第51話 門の番人が美味しそうだったので味見したって良いよね?

 シュルルの前に門の番人が立ちふさがった。


 番人はニヤニヤしながら、ゆっくりと近付いて来る。


 さあ、どうする?


 → たたかう


   にげる


   なんとか



 別の次元なら、こんな感じだろうか?

 街から出る手続きが、ようやくシュルルの番になった所で、ちょっと困った事になる。


「あの……」


「そんな事よりさあ、今度どっかでデートしない?」


 ナンパである。

 こっちが手にした書類をまともに見ようとせず、その大柄な男は、なれなれしく肩に手を回して来るし、さっきからずっとこっちの胸元しか見ていない。どうしてこうなった?


「うちの旦那さんが……」


「あそう。で、どこが良い? いつ街に戻る?」


 そう言って、男は遠慮無く、むんずと左手の掌で、覆うようにシュルルの右の乳房を鷲掴みにし、大いにその感触を楽しみだす。


「うほっ、うほほほっ」


「ああ、困ります。困ります。お止めになって……」


「良いではないか? 良いではないか?」


 周りの人々は、なるべく見ない様に、関わり合いにならない様にと目をそらし、他の兵士達も止める様子が無い。


 貴族オブザ貴族。

 門を警備する兵士達は、総勢ニ三十人は下らない。きっと、中隊長クラスだろうなあ~。

 明らかに他の兵士達と比べ、一回りも二回りも大きな体。きっと良い物食ってんだろう。

 そう思いながら、シュルルは男の背中を眺めていた。


「我はオーロナイン子爵ぞ。汝に青い血を授けてやろうと言うのじゃ。光栄に想うが良い」

「いやあ、堪忍してえ~」


 ま、幻覚である。

 男は、いやさ周囲の人間共は、シュルルの作り出した幻影を見ている。

 感触?

 姉妹には胸の大きな娘がいっぱいいるからね。水浴びの時とか触りっこしてるから、大体こんなもんだろうってのを、奴の脳に直接叩き込んでやっている。さぞ、楽しい事であろう。実際、楽しかったからなあ~。


。おっと、もう少し、嫌がる素振りの顔にしなくては。

 自分で描いていて、ちょっと艶めいた自分の表情にドキリ。これは起き抜けのジャスミンの顔ね。


「さ、さて、折角だから、戴くものは戴いておきましょうか」



 ピンと取り出しますのは数日ぶりの登場である我が秘密道具『血ぃ~吸ったろカ~』。

 その極細の先端を太い血管にプスリと刺せば、筒状のお尻の部分から鮮血がとうとうと流れでるという代物である。

 今回は、更に改良が為されている。

 ここに新たな相棒をご紹介しよう!


 てけてってってて~!


 『たんたんタンクろ~』!!


 何の事は無い、ガラスの玉である。シュルルの掌にぽんと収まる程度の。

 しかし!

 これを『血ぃ~吸ったろカ~』のお尻にプスッと挿せば、あ~ら不思議……て、まだ何も起きないけどね。



 シュルルは幻覚に遊ぶオーロナイン子爵の背後から、そっと……


 見えていたなら、何とも卑猥な構図になる。


 幻影のシュルルに前かがみになって迫る子爵さんのお尻辺りに、後ろからしゃがみ込むシュルル。

 子爵は動きやすそうな軽装の鎧を身にまとっている。

 鉄のオープンヘルムに、ブレストプレート、鎖帷子に革製のグローブとブーツ。腰のベルトに厚手のキルト地のズボン……紅いマントは、ちょっと失敬してめくってと……

 となると、太い血管にアクセスし易く、なおかつそんなに動かないのは、カクカク前後にリズムを刻んでいる腰の下辺り。つまり太ももの内側の血管かな?


 馬の背後に近付くのと違って、そうそう後ろ足が飛んで来る事も無い。


「そ~れ!」


 プスリ。


 痛みは無い。

 既に脳内は、別の柔らかな感触に耽溺し、ちょっとやそっとの事では気付く筈も無い。


 こやつのにくたいはわがしはいかにある


 リズムを合わせ、手慣れた手付きで最も血流の多い血管に『血ぃ~吸ったろカ~』の先端を滑り込ませると今度は『たんたんタンクろ~』へと働きかける。

 一見、何の変哲もないガラス玉。

 実際そうなんだけど。

 時間を見つけては、海岸の砂の中から、小さな結晶を集めただけの。それを元素魔法で融合させ、不純物を取り除いた物。

 今度は、そのガラス玉に『ふ~くらめ~』と働きかけるだけの簡単なお仕事。


「ふ~くらめ~♪」


 子爵さまの腰が一つ揺れる度に、ガラス玉の中に赤い玉が。そしてそれが徐々に大きく膨らんでいくのだ。これは良い。


 何しろ、五日ほど前の試験運用においては、数々の不具合が発生したのみならず、恐るべき嗅覚の持ち主に追跡され、危うく命を落としかねない事態に陥ったのだからね。


「最早、血の一滴も無駄にはしないわ♪」


<<これで我々は人間の血液で生き永らえる事が出来る!>>


 どおお~~~ん。


「ふ~くらめ~♪」


 いや、これ良いキャッチフレーズだと想うのだけど、どうなのかしら?


「らめ~ぇ……ぇ?」


 おっと、子爵さまはよっぽど血の気の多い御仁らしく、最早小さな赤ん坊くらいは膨らんで来た。この辺にしておかないと……

 おっと、脳内に危険信号ががが。


<<よせ! これ以上は、本当に死んでしまうぞ!!>>


 あわわ!?

 針の先端を抜き去ると同時に、血管、内皮、表皮、幾層かの細胞群に活性化を。

 いや、元素魔法なんて、ホント大して使って来なかったのだけど、人間の街に来てからというもの、必要は発明の母というべきか、何と言うべきか。

 でも、これも錬金術で物質の真理へと探求した期間と、幻影魔法習得すべくイメージトレーニングを重ねて来た事と、実際の物質に直接関与する元素魔法の初歩を組み合わせた結果なのかなあ~……思えば遠くに来たもんだって奴?


 手早く止血すると、ほんの一滴程度ズボンを汚しただけで済んだみたい。

 ま、子爵さまの腰の動きがカクカクからガクガクになってるけれど。そろそろ認識を解いてあげれば……


 ぱったり地に伏すオーロナイン子爵様。


「げ……げへ……げへへへ……?」


「あ、ああっ!? これは一体!?」


 皆が見て見ぬふりをしている中、シュルルは素早く自分の幻影と重なり、大層わざとらしく驚いてみせる。

 すると、余りの露骨なセクハラ行為に、うんざりしていた人々の中からも驚きの声が。


「ちゅ、中隊長!? 中隊長殿!!」

「しっかり!」

「担架だ! 誰か担架を!!」


「い、いやあ~、子爵さまが子爵さまがあ~」


 と棒読みのセリフを口にしながら、顔を背けて怯えて見せた。

 案の定、何も判らない怯えた一般人のふりをしたシュルルは、混乱のどさくさに大した質問も受ける事も無く門を抜ける事が出来たのだった。



「ふぃ~。とんだ下衆野郎が出張ってたなあ~もう~」


 自然、口が悪くなる。

 誰にも見えていないだろう事を良い事に、真っ赤な血の詰まったガラス玉を目の前で弄ぶシュルル。


 麻痺合わせの場所を目指し、街の外に広がる街並みを抜けて農地へと出る。

 この辺は治安も悪いらしい。騎士団が警備をしているのは、主に城壁の中だけで、特別な事が無い限りは、定期的に巡回する程度らしい。

 同じ人間だろうに、中と外では、いわゆる身分が違うらしいのだ。おかしな話だ。


 さて、今日の守備隊は4番隊だった。よくよく思い出してみれば、一番評判の悪い大隊だ。確か大隊長は……顔を見れば一発で判るって話だったなあ~……いや、失敗失敗。別の隊が守備する門から出れば良かった。

 大周りになるけれど、門や城壁の守備隊は、二つの大隊が持ち回りに警備についている筈。


 徐に、ガラス玉からストロー状に管を伸ばし、そこからチューチューと血を吸い始める。


「うん。やっぱり良い物食べてるわ~。ヤギのチーズに茸のソテー♪ 七面鳥の丸焼きに、バターもたっぷり白いパン~♪ ワインは赤かな~? 卵、卵、た・ま・ご~♪」


 その血に含まれる情報をつぶさに舌先で読み取るシュルル。何と濃厚な味わい。ちょっとドロドロして癖があるのは、この手の人間なら仕方ないかな?


 ほんのちょっと前に口にしたものなら大概判るし、数日前まで遡って当てて見せる自信があった。


「うふふ……子爵さまは健啖家であらせられる」


 クスクス笑いながら暫く進んでいると、上向いていた口の端が、ちょっと下がり始める。

 やおら、頬に赤味がさし、額にうっすらと汗も。

 そして、シュルルはそっと両腕で自分の身体を押さえつける様にして、もじもじし出した。


「や……これって……」


 身体が妙に熱い。

 内側から、ふつふつと湧きおこるのは、何とも言えない衝動的な……


「わわわあ! これって、あいつの興奮だわっ!!?」


 うねり、あふれ出る様な感覚は、性的興奮?

 慌ててその辺の草むらに滑り込んだ。まともに道を進んでられない程で。


(これじゃ、まるでサキュバスやインキュバスじゃないの!?)


 血に含まれていた興奮物質により、少しの間、草むらで身悶えるシュルルであった。

 そして、拾い食いは止めようと思った。


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