第57話 お姉さんは、通りすがりの風来坊

 川面に右の腕を掲げ、掴む様に引きずると、意志のままに真なる水が氷柱の如く立ち昇った。


「ほいさ」


 くっと僅かに腕を引くと、水柱は二手に分かれ、子供らに襲いかかる。


「「わああああっ!?」」


 気付いた時にはもう遅い。

 叩きつけられた奔流が、身構えるより早く駆け抜けた。

 ぐっと両目を瞑り、耐える姿勢のままに硬直する二人だが、衝撃はいつまで経ってもやって来ない。


「あ、あれ?」


「う、うわあああっ!? 何これ!?」


 一人が気付き、己の両腕を凝視していた。


「え……って、うひゃあああっ!?」


 垢と汚れで真っ黒だった手や腕が、まるで水浴びした後の様に真っ白で、だのに濡れてない。爪の間の黒ずみさえも、綺麗さっぱり消えてなくなり、ハッと身体を改めると、べとべとだった衣服の残骸もさらさらの肌触り、白い麻の生地に……


「すげっ!!」


「何した、ねーちゃん!!?」


「こらこら。動くと危ないわよ」


 一々驚いては飛び跳ねる子供らに笑いながら、シュルルは指先に幾筋もの風をまとわせ、くるくる二三度手首を回し、ひょっと投げつけた。


 今度は、風が吹きつける様な事は無かった。

 ただ、一瞬で二人の頭髪が、ポンと弾け、吹き飛ぶと、そこには短く刈り込んだぐりぐり頭の小僧達が、まあるく目を見開いた状態で立っているだけ。

 その出来栄えに、にんまり満足気なシュルルだった。


「うん。まあ、見れる様になったかな?」


「「ぎょ、ぎょえええええええええっ!!?」」


「あ~、五月蠅い五月蠅い。ごはん、あげないわよ」


 その一言に、頭抱えて飛び跳ねていた子供らは、ぴたりと静かに。


「ごはん……」


「食べ物……」


「ほい。とりあえず、これでも口にしときなさいな」


 そう言って、束にしたクレソンの中から数本抜き取ると、ぽんと放って渡す。

 二人は慌てて取り落としそうになりながらも抱え込むと、それをしげしげと眺めた。


「く、食った事ある奴!」


「マジか!?」


(う~ん……この子ら、お腹の中になんか飼ってそうな……)


 目を細め、ぽっこり突き出した下っ腹を眺めつつ、いきなり虫下しなんぞ飲ませたら、ショックで危ないかもと、後でする事に。


 たちまち根っこまで食べてしまった二人に、もう一本ずつ渡してやると、今度は少しゆっくりと、噛み締める様に食べていた。


「貴方達、それ食べ終わったら移動するからね。いいわね?」


 こくりこくりと頷く二人。口いっぱいに草を詰め込んでもごもごする様は、乳を採る為に一時飼っていた山羊を連想させ、何とも微笑ましく想えた。

 人間の子も結構可愛いじゃないか。


 ごくり。


 脚を引きずっていた方の子が、思いっきり飲み込んでから口を開いた。


「ところでよう」


「なあに?」


「あんた、何者?」


 何か探る様な、何かを期待している様な、好奇の色を帯びた瞳が、まっすぐにシュルルへと注がれている。

 もう一人の子も、この答えに興味ありそう。

 さて。どう答えたものかしら。


 ただのラミアだし。


 まあ、ちょっとは色々出来るラミア。


 器用貧乏なだけよね?


「さあてねえ……」


 ちょっと一思案。おおっ!?


「通りすがりの風来坊って奴?」


「嘘だ!」


「うっそだあ~!」


「ダメか……」


 頭かきかき、足元に落ちていた錆だらけの小剣を拾った。


「実はね。お姉さん、お肉屋さんなんだ」


 そう言って、錆びた刀身を人差し指と中指とで挟み、子供らに良く見える様に、すうっと引いてあげる。

 指と指の間で、鉄の成分を整えてあげ、刀身をきゅっと引き締めてみると……


 まるで打ち立ての様な、白刃が生じて子供らの顔を映し出して行った。


 すると、何故か子供らが悲鳴を上げて飛び上がり、近くの木の陰に隠れてしまったよ。


 解せんわ~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る