第60話 再会
人気の無い雑木林に、小さな歓声が響いた。
シュルルは大地を滑る様に走る。背負うた二人の子を落とさぬ様、それでいて飽きさせぬ様。時には鮮やかに咲く野ばらの茂みを掠り、時には垂れ下がる蔦のアーチをくぐり、陽光煌めく小川を跳び越え、大いにうねりくねりそれでいて瞬く間に目的の地へと辿り着いた。
「あははは!」
「「わぁ~っ!」」
まるでギャロップの様に跳ね、ふわりふわりと数度の跳躍の後、その熱が冷めやらぬ尻尾を大地へ侍らせる。
目の前には、苔むした巨石が節くれだった木々の根を纏い、静かにたたずんでいた。
途端に木々の風に薙ぐざわめきや、鳥たちのさえずり声、虫の音が皆の耳へと届き始める。まるでこちらを包み込む様に。
「さあ、到着~!」
「え? ここが?」
「誰もいないんじゃ?」
興奮冷めやらぬ子供らは、何が起こるのか期待に瞳を輝かせ、周囲を見渡し、そっと腕にシュルルの指先が触れるまで、離れようとしなかった。
「う~ん……」
地面に横たわるワニの上を、恐る恐る乗り越えて降りる方に手を差し伸べながら、シュルルはその舌を素早く出し入れし、周囲の熱を感じ取る。
つい今しがたまで、ぴったりと子供らが密着していた背中が妙にすーすーする。
シュルルは意図的に、背中と子供らの体温を上げていたからだ。それはあきらかに低体温と化していた子供らを温める為、自分の背中と、子供らの密着部分の血液に、微量の振動を生じさせていた。
錬金術において、物には大別すると、固体、液体、気体と三つの状態が考えられる。その違いは、熱量、内在するエネルギーの状態にあると考えられる。
水が熱すれば、蒸気となり、冷ませば氷となる様に。
そして、生物には平均的な体温というものがあり、シュルルは子供らの体温が、かなり低下している事に気付いていた。
そこで、自らの背と、子供らの体温を上げるべく、接触部分の血液の温度を元素魔法により操作し、数度上昇させていた。
これが、蝋燭に火を灯し洞窟を明るくし、瓦礫の山をまるで液体であるかの如くに操作し建物を一晩で築き上げてみせたり、海岸の砂から特定の物質を回収したり、海老や蟹、アホ草の表面にある生体層と呼ばれる様々な微生物の付着した部分を一瞬の振動で跳ね飛ばしてから調理したり、三日月の怪我した部分に栄養とエネルギーを与え再生を活性化したり、海水に溶け込みイオン化していた金の元素を固体に定着させてみたり、小川から水だけを引き抜いて操作したetcetc、錬金術を土台にした元素魔法の基本的な使い方……基本だよね?
次に、シュルルは唇の前に指を一本立て、少し悪戯めいた表情で二人を見渡してみせた。静かにしてねってばかりに。
「「ごくり……」」
息を呑む二人の目の前で、たちまちシュルルの姿が二重にぼやけ、その内片方が目の前の巨石へ向け、ゆっくりと進みだす。
「「わわっ、姉ぇ~ちゃんがっ?」」
「しい~」
シュルル得意の幻覚魔法だ。
幻覚をより真実味を帯びさせるのは、術者の想像力に帰する。
何をよりどれだけ正確にイメージ出来ているかで、幻覚の持つ真実味が増し、見る者の五感を惑わすのだ。
シュルルは数年の訓練を経て使いこなしているのに対し、魔法の腕輪を使う三日月は己の身体を人に見せるだけに止まり、ジャスミンにおいては癖の残る試作品を用いて数日で自分の分身を瞬間数体も生じさせ冒険者を撃退するに至る。
実際、三日月の使い方は想定内であるが、ジャスミンに至っては想定外も良いところ。
つまるところ、シュルルは秀才タイプで、ジャスミンは天才タイプ。三日月は普通の娘といえるかも。
「ホウ! ホウ!」
口元を隠し、梟の鳴き真似をするシュルルの分身。
すると、岩の向こうから返事をするかの梟の鳴き声が二度響いた。
「何だ~、来てるじゃな~い。やっほ~!」
まるで緊張感も無く、ずるずると音を発て移動する分身。
それを茂みの影から覗き見る本体と二人の子供達。
「お~い」
誰も出て来ない。
という事は、こっちが遅れて来た分、何か仕込みを……ふふふふふ……
そんな笑みが、自然と口元に浮かぶ。
大体、いつものパターンだと……
ラミア同士の隠れん坊に必要な事は、姿を隠す事と体温を隠す事。
例えば地面に潜ってみたり、ぽかぽか陽気の日向に出て周囲との温度を同じにしてみたり。
そう考えると、少し手前の地面辺りが怪しい。丁度良い日当たり良好だし。
浅く潜っていたり、落とし穴が掘ってあったり。
岩の向こうで鳴き真似しているのが1尾いるから、もう2、3尾居るとなると、左右の茂みも怪しいものね。
という訳で、ずりずりとわざと音を発てて進んで行きます。
これは是非にお誘いしなければ。
ほらほら。興奮して、息が荒くなっていませんか?
少し離れた地面が、ほんの少し上下する様が見てとれるわよん。
「何よ~? 誰が来てるのよ~?」
そう呼びかけながら、近付いてゆく。
全く、誰よ? こんな子供染みた……そう思いながらも、ちっさい子供に触れてた性か、自分も童心に還りつつある気分。
そう。
実際問題、私達17姉妹が荒野で暴れ回った性で、強めの魔獣怪獣妖魔の類を一時期み~んな追っ払っちゃったのよね。そうしたら、暇になっちゃて。
気付いたら姉妹同士のこういう悪戯が流行って、それが次第にエスカレートして……
結構険悪になっちゃったから、ちょ~っとみんなで間を置こうって話になって、各自ばらばら縄張りを決めて生活をするに至った訳。
ははっ! 何か、こう懐かしい~って感じ!?
でも、私の手の内を知っているなら、知らないなら……どんな手を使って来るかしら?
そんな事を考えながら、わざと罠の内に入り込んでみるんだけど~。
「捕まえた!!」
「わははは!」
「バカめ~っ!!」
意気なり足元の土中から1尾がガバッと跳ね起きシュルルの幻影に組み付くや、左右の茂みから1尾ずつ。更に岩の上から1尾が飛び降りて来る。
うん、何となく判ってた。
「ちょっ、ちょっと待ってぇ~っ!!」
そう叫んだのは、私じゃない。
足元から組み付いた姉妹の誰か。そりゃ、組み付いてみたら空を切るんだもん。当然の反応だよね?
でも、周りでその様子を伺っていたみんなは、それを合図に飛び出しちゃったって感じ?
「「「そ~れそれそれそれぇ~っ!!」」」
「うわっぷ!?」
みんな手に手に抱えた黒い物、泥団子を思いっきり投げつけた。
わはは!
泡食ってびっくりする顔が見れて、超~楽し~い!!
もうもうと立ち昇る土煙。
うん? 土煙?
みんなで囲んで、や~いや~い!って言ってやるつもりだったけど……
「ふえ~ん!」
あれ? 居ないんじゃね?
その不自然な土煙の中、泥だらけになってるのは、土に半分潜った状態で、頭を抱えてる組み付き係の子。
その子を3尾で囲んで、小躍りしながら泥団子を投げつける姿勢で固まった。
「ど、どういう事!?」
「確かに居たよね!?」
「う、上かっ!?」
飛び出した3尾は目を見開いて周囲を見渡し、舌を出して熱を追った。
元より、体温を感知されない様に、少し離れた茂みに潜んで様子を伺っていた事もある。1尾も高い岩の上に陣取って、出て来た様子を目で追っていた。
そもそも、土の中に埋まって待ち伏せしていた姉妹は、梟の鳴き真似におびき寄せられるその気配が近付くのを待ち受けていた。
シュルルの幻覚は、音声ありのもの。地面を滑る音も見事なまでに再現していたのだ。
そして、もうもうと立ち昇る土煙の中から、新たな虚像がむくりと起き上がった。
しかも4体!
4尾を囲む様に立つ様は……
「ふふふふ……おぼろ分身影4っつ……どれが本物か判るまいて」
如何にも虚像でございと言わんばかりの、うっすらとした影の様な薄っぺらい姿。しかも造詣が如何にも手抜きでございと、ぐにゃぐにゃした変な顔ばかり。
当然、泥団子をいくら投げつけても空をきるばかり。
「ふふふふ……あ~っはっはっはっは!」
「くっ!」
「何て事!」
「全部そっくりで、見分けがつかない!」
「ふええぇ……」
約1尾の聞き捨てならないセリフに、シュルルは思わずつっこんだ。
「そこおっ!?」
「「「いたっ!!」」」
「しまった!」
わっと駆け寄る4尾だったが、用意していた泥団子は全部投げてしまっていて、何も持ってないよと両手を上げてにやにやするばかり。
まあ、土の中に居た子はもう貧乏くじも良いとこ、土と泥とを被った状態でちょっと気恥ずかしい笑みを浮かべていた。
「みんな、久しぶりって……あんた、生きてたの!?」
「よっ、随分やる様になったじゃな~い?」
シュルルは、岩の上から飛び降りて来た姉妹に、ちょっとびっくり。だって、ちょっと前の呼びかけに、唯一応じなかったというか、呼びに行ったら居なかったらしい、姉妹の中で1番がたいが大きくて1番大味な性格してたのが、だいぶ野性味あふれる風貌になって現れたのだから。
「「あわわわわ……」」
そして近くの茂みの中、2人の子供がしょんべんちびっていた。
そりゃぁ4尾のラミアが、人の3倍くらいのスピードで走り込んで来たのだから、びびるわよね?
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