第33話 ダンスダンスダンス♪


「先ずはお手並み拝見って事で、そい!」

「は!」

 ずいっと半歩前へ、すり足で進むハックの棍が、三日月のそれをくっと斜め上から押さえ、ふと口元を緩めた三日月が、それを押し返そうと探りを入れるや、ひゅんと一回転、コンと乾いた音を発てその力を押し上げて見せた。

 そんな事は先刻承知。

「よ!」

「とうっ!」

 三日月はそのまま、借りたばかりの使い込まれた棍をくるり180度。

 ハックに向けた側を背後に回し、新たな先端を突き入れる。その突きをハックもまた棍を滑らせ、カラカラと軽快な音を発して突き出した。


 互いの突きが、互いの棍の軌道を逸らしつつも、互いに上体をしなやかに揺らめかせ、狭い路上と思えぬ程の滑らかさで、するりと入れ替わる。


 さながら、輪舞の様に。


「ふん。基本は出来てんじゃねぇか?」

「言わなかったで御座るか? 刀、槍、弓、手裏剣、小太刀、その他諸々において免許皆伝と言われたで御座る、よ!」


 パンと大きく横に弾くと、三日月はさながら風車となって、頭、足払いと。

 すかさずハックは小柄を生かし身をすくめ、続きダンと上から踏みしめた。

 ニヤリ。口元にいやらしい中年の笑み。

 フッと余裕の笑みを漏らす三日月に、大上段からの重い一撃が。

「そおれっ!!」

「あはっ!」

 勿論、馬鹿正直に受ける訳も無い。

 くいっと右の手首を返し、身体全体でねじる様に、棍を軸に一回転。ハックの踏みしめる足裏に、ぐりぐりねじ込んでやる。


「なんの!」

 パアンと破裂音を打ち鳴らし、ぐらっと揺れる半身を制し、ハックは横薙ぎに追撃を。

 それを、如何にもラミアらしく、くたり地面に這いつくばってぐるり一回転。路上にあった木箱の残骸が、派手な音を発てバラバラに。三日月は更にハックの足裏を攻めた。


「あらあら、ご近所様に迷惑で御座るよ」

「うっせえ!」


 ぐんと弓なりにしなる三日月の棍。

 ラミアの体重は、人間の優に数倍。そのラミアが地面に這いつくばって、自重を利用してねじ込みながらも持ち上げようと言うのだ。

 それを小柄な丘小人のハックは、技量で抑え込み、更なる一撃を加えようとするのだが……


 続け様、小さな円を描いて石畳を叩くハック。

 それをコロコロと転がりながら避けまくる三日月。

 そんな様をにやにやと、少し遠巻きに眺めていた、赤海蛇団の男4人とハックの分隊の兵士3人。

 二つのカンテラで、この光景を暗い路地に浮かび上がらせていたのだが……


「うん? 何か焦げ臭く無いか?」

「ん~、香ばしい匂いがするな」

「あ~、多分、あれじゃね?」


 幾度も石畳を叩くものだから、もうもうと埃が舞うのは当然の事。

 だが、何故かハックの三日月の棍を踏みしめている足の裏からも、妙な色合いの埃がもうもうと……


 おっと、煙でした~!


「うわっちいっ!!?」


 パッと足を退けたハックの革のブーツと、踏みしめられていた棍の先端から、もうもうと煙が立ち上がり始めたのだ。

 片足立ちでぴょんぴょん飛び跳ねながら、ハックは目の玉を飛び出さんばかりに丸くして、周りに助けを求めた。

「あっち! あっち! あっちちち~! 水水水ぅ~!! 誰か水をっ!!」

「え~っと……それがしの勝ち?」

 ひょっこり立ち上がった三日月は、きょとんとした表情で、一応確かめる様に問いかけた。


「ば、ばっか野郎! お前ぇの不思議な技を、俺はまだ見ちゃいねえんだ! こんなのノーカンだ! ノーカン!」

「うはっ、五月蠅い御仁で御座るなあ~」

 さっさと、この訛りについて教えて貰いたい三日月である。

 真っ赤な顔で、ダメだしするハックに諦め、周りの観客達に答えを求めた。


 棍を右肩に立てかけ、くいっと腰をひねりながら、ちょっと小首を傾げて、乱れた髪を撫でながら憂いを帯びた表情を作る。

「ねえ、そこもと達は拙者の勝ちと思うで御座ろう?」

 ちょっとだけ、ちょっとだけ幻影の力でキラキラましましに。


「う……」

 一同に口籠るのは、一応ハックの部下になる兵士3人。微妙な表情で、ちらちらこっちを見て来る。


 むむむ……少し抑え気味にしたから、で御座るか。


 そして、赤海蛇団の4人はというと……


「俺は当然、三日月ちゃんの勝ちだと思うな」

「俺も俺も!」

「俺だって、そう思ってたぜ!」

「ああっと、俺もそう言おうと思ったのに~!」


 おお。もっと、もっとで御座る!

 何で御座ろう? この癖になりそうな感覚。

 わっと沸き起こる熱気を帯びた男達のそれ。


 自然と口の端が緩む。

「3対4でそれがしの勝ちで、良いで御座ろう?」

「くっ……」

 だが、これで引っ込むハックではない。

「さ、3本勝負でぃ! 先に2回勝った方の勝ちだ!」

「え~、三日月。意味不明で御座るよ~」

「俺はまだお前ぇの不思議な技を見ちゃいねぇんだよ!」

「え~、三日月。疲れちゃったで御座るよ~」

 唇をつんと突き出し、激おこプンプンな顔を作って、身を左右によじって見せると、ハック以外の男達の様子が劇的に変わる。

 ごくり、7人の息を呑む音が一斉に聞こえた。


 な、何で御座ろう?

 それがし、こんな経験は初めてで御座る……どうしよう……どうしよう、せんせい!?


 とほほな顔で、ブーツの足裏に開いた大きな穴から、三日月をぎょろり見るハック。

「くう~、結構気に入ってたのによお!」

 思い切って、ぽんと投げ捨て、残る右のブーツも脱いで捨てた。


「さあっ! 2回戦目だ!」

「え~、三日月。昼間もいっぱい戦ったのに、まだやるの~?」

 くねり、蛇の様に身体をくねらせるのはお手の物。いや、そのまんまだし。


 そうするやいなや、わわわっと7人の男達が集まり、三日月を囲んでしまった。

「み、三日月ちゃん! 俺ら、三日月ちゃんの凄い所、もっと見てみたい!」

「そそそ!」

「それ!」

「「「「「「「みっかづき! みっかづき! みっかづき! みっかづき!」」」」」」」


 一斉に、7人が声を抑えながらも、小さく手を叩き始める。

 これに驚いたのは、三日月もそうだがハックもだ。

「て、手前ぇら!」

「分隊長……」

 3人の部下は手を叩くのを止め、左右の手をふわふわ動かし、なるべく引き延ばせと要求し出す。

「ば、バッカ野郎! 普通にやったら、俺が2連勝してそれで仕舞いだ!」

「え~、三日月の勝ちで、さっさと教えて欲しいで御座るよ~」

「「「「「「「そ、そこを何とか」」」」」」」

「しょ、しょうがないで御座るなぁ~……えへへ……」


 どうにも口元が緩むのを隠せない三日月であった。


 かくして、三日月が戻るのは、まだまだ先の事となる。


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