第31話 楽しい出会い 嫌な出会い 出会いは色々あるけれど
「あの……どうぞ……」
「あ、どうも」
「すんません」
「戴きます」
「……お、ども……」
「あざーっす!」
「うっす!」
「いただきま~す!」
ぎこちなく差し出された、まだ湯気の立ち昇るカップを、男達は次々と受け取っていく。
赤海蛇団の男達は、戸惑いを浮かべながら。そして、何故か一緒に居た警備隊の兵士達も嬉しそうに。はて?
でも。皆さん、カップに口を付けようと顔を近付けると、一度すうっと香りを楽しんでから、ちょっといい顔になる。
それだけで、三日月の口元も僅かにほころびそうになった。
「おっ? これ、いけるぜ」
「ほんとだ」
「美味ぇ~!」
人々の表情がたった一口のスープで劇的に変わる様を目にし、三日月はそこにシュルルの不思議な魔法を感じずにはいられなかった。
正直言って、シュルルがやろうとしている事を、余り良く理解していないで付いて来ていた。手伝うのを条件に、自分の剣の師匠の行方を追いたいと、人の多い街へと来たのだ。
ふと、荒野で行き倒れていたせんせいに、炙った蛙の干物を出した時の、その表情や声が、三日月の胸の内に去来し、目の前の人々のそれとが重なって見えた。
「あ……」
思わず口元に手をやり、息を呑んだ。
それは、とても感覚的な。それでいて、自然な笑みとなる理解。
あらゆる所で殺し合って来た、襲撃者であり簒奪者でもある冒険者と同じ種族のヒューマン達と、荒野の野営地で行商人と商売をやったり、いつの間にかどこかの魔法使いの塔で魔法を習って来ていたり、ただ獲物をさばくだけじゃ無く美味しく料理する術を身に付けていたり、そういった諸々の行いが目指す先に、シュルルが何を見ているのか。
私はずっとせんせいの事しか想っていなかった。
やっぱり、シュルルは変な子だなあ……
「ふふ……」
しみじみ、そんな事を考えていた三日月の前に、にゅうっと下から空になったカップが。
「よっ、ごっそさん」
さっきの丘小人さんです。
にやりと、妙に馴れ馴れしい。
「俺は警備隊のハックってんだ。お前ぇ、噂の青スカートだって? 見えねえな」
「青スカートって、それはそのまんまで御座るが……」
ちょっと引っ掛かる物言いに、怪訝そうに眉を潜め、三日月は唇を少し尖らせながらも、くいっとスカートの裾を引っ張ってみた。
「何で御座るか? その噂って?」
ちょっとすねる様に聞き返すと、目をさも驚いた風にまあるく見開いて来た。こっちがびっくりするくらいに。
「そりゃ、お前ぇ、人殺し追剥恫喝かっぱらいはお手の物、そんな大の冒険者様が寄ってたかって襲撃したって聞いたら、相手は命も何もかも奪われて丸裸。それが当たり前ぇのこのブラックサンで、どうだい? こんな可愛らしいお嬢さんが、たった一人で撃退したってんだから、噂にならねぇ方がおかしいやな」
けけけっとほくそ笑むハックを前に、よくもまあ口が回るもので御座るなと呆れかえる三日月だったが、『こんな可愛らしいお嬢さんが』と言われると、そう悪い気もしないのである。
「で、その……何て噂になってるで御座るか?」
「そうそう! その御座るって言葉使いが、どこの国の出身だろうとか、見た事の無い体術なんだが思い出そうとしても思い出せない不思議ちゃんだとか、そりゃ色々さ」
立て板に水と言った具合に並べ立てて見せるハックだが、その言葉の中に三日月は引っ掛かる単語があった。
「不思議ちゃんとは失敬な……ところで、こ、この言葉使いは、どのお国訛りで御座ろうか?」
がっつき過ぎてはいけないと、ちょっと機嫌を損ねた風を装いながらも。
だが、ハックの方は何か察したらしく、ん?と少し考え込む様に右目を瞑り、残る左のまなこで、じっと三日月の表情を見透かして来た。
「もしや……男か!?」
「ばっ!?」
その、あまりにストレートな切り替えし。
三日月は、口をまぬけに半開き。顔に上る血の気に、思わずその可愛らしい唇を震わせてしまった。
「くくく……分かり易いお嬢ちゃんだ。こちとら、人を見る商売だぜ。それくらい、お察しって奴よ。おっと、別に悪い意味じゃ無ぇぜ。他意は無ぇよ。別に悪い事じゃ無ぇしよ。で、そいつは旦那か?」
「知りまふぇん! ……あ……」
思いっきりそっぽを向いて、思いっきり噛んだ。
「ぷ……」
「く、くふ……」
話を聞いてた、周りの男達から、くぐもった笑いが漏れ出て、否応にも三日月の血の気を押し上げた。
「おいおい! そいつは失礼ってもんだろ!? 逃げた旦那を追って、こんな危ねぇ街まで来るなんて、並大抵の事じゃ無ぇって事くらいわかんだろ!?」
「せんせいです! それがしの剣の、せ・ん・せ・い!」
畳みかける様に否定する。それに、逃げられた訳じゃないんだからね!!
「おっと、これは藪蛇だったかな? おら! お前ら、謝れ謝れ!」
「貴方で御座るよ!」
「へ? 俺!?」
頭から丸かじりしてやろうかと、三日月はハックに詰め寄り、それを遮る様に、ハックは間に手持ちの棍を差し挟んだ。
「まあまあ、落ち着けって」
「落ち着けるか!」
「へへへ……折角の可愛い顔が台無しだぜ」
「調子の良い事ばかり言って!」
一本の棍を間に挟んでの押し問答。
ぐいぐいぐいぐい。
他の男達は、そんな様をにやにやだ。
何だろう、この違和感は?
ラミアの体重は人間の数倍。その力の差も、単純に考えて数倍に達する筈。なのに、この丘小人のハックに対して、三日月の上背を生かした押しは無為に逸らされていた。
「そうだ! 実は俺、お前ぇの使う技を見てみたかったんだよ!」
「それがどうしたで御座る!? がるるる!」
「おっと!? ようやくらしい顔になって来たじゃねぇか? どうだい? その訛りについて、俺の知ってる事を教える代わりに、お前ぇの技を披露するってのは?」
「何ぃ~?」
三日月はその言葉に、棍にかけた力を、そっと緩めた。
◇
そっと頬に添えられた男の手から、痺れるような感覚が広がり、シュルルは目を見張る事しか出来なかった。
どうして? 何故?
正に、蛇に睨まれた蛙。
「美味しいスープのお礼をしなくちゃね」
男はそう言って、シュルルの顔に己を重ねて行く。
それを、きゅっと身体を固くする事でしか、防ぎ様が無い。そんな事が考えられる?
ダンジョンで他の化け物や冒険者たちと、血で血を洗う戦いを生き延びて来た筈なのに……生気を啜る死霊や、切っても突いても再生するトロル、数で襲い掛かる人間の屑ども……
「だ、旦那!? ゼニマールの旦那ぁっ!?」
わたわたとしたグリースの悲鳴にも似た声が、全くそぐわない様に思えた。
「そりゃないよ、旦那ぁ~……」
情けない声を漏らし、へたり込む。
ゆっくりと、木が根を下ろす様に、男の触れた部分から、じんわりと何かが自分の中に入り込んで来るのを感じる。
まるで息をするかの如く、自然と濁流が泡立つ様に、私の中で何かが違って行く……
これが、これが呪いなの?
次に会ったら、頭に鉛弾をぶち込んでやろうと想っていた筈なのに……
ふと、唇に触れた熱が失われる狭間に、僅かに自らの唇を差し出し、追いすがった。
恐れとおののき。
次には、急いで身を引いた。
クスリと相手が笑う。その事に、ただ身震いする。
自ら離れた筈なのに、不思議と引かれる衝動が。そして、左肩に張り付いた大銅貨が、熱を帯び疼く。
(どうして……どうして、こうなったぁ~っ!!?)
シュルルの心は、嵐に舞う小舟の様に、激しく揺さぶられるがままであった。
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