第58話 風よ吹け吹け 嵐よ吠えろ

「ほ~ら、怖くないよ~怖くな~い」


 木陰に隠れた子供らに、にこやかに手招きする私。

 こう見えても、旅の行商人や通りすがりの冒険者や巡回中の兵隊さんに人のふりをして近付く時は、いつもこの笑顔で何とかなる、何とか……良く考えたらみんなおっちゃんだったな……


 そうだ!


「風よ! 嵐よ!」


 初歩的な元素魔法だ。風よ吹け吹けぴゅ~ぴゅ~ぴゅ~!


 両手を掲げ、くるくるっと回し、さっきと同じ要領で風のちっさな刃を作っちゃうぞ! いえいいえいいえい!


 ぽぽうぽうぽう!


 カーブだシュートだストレート。

 狙い定めた3つの刃。え? 何で魔法のスリング使わないかって? だって、ぐっちゃり潰しちゃうでしょう?



 続く三つの嵐が滑り台。

 木の高いところは鳥の領分。低いところは人の分。真ん中辺は猿とかの。枝のほっそい所に残ってた、遠目オレンジ色した果実がひゅ~んぽとん。ぽとぽとと、シュルルの腕の中へと落ち着いた。


「まあ、美味しそうな!……何だっけ?」


 わざと大きな声で、さも嬉しそうに言ってみる。

 ふふ。ぴくんと反応が。


 オレンジより少し赤味がかった、つるんとした薄い果皮。手にしただけで、しっくり来る果肉の重みと柔らかさ。そして、ほのかに香る甘い気配。じっと見つめて糖度を計るとかなりの甘さと判る。毒は無い様ね。


「ふん。これはなかなか甘そうな果実ね! ああ、美味しそう! 美味しそうだわ~!」


 ぴくんぴくん。

 くく。欲しかろう欲しかろう。


「たまたま偶然、3つだけ残ってたなんて、なんて私は運が良いのでかしら!? きっと神様が日ごろの善行をご覧になっていて、ご褒美に下さったに違い無い! ああ、そうに違いないわ! いただきま~す!」


 しゃぷり。

 途端に広がる甘い果肉の大奔流。


 うほ! 熟れ過ぎ一歩手前って所がまた、たまりませんわ!

 これは思ったより、ジューシーで甘く、ちょっとくどい位の甘さ!

 だが、それが良いわ~!


「ほお~、甘い! 美味しい! 何て瑞々しいのかしら!? 残りは持って帰って、街の人に何て果実なのか教えて貰わなくちゃ! ぜひ、教えて貰わなくちゃ!」


 そんな舞台劇みたいなセリフをぺらぺら並び立てながら、うっとりとした表情で、まるで太陽がそのまま果実になったみたいなのを両手に1個ずつ抱え、空を仰いでみたりする。

 そして、薄っすらと片目を開けると……


 どやあ~。


 目の前に2匹の欠食児童が、尻尾があったら全力ぱたぱたさせてそうな表情で、口からぽたぽた涎を垂らして見つめているではありませんか。


 釣れた!!


「確保~っ!!」


「うわあああっ!!?」


「騙したなぁ~っ!!?}


 両腕に1匹ずつこわっぱを抱え込み、完璧にロック。

 もういくらじたばたしても逃がしてあげな~い!


「うふふふ……騙される方が悪いのよん。はい」


 くっと両手の手首を返して、2人の目の前にその果実を指3本で掲げて見せた。


「「え?」」


「バカね。あんたらみたいなひょろひょろのちび助なんて食べなくても、食べ物はいっぱいあるの~! いらないなら、あたしが食べるけど?」


 と、呆けた表情の2人を笑いながら、そっと腕の力を抜いて手渡してあげる。

 何しろ栄養状態がとっても悪いので、ちょっと力を入れただけで骨がぱきぱき折れそうなのだ。あんな大人のワニを縊り殺す程の力で触れたら、大変な事になってしまう。


 ちらちらと目の前で果実を揺すって見せると、慌てて小さな手を伸ばして、両手で抱え込む様におしいだき、一度こちらの顔を目を見開いてはながめ、それからようやく口を精一杯に開いて齧りついた。


「うえっ!」

「んぐっ!」


 同時に意味不明の歓声、多分歓声。を上げて、顔をめり込ませる様に一気にいった。

 ちょっと喉を詰まらせるんじゃないかと、どきっとした程に。

 そして、こうして抱いてみると、やっぱりこの子らの体温が低い。とても低い。とても危ない状態の様に思える。良く生き延びていたなと、逆に感心するわよまったく!


 まぁ、相手にしてみれば、こっちの方が随分と体温高いなと思うのでしょう。


「ゆっくり、ゆっくりね。誰も取り上げたりしないから」


 目を細め、揺れる2人の頭髪を眺め、毛も随分ほっそいなあ~と嘆息。ちょっと頬ずりなんかしてみて。ああ、こんなんじゃ、あの子の事を笑えないわよね?


「それ食べたら移動するわよ。返事はいらない。これは決定事項よ」


 その一瞬だけ、2つの頭が少し大きく前に揺れた様な。



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