第7話 王国の災難
ミノルたちが迷宮で人間界の食べ物に
「……」
大神殿に安置されたこの国の秘宝、
エルマダ王国は
そんな大切な
普段はエメラルド色に輝き、淡く発光していた
「どういうことなのだ?」
蒼白(そうはく)な顔で国王は神官長に尋ねた。
「わかりません。二週間ほど前から少しずつ魔力が抜けている気配はございました。ただ、これまでもそうしたことはあったので、そのうちに元へ戻るだろうと考えておりました。ところが、今朝になって、この染みが浮き出てきたのです」
聖なるものを汚すような染みは、どこか
「これは
「神殿でも事態を
東王母からの返事は平時でも早いということはない。
巫女が祈りを捧げて最短でも三日、遅いときは一カ月以なしのつぶてのときさえある。
「何か打てる対策はないのか?」
国王の問いかけに神官長は深々と頭(こうべ)を垂れた。
「畏(おそ)れながら、聖女様のお力にお縋(すが)りするしか手立てはございません」
「アユーシャか……」
アユーシャ・クルセダは国王の一人娘であり、
彼女は生まれながらに神々との交信が可能な体質であり、それ故に聖女と呼ばれていた。
ただし、アユーシャが神々との交信を行うには大量の魔力が必要であり、交信が終わればいつも寝込んでしまうほど消耗してしまう。
アユーシャを心の底から愛している国王は、彼女に能力を使うことを禁じていた。
「陛下、国の一大事なれば……」
「わかっておる。誰か、アユーシャを連れてきてくれ」
国王はこの世の終わりのような顔で娘を呼びにやらせた。
ほどなくして王女アユーシャが宝物殿に入ってくると、悲嘆にくれていた人々も幾分か心が休まるような思いだった。
この王女には元々そうした力があったのだ。
ふんわりとした亜麻色の髪、見る者に安らぎを与える大きくて茶色の瞳、知性を感じさせる額と鼻すじ、抜けるように白い肌、たおやかで優しいしぐさ、抜群のスタイル、まさに才色兼備のスーパー美少女だった。
「お父様、話は聞き及んでおります」
「うむ……」
「私にできることがあるのなら、何なりとお命じくださいませ」
「しかし、そなたの体を思えば……」
アユーシャは宥めるように父の手を取った。
「大丈夫ですわ。私も18歳になりました。子どもの頃のように寝込んだりはしませんから」
「うむ……。それでは東王母様にお伺いを立ててほしい。
「承知いたしました」
アユーシャはその場に
「我らが守護神東王母様、どうぞ我が声に耳をお
……………。
(なにごとですか?)
それは聖女がアユーシャの頭の中に直接呼びかける音無き声だった。
「東王母様、私はエルマダ王女アユーシャでございます。我が祈りにお耳を傾けてくださりありがとうございます。実は――」
アユーシャは
「(ふむ……、どうやら
「では
「(安心なさい。下級神があれをどうこうできるはずもありません。現にちょっかいをかけた者は逆に光の力で消滅しています。ですが、消滅時に発した負のエネルギーで
「そのようなことが。東王母様、私共はどうすればよいのでしょうか? 道をお示しください」
「(今の
アユーシャの手に
儀式で使うような大ぶりのゴブレットのような形をしている。
「(その聖杯を持って各地の魔力スポットを巡るのです。ただし、聖杯を扱えるのは聖女であるそなただけです。そなた自らが危険地帯に赴き、聖杯を魔力で満たさなければなりません)」
「国のため、領民のためにも覚悟はできております」
「(ですが、魔力スポットを守るのは
「ご忠告ありがとうございます」
「(うむ、健闘を祈ります)」
こうして、会話を終えようとした東王母だったが、急に何かを思い出したかのように忠告を付け足した。
「(聖女アユーシャよ、魔力スポットは数あれど、最初に行くならゾルゲ迷宮をお勧めします)」
「ゾルゲ迷宮とは我が国の東部にある?」
「(ええ。運命の歯車がかみ合えば、その地で強力な助けを得られるかもしれませんよ)」
「それはいったい……」
「(ところで、貴女、牛は好き?)」
「牛でございますか? 大好きですが……」
「(それはよかった。貴方ならきっとミノ――)」
ブチッ!
唐突に女神との会話は途切れてしまった。
聖女の持つ魔力が尽きかけていたのだ。
窮地を救う方法を教えてくれた東王母に感謝しつつも、聖女には腑に落ちないことが一つあった。
なぜ東王母様は、私に食の好みを聞いてきたのかしら?
国難と牛肉の関係をどうしても解き明かせない聖女アユーシャだった。
♢
俺とアンゼラの迷宮探索は順調とは言えなかった。
魔物の討伐に苦労しているのではない。
入り組んだ通路に迷っていたのだ。
地下五階までの地図は販売されていたが、それより下ともなると、なかなか市場には出回らないレアアイテムになるらしい。
運良く買えたとしても、それが本物であるという保証もなかった。
もっとも、俺もアンゼラも水や食事の心配はいらないので、道に迷ったくらいで困るということもない。
二人してのんびりと迷宮を散策すればいいだけだ。
「牛頭王様、お腹が空きました」
食事は必要ないと言っている端からこれかよ……。
「アンゼラは天女だろう? 本来、ご飯を食べる必要はないんだぞ」
「いやあ~、気分の問題ですよ。先日、人間の食べ物を食べたじゃないですか。あれ以来クセになっちゃって」
「たしかにあれは美味かった」
エルマダ王国の料理は、地球で言うとエスニック風の味付けで、香辛料が後を引く美味さだ。
「もう一度タンドリーチキンが食べたいです」
「うるさいなあ。そのうち食べ物をドロップする魔物に遭遇するだろうから、それまで待ってろよ」
アンゼラはいろいろと注文が多くて困る。
しかも、別に何かの役に立っているわけじゃない。
幽体になって俺の周りをフワフワと漂っているだけの存在だ。
強いて言えば、孤独を紛らわす話し相手としては心強い。
「牛頭王様、見てください! ジュエルスライムがいますよ。美味しい物をドロップしそうな顔をしています」
ジュエルスライムに顔はない。
転生したスライムとはわけがちがうのだ。
だけど表面がキラキラとつややかで、ゼリーっぽく見えなくもないな。
牛頭アイによる牛頭サーチ!
【ジュエルスライム】
直径40㎝~100㎝ほどのスライム。強力な消化液を飛ばして攻撃してくる。迷宮の掃除屋とも呼ばれ、落ちている有機物を取り込み、消化吸収する。
ドロップアイテム
リングキャンディー(コモン)大きな宝石状の飴がついた指輪
フルーツジェリービーンズ(レア)24種類のフルーツを使ったジェリービーンズ
「喜べアンゼラ、アイツはお菓子をドロップするぞ!」
「おお、憧れのスイーツ! やっちまってください、牛頭王様」
なんか、天女にこき使われていないか?
結構楽しいからよしとしよう!
「うしっ! 一丁やってやるか」
拳でスライムを爆散させて、一撃のもとに仕留めてやった。
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