第106話 狩り?


 朝の気配と共に海より来る靄は晴れ行き、2人と3尾が乗った荷馬車は街の外縁を抜け、広々とした農村部へと差し掛かる。

 この辺りは街に集う人々の胃袋を支える公主の直轄領。そのほとんどが、代々の代官により管理されているらしい。


「何だい、公主様は見回ったりしね~のかよ?」


「うん……聞いた事無いよ」


 目指し帽を深くかぶり、居心地の悪そうにそわそわするサニー。


「一度も?」


「うん……そーいうもんじゃないの?」


 ブライトも襟を立て、馬車がすれ違う度に、びくりと緊張する。


 ゼロとワンは、荷台ですやすやと寝息を発て、仲良くとぐろを巻いていた。

 実に静かで好都合。


 軽く手綱を当てながら、御者台に座るエスパーダは、あれやこれやと地元民であるブライトとサニーをその左右に座らせ、質問攻めにするのだが。


「じゃあ、公主様の家族っていね~のかよ?」


「「え? クラータ様だろ?」」


「何だいそりゃ?」


 いくら奴隷だったからって、自分の領主の事くらい、知っててもおかしくないと思ったのだが、2人とも口を揃えてこうだ。


「大体、クラータ様って100年前の人だろ? エルフでも無い限り、流石に代替わりすんだろ?」


「「知らないなあ~……」」


「マジか……」


 実際、捕虜達にも尋問し、軽く体に聞きもしたのだが、冒険者って奴らは根無し草なのか、大して興味も無かったらしく、上の人間の情報は同程度しか得られなかった。

 流石に奴隷でも、それくらいは知ってるだろうと思ったが、街の外の人間だったらしく、中の事はさっぱりと言った具合だ。


 ぼりぼりと頭を掻き、エスパーダはまてよと思った。


 シュルルの奴、騎士団の連中とうまくやったみたいだから、そっちに聞くのが早いか。


 何にせよ、一応偵察が任務だ。

 実際、どれだけ兵站が整っているか、知るには良い機会だ。焦る必要はこれっぽっちも無い。ふふんと鼻で笑った。


「で? 獲物獲れるトコってどこよ?」


「この辺り一帯なら、どこでも。入り込んだ兎や鹿が畑を荒らすから」


 するとサニーが、あっちからこっちと全体を指差した。


「でも、畑を下手に荒らすと怒られるよ。たまに、冒険者が柵を壊して問題になるんだ」


「へえ~。何でだい?」


「何でだろう?」


 サニーとエスパーダが顔を見合わせ首を傾げると、ブライトがさも呆れた風に。


「そりゃあ~増えてくれた方が、とーばつにんむって奴も増えて良いって言ってたよ。

 そんな事も判んね~のかよ~?」

「し、知ってらあ!」

「うっそだ~! 知らない癖に!」

「んだよ、えらそーに! べろべろばあー」


「まあまあ」


 カラカラ笑いながら左右からぽかすか殴り合いを始めたガキ共をぽんぽんとなだめつつ、エスパーダは馬車を適当な木陰に停めた。


 目の前には青々とした牧草地が広がっている。小鳥や野ネズミの姿もちらほら。風に揺れる草木のそれとは違う揺れがそこかしこに見受けられた。

 多分、野ウサギやキツネの類も居る事だろう。


「じゃあ、この辺でやってみるか?」


「うん!」


「ゼロ! ワン! 起きて! 狩りだよ!」


 跳ねる様に御者台から降りたサニーと、荷台に移ったブライト。

 起こされた2尾はふわ~っとあくびをしながら、のっそりと降りて来た。


「「で~、どこさぁ~?」」


 ぽりぽり首筋などを掻きながら、同じ動作で周囲を見渡す2尾に苦笑しつつ、エスパーダは己の左腕の腕輪をかざして見せた。


「先ずは、これを使ってみようと思ってね~」


「「?」」





 エスパーダはゆっくりとした所作で僅かに屈むと、草むらの中から1匹の野ネズミを引き出して見せた。


「「「「え~!?」」」」


「し~」


 2尾と2人が目を真ん丸にして驚くのに、パチリとウィンク。

 そのまま手持ちの麻袋の中へと入れた。


「な、何で逃げないの!?」

「おかしいよ!」


 麻袋を渡されたサニーとブライトは、その中を覗き込んで、たった今捕まえたばかりの野ネズミを取り出しては、不思議そうに眺める。

 手足をじたばたさせ、必死に逃げようとする野ネズミ。何のおかしな所も無い様に思えた。


「なぁ~にね。この腕輪の力を試してみただけよ~」

「え~!?」

「ずるい!」


 シュルルが姉妹達にあげた魔法の腕輪。

 エスパーダはその力だと自慢気に言う。


「うわわっ!?」

「本当だ!」


 ゼロとワンの声に2人が振り向くと、ゼロが小鹿を、ワンがキツネを抱えていた。

 いつの間に!?


「う~り、う~り」

「すご~、全然逃げようとしないよ~」


 ゼロとワンは、互いの獲物を近付けるが、小鹿は嫌がる素振りも無いし、キツネの方も小鹿を襲おうとも、ワンの腕の中から逃げ出そうともしないのだ。


「「何で!?」」


「感覚を狂わせてるんじゃな~い?」


 そう言って、半分呆れた顔でエスパーダは自分の腕輪を眺めた。

 黄金で出来た魔法の腕輪。それはその存在自体をも隠蔽しているが、所有者にはしっかりと陽光を浴びてキラキラ輝いて見えた。

 それには幻影で所有者を人に見せる力と、見る者の感覚に干渉して違和感を無くす効果があるという。それは、野生の動物の鋭い感覚をも狂わせ、混乱させてしまっている様だ。


「これじゃあ~、狩りと呼べないわねえ~」


 そう言ってエスパーダは、今度は野ウサギを近くの草むらから摘まみ上げて見せた。


 両耳を握られ、宙吊りにされながらも、野ウサギはつややかな茶色い毛を逆立てる事もせずに、大人しく鼻をひくひく。たらんと両の足を垂らし、実に大人しい。



 ほんの僅かな時間で、何十匹、何十羽の獲物が入った麻袋で、荷台を満載に。

 普通、あり得ない。1日追いかけまわして、どれだけ獲れる事か。

 それは、荒野で狩猟生活を行って来た、ゼロやワン、エスパーダにも、追放されて食うや食わずの日々を送ってきたサニーやブライトにとっても異常な出来事だった。


 ゼロとワンは、じっと自分の腕輪を見つめ、そんな2尾をサニーとブライトはとてもうらやましく眺めた。


「「これ、ヤバイね……」」

「「いいな~……」」

「シュルルったら、恐ろしい子……」


 ちょっと芝居染みた仕草で、エスパーダはそのごついガタイで、よよよとしなを作る。

 どこまで本気やら。


 害獣駆除には、申請すれば報奨金が出る。

 冒険者ギルド等は、それを中間搾取して、低ランクの冒険者に支払っていたり、肉屋ギルドへ転売して僅かな差益を得て来た。


 ほぼ半日程度の働きで、肉食推進ギルドは、その十倍程の稼ぎを。しかも、獲物は全く傷付かず、毛皮も鮮度も最高のままに捕らえているのだ。

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