第37話 黄金の7人と四六のガマ
カンテラの炎が朱金と映え、額にまとわう髪を軽く撫ぜた三日月は、残る左手で青いワンピースの胸元を無作法にぱたぱたと扇ぎつつも、ちょっと気恥ずかしそうだった。
「いや~、申し訳無いで御座るよ~。すっかりお騒がせしちゃって~」
小首を傾げながら、てへっと小さく舌を出し、自分なんかやっちゃいましたねってサインを示すと、某1名を除いた7人が首を真横にぶんぶん振った。
「そ、そんな事無いっすよ~!」
「俺、むっちゃ興奮したっす~!」
「はわわわ……」
「ぶひいいい!」
地回りのヤクザ者、赤海蛇団の若者4人はへいこらと素直に言葉にするが、警備兵の3人はそうはいかない。おっかない分隊長が不機嫌MAXなのだ。あわわと口をもどかしそうに開いては、何を言っても後が怖い、申し訳なさそうに三日月から棍を受け取ると、代わりに空のカップを返し、スープのお礼を口にして来た。
「いやあ~、お粗末さまで御座る、という事で。ハック!」
「あんだよ?」
最早、呼び捨てである。手下の兵隊を引き連れて、治安維持の為に警察権を行使する立場の丘小人なのだ。下手をすれば牢屋にぶち込まれ、鉱山での強制労働は言うに及ばず、むち打ち、手鎖、島流し、そんな目に遭う可能性も無くは無い。そんな相手にも構わず、不機嫌を地でいくハックへ、もう三日月は遠慮の欠片も無い。
「次の休みはいつで御座る?」
「は? 何だよそれ?」
ぽんと冷たい石畳の上にごろんと放り出されていたハックは、不貞腐れ気味に下顎を突き出し、何言ってんだコイツって面でぷい~っとそっぽを向いた。
それを、さも呆れた表情の三日月は決定事項とばかりに宣告する。
「何って、例の話を聞かせて貰うで御座るよ。次のハックの休みに、どこか落ち着ける店でね。勿論、お代はハック持ち。拙者、余り飲みはしないで御座るが、こう見えて結構食べるで御座るよ」
「なっ!? いつ、そんな約束したよっ!!?」
ガバッと上体を跳ね起こすハックは、ずいっと迫る三日月を見上げ、思わず息を呑んだ。
眼前に陰影深く浮かび上がるぱっつんぱっつんのワンピース姿。まるで少年の如く、大きく目を見張り、それから慌てて目線を逸らした。
「当たり前で御座ろう~?
それがし昼間の戦いで一張羅を汚してシュルル姉様にこっぴどく怒られたで御座るよ。
折角手直しして貰ったのがハックに大汗かかされボロボロ。このままでは風邪をひいてしまう上にまた姉様から雷が落ちるで御座るよ?
それにも~、お腹ぺこぺこ」
とっても物悲しそうに、すりすりとへその辺りをさすってみせる三日月。
「いや、まっこと今回は割に合わぬで御座る。
これは、ハック持ちで仕切り直すは至極当然で御座ろう~?」
「ふがふぐ……」
まるで饅頭でも喉に詰まらせたかのハックは、目を白黒させるしかない。
そしてにっこりする三日月。
「で? ハックの休みは何時で御座る?」
「……」
返事が無い。まるで屍の様だ。
「おい」
ゲシ!
「「「「「「「ああっ!?」」」」」」」
「くっ」
コロ……
尻尾の先でハックの胸を突き転がした。
傍らに居る7人には、素足で足蹴にした様に見えた。幻覚である。
(((((((な、なんてご褒美なんだ……)))))))
ハックを除く7人は、その光景に息を呑み、手に変な汗を握った。
「うりうりうり……なんとか言うで御座るよ」
「……なんとか」
「ほほ~う……」
俺はこんな事では屈しないとばかりに、胸を踏みつけられながらも抵抗を。
(冗談じゃねえ!
何が悲しくて少ねぇ給金から、こんな大女に飯をおごらなきゃなんねえ!
こちとら底の抜けたブーツを修理せにゃなんねえしよっ!)
(((((((しかし、それって……未婚の男女が二人っきりで会うって事で……逢引じゃね!? デートじゃね!?)))))))
その光景に、7人は切に願った。
(((((((お、俺が代わりてえええ!!!)))))))
羨望…欲望…嫉妬…むらむらと沸き起こる複雑な想いに。
(((((((ハック……このちびの丘小人めっ!!!)))))))
それは怒りへと変わった。
(((((((赦せん!!!)))))))
「三日月さん、我々第七大隊は今夜で夜勤二日目ですから、明日から二日間の休みに入ります」
「おめえっ!?」
一人の裏切りに妙な連帯感が。皆、口の端がふわふわとする感覚に。
「いや、だって調べればすぐに判る事じゃないですか、分隊長殿」
「そうそう。街の治安を預かる我々が、嘘を教える訳にもいきませんし」
「往生際が悪いというものですぞ。我々を失望させないで下さい。ハック分隊長殿」
「ぐぬぬぬ……」
「でも、明日から開店で、それがし忙しいで御座るよ」
「は! ははは、そうかそうか」
「では、その後の二日間の日勤、二日間の夜勤明けの後の二日間の休暇が……」
「こらお前ぇら! その口を塞げぇっ!!」
「「「「まあまあまあ」」」」
すかさず赤海蛇団の4人がハックを引き起こし、間に割って入った。
「大変だ! 分隊長さん、服に埃が」
パタパタパタ。
「おやおや、髪もこんなに乱れてまっせ」
なでなでなで。
「そんなんじゃ、女にもてないですぜ」
きゅっと襟元を正してやって。
「ぶっひっひっひ」
満面の笑顔で視界を塞いだ。
後に『黄金の7人』と自称する7人の若き男子の初めての共同作業。
そんな間に、ハックの住処やら勤務状況に関する情報を得た三日月は、にんまりと目を細めた。
「成程成程、明日明後日は非番で御座るか~……ふっふっふっふ……」
「う……うう……」
たちまちハックの全身を、ぞぞぞっと寒気が走る。
それは、正に蛇に睨まれた蛙。
その場で、哀れハックは四六のガマの如く、脂汗をたら~りたらりと流し始めるのであった。
「うっふっふっふ……」
「う……うう……」
(((((((ニヤリ)))))))
とても和やかな空気が、その場を支配していた。
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