第50話 さあ、姉妹たちを迎えに行こう!

 三日月を二階の寝室に放り込んだシュルルは、階下に降りて手早く髪をアップに仕上げ、ちょいちょいと調整していたら、のっそりと寝ぼけ眼のジャスミンが降りて来た。


「あれぇ~? もう行くの~?」


「ええって、前! 隠しなさいさいよ! もう!」


 無人の荒野ならいざ知らず、ほつれた髪を汗で額に張り付かせ、如何にも情交後の気配を匂わせる姉妹は、大概同じ顔ながら幸せそうに緩んだ表情を浮かべている。爆ぜろ!

 こっちがくっと口元を尖らせたのが面白かったみたい。また、にへら~っと笑うのだ。


「ふへへへ……いてら~……」


「ミカちゃん、怪我してたの知ってた? な~んか変だな~って思ってたのよね~」


「実は知ってた。でも、何か隠してるみたいだったから、黙ってた」


 この怪物直感娘は……

 明らかに自分とは頭の構造が違う。だから連れて来た訳だけど。

 普段何を考えているのか分からなかったのが、ある日突然に『アイ』って何?とか言い出して、飄々としていると思ったら、即行動。暗算あり得ないレベルで早いし。試作品の癖が強い変身アイテム使いこなしてるみたいだし。もしかしたら、天才?


 あれこれ自分が悩んでる答えを、もう『知ってた』とか言われそう。


 や~、何かちょっと怖い。



 どうにも自分が見透かされてそうな感覚。それに追いやられる様、シュルルはするすると滑り出し、戸口へ向かった。

 見る間に、派手な赤いワンピース姿を、旅装の落ち着いた洋装に変え、ほっかむりとつば広の帽子で、その整った容姿を隠す様にして。


「じゃあ、迎えに行って来るわね。帰って来るまで外には出ない様にね」


「は~い。シュルルも、寄り道しちゃダメよ~。今日、開店するんでしょ?」


「はいはい。合流出来たら、急いで戻るから」


「どっちと? みんなと、それとも?」


 探る様な瞳にドキリ。ふわっと走り抜けるアンニャロメのイメージに、無い無いと頭の中で全否定! その分、変な間になる。


「うんそうだね! 誰が来てくれるかなあ~! あはは~、いってきま~!」


「うん。いってら~」


 えへへっと訳知り笑顔で見送るジャスミンに、そそくさと十八計逃げるが何とやらを決め込むシュルル。

 幻影の扉をバタンと閉めて、表へと飛び出した。


「あ~らら。あれで隠してるつもりかなあ?」


「悪いよ、そんな風に言っちゃ」


 のほほ~んと言ってのける言葉に重ねる様、ジャスミンの肩をそっと抱き寄せる手が。


「ん……」


 チュッと短く。

 そのまま二人は、楽し気に上へと消えて行った。





「アンニャロメ……」


 首筋が妙に火照る感じに、まとう幻影をきゅっと引き締め、シュルルは通りを進み始めた。

 まだ暗がり深いベイカー街は、朝食用のパンを焼く気配も慌ただしく、屋内で職人達が汗だくになって励んでいる。活気のある街だ。

 家主の親方らしき人物は、がっしりと逞しく、使われる者達は少しひょろりとした印象がある。食べ物の違いだろう。


 親方の血は、それなりに美味いかも知れない。でも、使われてる職人達はちょっと味が落ちそう。

 骨の太さ、肉付き、それは一目見るだけでおおよその検討がついた。

 栄養の良くない血は、肉は、それだけ不味い。



 彼らが従事しているのは、前夜に寝かせておいたパン生地を、熱した釜戸に放り込む簡単なお仕事……に見えて、あれは結構辛そう。


「ふぃ~……」


 早々に、汗を拭き拭き逃げて来る者もいる。


「おはようございます~」


「あ、ああ……」


 ひょいと路地に顔を出した店主に、軽く挨拶。だが、微妙な反応に、シュルルは目を細めた。

 嗚呼、これは多分手が回ったな……と。


 急いだ方が良いかも。


 ご近所様への挨拶もそこそこに、門へと向かった。

 幻影の扉は、そう認識しない限り、そうそう簡単に破られるものではないけれど、大勢に一斉に襲い掛かられたら、怪我をしている三日月と、人間のハルシオンを抱えたジャスミンでは、果たして無事に済むかどうか……



 街の門は、夜明けと共に解放され、人の出入りが始まっていた。

 それを管理する兵士達がいる。

 例のアンニャロメは、多分夜勤だったから居ない筈……居ない……よね?

 いやもう、恐る恐るだ。


 用事で出かける者は列を成して、順繰りに手続きを受けている。シュルルもこれに倣って、列の最後尾へと。

 別に、壁をよじ登っても、透明になってすり抜けても良いのだけれど、街を出た記録を残しておかないと、姉妹を連れ込む時に、ちょっと面倒があるかも知れないから。


 幻影で誤魔化している尻尾を踏まれない様に、スカートの下、身体に巻き付けると、いそいそと一枚の羊皮紙を取り出した。


 肉食推進ギルドの初めての発行文章。

 街を出て、食材と人材を連れて戻る旨を記してある申請書だ。


 文字の他に、焼き印が。大皿に乗った調理済み骨付き肉。それがギルドのエンブレム。

 そして、もう一つは……


「くぅ~、いよいよか~」


 指で撫ぜると、自然にへら~と口元が緩む。

 もうドキドキとワクワクが止まらない!


 そして、しばらく待つといよいよ順番が回って来た。


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