第64話 デカハナ襲来


 雑多な香りが濃厚に漂う門前で、デカハナはそこに満ちた情報を一息で感じ取った。


 恐れ、焦り、戸惑い。


 人は感情で体臭が変わる。


 子飼いの1個中隊を以て包囲した獲物は、敵意という鮮烈な激臭を放っていた。


「貴様がシュルルだなっ!!」



「……何故」


「んん!?」


「何故、人の街にオークが?」


「俺は人間だぁっ!!」


「うっそだぁ~」


「「「「「「「「「「ぷぷっ……」」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「だだ誰だぁっ、今笑った奴はぁぁぁぁっ!!!!」」」」」」」」」」


 真っ青になった兵士達は、その恐怖からバタバタと周囲の平民どもを威嚇して回る。

 誰が怖いって? 何が怖いって? この大隊長様がだ。



 第4大隊長のデカハナ様は、馬上よりびっと指さす相手から、手痛いダメージを受けた。



 門前の兵士達は、チェインメールの上に白い貫頭衣を羽織り、前後に黒い太陽の紋章と、第4大隊を表すⅣの数字を描いていた。

 馬上の騎士達は、更にブレストプレートを着込んでおり、オープンヘルムと帯剣は大なり小なり共通する武装である。

 徒歩の兵士達は、更に槍で武装していた。

 無論、指揮官である騎士達も長柄の武装は所有しているが、通常は従者が持って、後から追いかけてくるものである。



 騎上で馬首を巡らし、シュルル達一行の眼前に立ちはだかったデカハナは、その大いなる鼻孔を膨らませ、顔面を真っ赤に染め上げた。

 血走った眼は、鋭く御者台のシュルル……では無く、エスパーダをねめつけ。

 そして、エスパーダも、その名に恥じぬ刃の如き冷徹な鋭い眼光を浴びせ返すのだ。


 正に一触即発。


 そんな相手をあざ笑うかに、エスパーダは不敵な笑みを浮かべて見せた。


「だが、ざ~んねん。あたしはシュルルじゃな~いの」


「んだとおっ!!? 最初に言えぇっ!!」


「勝手に人違いしたんじゃな~い?」


「ぐぬぬ……」


 更に顔面を紅潮させ、歯ぎしりするや、デカハナは居並ぶ女達をぎょろり。

 ぶふぉぉ~っと鼻から息を吸い込んだ。


(我が友ナンコーは、シュルルを一見可哀そうな女と評した……可哀そうな女……影の薄い……日陰者の……)


「おい!! 貴様がシュルルだな!!?」



 その場には、御者以外の女は4人居る。


 この様な状況にも関わらず、甲斐甲斐しくも怯える幼い子供を庇う様に背を向ける、正に母親の鏡と言った風情の女。護ろうという匂い。これは違う!


 何か2人とも全く同じ気配を放つ、大して動じていない女がいる。双子か? 楽しんでいる? これも多分、きっと違う!


 そして、最後に1人だけ、妙に気配が希薄で、存在感の無い、まるで影の様な女が1人! こいつだぁっ!!


「おい!! 貴様がシュルルだな!!?」



 一行の最も後ろに立ち、ふと気を緩めればそのまま人々の認識からフェードアウトしてしまいそうになる女。

 ナルエーは、物悲し気な瞳で、意味ありげにデカハナを見返し、小さく首を揺らした。


「わたしはナルエー。光と影の狭間にある者。

 この街には初めて来ました」


「う……うう……」


 意味ありげな不思議な物言い。

 短いながらも、デカハナにはその女の本質を見事に切り抜いて見せたかに想え、一瞬、言葉を失った。


 では誰が?


 まるで子供の様な気配を放つ双子か?


 それとも……



 ◇



 シュルルは騎士や兵士達が飛び出して来るのを目にし、もしやと思った。

 もしかしたら、あの子爵様とやらの件で……

 もしくは、イキリ屋も……


 御者台から降りると、ブライトとサニー、ゼロとワンの方へ近寄り、皆を手招いた。


「何? 何?」


「どうしたの?」


 まだ気付いて無いブライトとサニー。


「もし、大変な事になったら、ゼロとワンに付いて行って。ゼロ、ワン、お願いね?」


 不安げな2人と対称的に、ゼロとワンは何とも楽しそう。

 余裕しゃくしゃくと言った風情で、目を細めて迫り来る兵士らを眺めていた。


「あいよ~」


「任された」


 掌をひらひら、何とも楽しそう。

 これなら大丈夫と安堵するも、子供らは走り込んで来た兵士達に怯え、かえってシュルルの腕にしがみつく。


「大丈夫。大丈夫だから」


「「~~~……」」


 そう言って、頭や頬を撫でて安心させようとするものの、あの夜散々耳にしただみ声が響き、ますますすくんでしまう様子に、シュルルは意を決した。


 安堵させる為の微笑みをそのままに、ゼロとワンを見やると、2尾も合点招致と2人を背後から抱き掬ってやんわりと引き離してくれた。


「「ふっふっふ~……おいで~おいで~こっちにおいで~……」」


「や~!」


「やだよ~!」


「「そんな事言うと、くすぐっちゃうぞ~。こちょこちょこちょ~」」


「「ふあっひゃあ~!?」」


 細い手足をばたばたさせ、無理矢理笑わされてしまう二人は、顔をくしゃくしゃさせて、小さなお猿さんみたい。

 そんな2人に小さく手を振り、シュルルはくるりと振り向いた。


「私がそのシュルルですが、何か御用でしょうか!!?」



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