメカマイタチを一掃した。
煙となって消えたメカマイタチが鉄や鎌を落としていく。
「それどうします?」
「どうしますと言われても、俺は鍛冶屋じゃないからなぁ」
鎌は鋭利なので武器として使えなくもないけど、クセが強すぎて使いにくそうである。
鉄のインゴットだって買い取り素材としては優秀かもしれないけど、地上に出る予定は当分ない。
「置いていくよ。荷物になるしさ」
「待ってください、それは浅はかというものです」
「なんで?」
「鉄のインゴットを使えば、鍋やフライパンを作れるのではないでしょうか? この先、料理素材がドロップされたときに役立つはずです」
「その発想はなかったな。だけど、誰が料理をするのさ?」
「それはもちろん牛頭王様ですよ。私は料理の経験がありませんもの。でも、人間界で修業をしていた牛頭王様なら大丈夫でしょう?」
「俺だって家庭科の授業と母さんの手伝いくらいしかしたことないぞ」
カレーくらいなら作れるけど……。
あっ、ホットケーキも焼ける。
それから……って、そもそも料理するのが俺限定っておかしくないか?
「なんで俺だけがするんだよ。アンゼラも手伝えよな」
「教えていただけるのですか!?」
アンゼラはとても嬉しそうに手足を振った。
「俺も料理のことは詳しくないけど、知っている限りのことは教えてやるよ」
「はあぁ、耳目のお役目をしながら、まさかこんな体験ができるとは思ってもみませんでした。牛頭王様に感謝です」
普通の天使が料理をする経験はあまりない。
天上界に住む天女とか天使とかだと、そういう役目を与えられる者もいるんだけどね。
「言っとくけど、煮るとか焼くとかくらいしかできないからな」
「煮る!? 焼く‼ なんと心躍る響きでしょう!」
炒めるとか言ったら飛び上がるのか?
案外、アンゼラは未来の料理神なのかもしれないな。
三百年後くらいに、今日の思い出を笑いながら語れる日が来るかもしれない。
「じゃあインゴットは俺の拳で変形させて鍋にしてみるか」
「そうしましょう!」
ガン! ガン! ガン!
あっという間に
当初予定していた形と違ったけど、これなら炒めるにも、お湯を沸かすにも便利そうだ。
少しだけ賢くなって、俺たちは再び迷宮を歩き出した。
♢
ゾルゲ迷宮の入り口は物々しい雰囲気に包まれていた。
普段は冒険者しかいないこの迷宮に、王国の正規兵が300人も詰め掛けていたのだ。
しかも、ただの正規兵ではない。
近衛師団第一中隊、つまりエルマダ王国最強の旗本部隊であり、精鋭中の最精鋭が集結していた。
「なんだいありゃ?」
遠巻きに正規兵を眺める冒険者が仲間に問いかける。
「なんでも聖女様が迷宮に入られるそうだぜ」
「聖女様が!? 聖女様って、あのアユーシャ王女だろ? そんな身分の方がどうしてまた?」
「さあな? 俺も噂で聞いただけだからさ」
貴族とか王族とかが迷宮に入ることは滅多にない。
冒険者は珍しそうに兵隊たちを見ていたが、その中に王女らしき人間の姿を見つけることはできなかった。
「アイツらあんな大人数でどうするつもりなんだよ?」
「迷宮に入るんだろ? 魔物の一斉討伐でもするんじゃねえのか?」
彼らはバカにしたようにせせら笑った。
冒険者たちの常識で言えば、300人の大部隊など狭い迷宮で展開できるはずもなく、身動きが取れなくなってしまうだけなのだ。
「まったく邪魔でしょうがねえや。アイツらが奥の方へ行くまで2~3日は骨休めだな」
「おっ? 随分と余裕をかましてるな。いつも金欠でピーピー言ってるくせに」
「それがよぉ、地下六階でモーセルベアを狩ったら万能薬クマノイをドロップしてさ」
クマノイといえば20万ルピントは下らない高価な薬だ。
「おいおい、お前らのようなしょぼいパーティーがよくモーゼルベアなんて狩れたな? 全滅してもおかしくない相手じゃねえか」
「俺たちを舐めんじゃねえぞ! と、言いたいところだけど、実際には運が良かっただけなのさ」
「どういうことだ?」
「たまたま通りかかった冒険者が助っ人してくれてよ、それがとんでもなく強いお人だったんだよ」
「へえ、どんな奴だい?」
「馬とも牛ともつかない不気味なマスクをかぶってるんだけどよ、死にかけてた俺たちを颯爽と助けてくれたのさ。信じられるか、モーゼルベアが一撃だぜ!? しかも武器が鍋ときてる」
「鍋ぇ?」
「ああ、ミノルさんは中華鍋って呼んでたな。これが意外に便利だっておっしゃってたよ」
「そいつの名前はミノルっていうのか?」
「おいおい、ミノルさんって呼べよ。モーゼルベアはクマノイをドロップしたのによ、ミノルさんは俺たちにくれるって言うんだぜ。そんな親切なお人なんだよ」
「クマノイをか!? そいつ、クマノイの価値をわかってねえんじゃないのか?」
「バカ言うな、ミノルさんはその眼で何でもお見通しよ! ゴズアイなんめんなっ! クマノイの効能もわかったうえで俺たちにくれたんだよ。そのときにミノルさんはなんて言ったと思う?」
「なんて言ったんだよ?」
「苦いのは嫌いだから君たちが持っていきなよ、と、こうだ。普通は言えねえぞ、そんなセリフ」
「まあなぁ……。おっ、連中が動き出したぞ」
話し込む冒険者の横を聖女の軍隊が迷宮へと向けて出発を開始した。
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