第59話 小僧の神様?
この見知らぬお姉さんが、あんまり美味しそうに言うもんだから、あんまり嬉しそうな顔をしてるもんだから、ついふらふらっと、気付いたら間近で見上げていたんだ。
さっきはあんなに怖かったのに。
足の先から、ずわわって血が遡って来るみたいに、おっかなかったのに。
今度は、とってもとっても綺麗……?
空を見上げる様に口をもぐもぐさせて、何ともうっとりとする様は、これまで見た事の無い程に羨ましくて、僕の空きっ腹を、僕の空きっ腹を、うわあああああ!!?
途端、目を見開いたお姉さんが、ばっちり僕を見た!
さも嬉しそうに!
まるで僕を丸かじりするんじゃないかってくらいに、果実の汁で赤々と開かれた口を開き、叫んだんだ!!
「確保~っ!!」
「うわあああっ!!?」
「騙したなぁ~っ!!?}
怖くて、慌てて振り向いたその背中に、はっきりと押し迫る気配に思わず悲鳴を。
蛇の様に絡みついた、お姉さんの腕がびっくりする程に熱い!
脇の下から掬う様に抱き着かれ、あまりにもあっさり持ち上げられた僕の身体が、めり込んでどこまで沈み込むか判らない程に、その熱に喰われるっ!!?
嫌だっ!!
嫌だ嫌だ嫌だっ!!
思いっきり身体をねじって、手足を滅茶苦茶に動かすんだけど、思うように動けない。
身体が動かないんだ!
ダメだ、もう力が……
それに、最初はあんなに熱かったのが、じんわりじんわりと気持ちよくなって来た様な……
<騙されるな!!>
頭のどっかでそんな閃きが。
そうだ! これは罠なんだ!
最初、みんな優しいふりをして、近付いたら殴るんだ! 逃げろっ!! 逃げろっ!!
すると耳元にたまらなく柔らかな風と共に、こんな僕をあざ笑うかの響きが。
「バカね。あんたらみたいなひょろひょろのちび助なんて食べなくても、食べ物はいっぱいあるの~! いらないなら、あたしが食べるけど?」
不意に目の前に太陽みたいな果実が。
<騙されるな!>
細くしなやかそうな、綺麗な指……がそれを支えている。手を伸ばせば届きそうな、本当に手を伸ばして良いの? 食べたい!…………ねえ、食べて良いの!?
じんわり伝わって来る暖かさに溺れそうだよ!
良いって、良いって意味だよね!? そんな事ありえないのに!
<騙されるな……>
手を伸ばせば、それは余りにも簡単に手に入った。
実はこれが木にぶら下がっているのは知っていたんだ。手が届かないんで諦めていたんだ。木によじ登ろうにも、無理だったんだ。無理だったんだ。どうしても食べたかったのに。どうしても!
良いのかな!?
良いの!?
良いっ!?
<だまさ……>
じゅぷり……あっまぁ~いっ!!!!
口の中いっぱ~い!
あれ?
あれ? もう無いよ!?
ああ……喉の奥から滴る何かが満たしていくのが判るよう。さっきの葉っぱとは全然違う、濃厚な存在感に身体が中から震えるのを感じるよう。身体が喜んでるんだ! ああ!! ああああ!!!
この時、何か言われた気がするけれど、ただただ頷くしか出来なかった。
「ほらほら。手も口もべとべとにしちゃって」
ころころと笑う声に促され目を見張ると、今度は不思議な光景が目の前にあったんだ。
いつの間にか、目の前にぷかぷかとまあるい水みたいな玉が浮いている。
僕の頭くらいの大きさの水の玉だよ。
また、さっきの魔法? かな?
そのお姉さんが、僕たちを抱えているその指先を、ひらりひらりと舞わせると、その水の玉からまるでみみずがはい出るみたいに、三本の細い流れが生れたんだ。そして、それが真っ直ぐに伸びて来て、指先のべとべとを洗い流していく。
さっきもだけど、とっても不思議だった。
「ほら、お口を開けて」
そう言ったお姉さんの口へ水が流れ込み、ごくごくと喉を鳴らして見せるのを見上げていたら、楽し気なまなざしが見返して来た。
その青い輝きに即され恐る恐る口を開くと、水が口の中へ少しずつ流れ込んで来るじゃないか。
僕はこの数日、水辺が怖くてなかなか水が飲めないでいたのを思い出し、思いっきりごくごく飲んだ。
どうしてこんな事をしてくれるんだろう?
不思議だった。
何もかもが不思議だった。
「じゃあ、行こうか? 背中にしっかりしがみついてね」
水を飲み終えると、お姉さんはそう言って放してくれた。
逃げ出そうと思えば逃げ出せそうだけど、そういえばワニを食べさせてくれるって言ってたっけ……仲間と目が合うんだけど、互いに小さく頷いて、一緒になって少ししゃがんだ形のお姉さんの暖かな背中にぎゅっとしがみついた。首と脇に腕を回し、思いっきり抱き着くんだけど、どうにも良い香りがして、思わずうっとりしてしまいそうになるんだ。
でも、そこで気が付いてしまったんだ。
このお姉さんは、人間じゃないって。
だって、お姉さんには、見えないけれど、大きな太い尻尾があるんだ!
足の裏から伝わる、弾力があって暖かで、そして鱗のある尻尾が!
そして、残る足を太ももにかけようとして、脚も無いって思えた。
このお姉さんは、下半身が何かずんぐりとした一本の鱗で覆われた何かだって思ったんだ。
「そうそう。そこに脚を乗せて、しっかり捕まっていてね」
とても穏やかな声で、お姉さんは少しうつむき加減に、横目でちらりこちらを見た。
びっくりしたけど怖いとは思わなかった。
そのままの姿勢で、じっと待っているかに思えたから。
だから、ぎゅっと抱き締めたんだ。
こうしていると、何故かこっちもぽかぽかして来るから。
お姉さんの身体が、とても暖かだったから。
「よおし、いくわよ! いいわね!?」
お姉さんは、左腕で草の束を抱え、右の腕でワニの顎をぐいっと持ち上げて見せた。
僕ら二人を足したより、大きな大きなワニを片手で、しかも軽々と!
やっぱり人間じゃない。人間じゃない!
そして、僕らは風になった。
脚の裏で、大きな何かがうねっているのが判る!
全く揺れないのに、風みたいに早く走るんだ!
飛ぶ様に、周囲の風景が後ろに消えて行く!
目を大きく見開いて、息を呑んでこの光景を眺めた。
心臓がばくばく言っている。同時に、お姉さんの鼓動も、呼吸も伝わって来る。
大きく。大きく。とても大きく。
嗚呼、判った。
判っちゃったよ。
きっとこのお姉さんは、神様に違いない……
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