第55話 熱き友情の男達(後)


 デカハナの最大の武器、それは人として異常なまでの嗅覚であった。

 幸か不幸か、グランフィールド家は先祖伝来嗅覚が発達した家系で、祖先は英雄クラータ皇子に付き従い、数々の武勇を鳴らした生粋の臣下筋にある。中でも、その鋭い嗅覚を生かし、数々の武勲を上げたのは誉であり、カラシメンタイコ公国を起ち上げる際には、騎士階級の家柄ながらも子爵に引き上げられており、その後、農地開墾において目覚ましい働きを持って今日に至る。両親健在。姉2名妹1名の女系家族である。



 ナンコーの身体より拳一つ分程の位置で鼻を鳴らすその姿は、事情を知らない者が見れば目をそむける類の痴態と取れるであろう。だが、当の本人達は至って真面目。塵の一つも逃すまいと、くんかくんかくんかくんか鼻を鳴らす。


「そのご婦人はな。例えるならば、大輪の花の様であった。それを押し隠す様な健気さ。そうをしても隠し覆えぬ豊かな……」


「ふ……貴様らしいわ。だがな。女人という物は、偽りで装うもの。やれ夜会だ、やれお茶会だと騒ぎ立て、着れもせぬドレスにその身を押し込め、足りぬ膨らみを偽りの乳で誤魔化す。あれではな……」


「ば、馬鹿な! あれは、あの豊かな感触は偽物では無い! 断じて無い!」


「む……巧妙に騙されているだけでは無いのか?」


 おかしい。


 デカハナの中で疑念が増々膨らんでいく。


 触れたという女の匂いが、欠片も残って無いのだ。


 医師や運んだ騎士を除けば、最も近々にナンコーがその身を触れた相手がその女の筈。


 そして、上体から下半身へと検分が移るに従い、微かな……とても微かな血の匂いが。

 病で肛門から下血したのでは無い。


 この匂いは……内もも!?


「ナンコー! 御免!」


「なは~っ!? いきなり何をっ!!?」


 見れば、ズボンの内もも部分に小さな赤い染みが。


「貴様ぁっ! 怪我をした覚えが無いと言ったな!?」


 デカハナ、鬼の形相。


「あ……ああ……」


「脱げ! 脱ぐんだ!」


「や、やめろおっ!! その一枚は男の情けぞ!!」


「知った事かぁ~っ!!」


 ぐいぐいと押し問答するも、ナンコーにその力は無く、しくしく涙にくれる事となる。


「う、ううう……デカハナの大バカ野郎ぅ~……」


「見よ! ここに小さな血の染みがあるではないか!?」


「へ?」


「貴様、このズボンは今朝穿いたばかりであろう? となるとだ……」


 それらは匂いで全て判る事。

 デカハナは、迷わずぐいっとナンコーの内ももに頭を。


「のはあ~、気色悪い!」


「だ、ま、れ! 金属の匂い……銅だな……」


「へ?」


「あと、アルコール……だが、傷口は無い……だが、微かな跡がうかがえる……ナンコー!」


「あ、ああ……もう……終わりで良いのか?」


「当たり前だ! 馬鹿もん! 貴様、白昼堂々何者かに血を盗まれたのだ! 何という手腕! 何という……考えても見よ! 誰もがお前が血を盗まれている所を目の前にして、誰一人としてその事に気付かなかったのだぞ! 昼間という事は、吸血鬼では無い! が、こんな事が人の手に依って出来るであろうか!? いや、無い!!」


「デカハナ?」


「敵は、恐るべき手立てを持ち合わせた魔の者に違いあるまい!! よしっ、判った!! あいつが犯人だっ!!」


 びしっと右手を高く掲げ、宣言するデカハナ。その眼差しは天空を貫き、未だ見ぬ犯人像を明確に脳髄に刻み込んでいた。


「な、なあデカハナ?」


「後の事は全て俺に任せろ! 病人は黙って寝ておればよい!! 中隊長ぉーっ!!」


「は! ははっ!」


 寝台の上、慌てて敬礼するナンコーを見下ろし、デカハナはニヤリ。


「貴様の任務は、身体を休め、一日も早く現場に復帰する事だ。後の事は俺に任せろ!!」


「で、でもしかし、あいつとは……まさか……」


 おろおろするナンコーに、びしっと右手の親指を立て、軽くウィンク。実に似合わない。

 だが、それで良い。


「安心しろ! 貴様の意は、この俺が預かった! 決して無駄にするものではないぞ! 友を信じろ! この俺を信じろ!」


「お、おう!」


「休め!」


「はは!」


 最後に短く言葉を交わし、デカハナは大股でその場を去る。

 ナンコーは、敬礼を解いたその拳をぐぐっと握り、無念そうに己の心臓の上に置いた。



「第四大隊ぃー!!」


「「「は、ははっ、我らここに!!」」」


 デカハナに付き従ってここまで来た、小隊の数名が、風の様に現れた大隊長を出迎えた。


「これより非常招集をかける!! 他の隊に気取られぬな!! 他の門を警備する大隊には、この俺から直接話をする!! それまで、予備待機中の者を全員集めろ!! 大至急にだ!!」


「「「うはははあっ!!」」」


 その返事を合図に、兵達は駆け出した。

 そして、それと入れ替わる様に、別の兵士が駆け込んで来る。


「大隊長殿! 例の門に残されていた記録により、オーロナイン中隊長殿が最後に会っていた女の身元が割れました!」


「ようし、良くやった! よこせ!」


 奪う様に、伝令の手から羊皮紙を奪うと、デカハナは最初にぎょっとその瞳を大きく見開き、次にはにんまりと不気味な笑みを浮かべた。


「だ、大隊長殿……」


 青ざめる伝令役の兵は知っていた。

 大隊長のこの顔は、ろくでも無い時のそれだという事を。


「な~るほど……例のギルドの構成員か……毒婦め……我が友を陥れた償いはして貰うが、これはちと困ったぞ……冒険者共の方が先約では無いか……く、くくく……」


 面白い事が多すぎて困ったとばかりに顎に手をやり、しばしの思案。

 報告書を無造作に兵へ押し付け、デカハナはマントを翻し、その場より大股で立ち去るのであった。

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