第39話 二人は???

 お店のドアや窓の鎧戸はシュルルの作った幻影なのだが、引くと手応えがあるから不思議。勿論、他の人が押そうが引こうが開かないからまた不思議。


 大元の呪物が、この建物のどこかに埋め込まれている。そして、三日月の腕輪がその幻覚に干渉し、この幻影をイメージ通りに動かしている、らしい。詳しい事は、三日月には良く判らないのだ。


 両手がカップで塞がれた三日月が開くふりをすると、キイっと開く音がして、三日月の腕の動きに合わせて扉が開き、室内を照らす魔法の白い光が煌々と、三日月の足元である路上の古びた石畳を浮かび上がらせた。


「只今~で御座る!」


 気分は上々。おら、何だかわくわくしてきたぞ、って感じ。


 青のワンピースは汗でべとべと、お腹ぺこぺこ、あちこちボロボロだけど、何の為に人間の街へついて来たかを考えると、早速手掛かりが見つかりそうで。

 ま、ハックは変な奴だけど。


 そんな訳で、する~っと室内へ滑り込むと、そこで三日月ははたと凍り付いた様に立ち止まった。

 目の前の光景が信じられなくて。


「嘘……で御座ろう?」


 ぴちゃり、ぴちゃり、赤黒い液体が作業台の上に広がり、そこから床へと滴っていた。

 そして、そこには折り重なる様に、ジャスミンとハルシオンが……









 いびきをかいて、寝ているで御座る!!!


 しかも、室内に充満する赤ワインの芳香!!!


「嘘!? 嘘で御座ろう!?」


 しゅしゅしゅっと滑り寄ると、倒れたワイン樽、空になったスープの鍋、粉くずしか残らないパンの残骸!


「わ~~~~ん!! 全滅で御座る!! 全滅で御座るよお~~~~~!! 拙者もパンをスープに浸して食べたかったで御座る!! 赤ワインできゅっといきたかったで御座る!! ジャスミンもハルもずるいで御座る!! ずるいで御座るよお~~~~~!!」


 頭を抱え、絶望に打ちひしがれる三日月。

 だが、それらが元に戻る事は無いのだ。一応、幻覚で見た目を戻す事は出来ても、お腹が膨れる事は……試してみないと判らないけれど、とっても意味が無い気がした。

 幻覚で食べた気になって、気付いたら骨と皮だけになってたなんて、ゾッとする。


 髪をくしゃくしゃにして、手や髪の隙間からじっとジャスミンとハルの寝顔を見下ろした。

 食べ物ならある。

 真っ白な、ハルの首筋……


 ごくり。


 かぷっとやったら美味しいだろうなあ~って思った。

 でもそれをやったら、お終いだよ。そんな囁きも心を過ぎる。何しろ、ハルは一応ジャスミンの、姉妹の領分なのだから。


 それに……


「むう……どっちも幸せそうな寝顔で御座るよ。まっこと良いご身分で御座るよ」


 むっと、下あごを突き出してふてくされる。


 今のジャスミンは、幻覚で人の姿をしている。


「まったく、二人はどこまで話てるんで御座ろうか?」


 このまま、同じ寝床に放り込んでやろうか。ふらっと飛び出したこの数日で、もうそこまでの関係になっているなら問題無い話だ。

 でも、まだ自分の正体を明かしていなかったら……


「知らん!」


 疲れているので、三日月は難しい事を考えるのを止めた。


「も~、知らんで御座る! はいはい。二人は仲良しで御座るね~」


 ひょいと二人を小脇に抱えた。重いジャスミンは右腕で。ハルは軽い軽い。


 寝床は二階と三階にある。まだ誰がどの部屋とは決まっていないし、何も置いてない。もちろん、人間用のベッドなんかある訳が無い。


 ラミアは尻尾を丸くして、その上に寝る者が多い。たぶん。

 姉妹で集まった時は、適当にごろ寝。

 ちゃんとした寝床と言ったら、乾いた砂をしくか、干し草を敷き詰めてとそれぞれだ。

 今のところ、三日月も布をしいてその上でとぐろを巻いて寝ていた。


 流石に冷たい石の床に直接ごろんは可哀そうかと思った。

 仕方ないので、自分用の寝床にこのバカップルを放り込むかと諦めモード。つがいの寝床に潜り込む程、剣術バカの三日月でもわきまえている心積りだ。自分はシュルルの寝床にお邪魔する事にした。


「はあ~、何の因果で……」


 とほほ~な事の連続にしょんぼりうなだれながら、作業場から薄暗い廊下、階段へとさしかかり、魔法の腕輪で幻影の光を灯す。

 幻覚の使い方には、こういうのもあるのだ。


 ラミアにとって、この人間用の階段というものは余り宜しくないのだが、シュルルは人が入る事も想定したのだろう。ちゃんとした階段が二階三階へと続いている。


 へとへとで空腹の身体に鞭打って、姉妹と一応お客さんであるハルシオンを両脇に抱えた三日月は、うな垂れつつものそりのそりと力無く階段を上がって行くのだが、そこで異変に気付いた。


 妙に湿気が……潮の香りがきつい……?


 ハッと見上げたその先には、黒い不気味な塊が、もぞもぞと蠢いているではないか!?


 と、とほほ~っ!!


 階段を昇りかけの三日月は、そのぶよぶよと蠢きながらも降りて来る化け物を前に、切に願った。


(同田貫! 拙者にも同田貫さえあれば!!)


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