第30話 カップを両手に、いざ出陣!


 肉食推進ギルド、『アイ ミート ユー』最初の一品は、瓜と根菜と魚肉のスープ。

 シュルルは適当に作ってみたものの結構上手くいったので、口元をにへら~と緩ませ、そのグリースが言うところの結構でかい胸を自信満々に張ってみせた。荒野では、この様に上体を後ろに反り、肺を膨らませ、上体を大きく見せる事で威嚇する生き物もいるが、シュルルのは別にその真似では無い。

「さあ、いよいよよ!」

 その傍らで、三日月が自信無げに渋い顔。

「それがし、切ったはったは得意で御座るが、笑顔とはこれいかに……」


 カップの握りは、いっぺんに何杯持っても大丈夫な様に、きゅっと三角形にすぼんだ形状にしてある。ガシャっと握ると、片手に4杯5杯は握る事が出来た。

 配膳係のシュルルと三日月は、大きな寸胴を前に、両手にカップで待機した。


「ふふふ……くらえ~!」

 そこへ、ジャスミンが大きなお玉ですくったスープを、ひょいひょいひょいと渡る様に注いでいく。

 色鮮やかなごろごろとした具材が、キラキラした銅の器に泳ぎ、濃密な旨味を帯びた香りがふわっと沸き上がる。これには、否応にも嗅ぐ者の食欲を掻き立てられる。

「はわ~、この香りがイイわ~……」

「ぎゅっと濃縮されてる感じがするで御座る……」

 改めてうっとり。

「ハル君! 出番だよ!」

「はい! はい! はいっと!」

 更に、ハルがその淵に切れ目を入れたパンを一切れ挿す。これで完成。


「じゃ、行って来ま~す!」

「で御座る!」


 2尾が出て行こうとすると、扉が勝手に開いては閉じた。

 幻影である。

 実は、あちこち、戸や窓などの木製品は、幻影で誤魔化していた。それでも、風が吹き込まない不思議な空間。

 そこを後にした2尾のラミアは、左右に分かれて路上を滑る。その外観は、当然幻影により、うら若く美しい女性が、ワンピースのスカートをはためかせながら、小走りに走る様にすり替えられる。多少の違和感は、一般人には感じる事も出来ない。そんな光景。


「じゃあ、私達は」

 ジャスミンはひょいと尻尾の先で、小さな酒だるを持ち上げて見せた。

 もちろんハルの目には、少しの失敗にも色褪せる事の無い無邪気そうな笑顔で樽を持ち上げる、ジャスミンの愛くるしい姿が映っている。

「えへへ~」

「あっ!? 急いでカップ、洗って来るよ!」

 ハッと何かに気付き、慌てて4人が試飲に使ったカップをガチャガチャ掻き集めるハルの手に、そっとジャスミンのか細い指が添えられ。

「ジャスミンちゃん?」

 ふと、ハルは手を止め、その瞳を真っすぐに見つめ直した。

「ハ~ル君……」

 樽を両手で持ち上げてる幻影。

 実際にハルの手に添えられてる両手。

 その違和感に、ハルが気付く事も無く、二人の影はすうっと近付き、静かに重なった。



 海とは反対側に滑る三日月の影は、その行く手に複数の人影を認めると、次第に常人の数倍はある速度を緩め、多分年相応の女性らしい足取りに見せかけるべく、ゆっくりとしたものになる。足音も、この幻影は生み出す事が出来る。

 人影はその存在に気付き、ハッと息を呑む気配。


 ランタンの灯に浮かび上がる青いワンピース姿の女性。

 それは、昼間、襲撃して来た十数名からなる冒険者を、たった一人で撃退した血まみれの。

「あ、青スカート……」

「たった一人で……」

「十人の冒険者を……」

「俺ら、要らなくね……?」

 赤海蛇団の男達に走る一瞬の緊張。

 それが三日月にも感じられ、思わずスッと腰を落とし、臨戦態勢を取ってしまう。


 しまった……どうしよう?


 硬直してしまった。


 口を開いて、挨拶しなきゃと思うのだけれど、一足一刀の間合いに既に踏み込んでしまっている三日月には、そのお脳と身体の連結具合が噛み合わない。

 両手は塞がってるわ、腰の得物は自分の未熟さから、討ち合ってへし折ってしまっていた。どうにも腰の軽さがすーすーして具合が悪いよ。


 ど、どうしよう……何か話さなきゃ……何か話さなきゃ……あ~、こういう時ってどう話せば良いので御座る~!!?


 思わずわたわた。目を合わせる事も出来ず、目線が上を下へとさ迷った。

 そんなテンパリ娘の三日月と、テンパリ野郎どもが集団見合いを開催してると。


「おいおい。おめぇら、見て判んねぇのか? 差し入れ、持って来て下さったんだろ? お礼言え、お礼!」

「痛ぇっ!?」

「あたた……」


 スコン、スコンと軽快な音を発て、後ろの二人が頭を押さえ前のめり。

 その後ろに……って、あれれ? 誰も居ないよ?


「折角だから、有難く戴いておきましょ」

「わっ!?」

 さっきの声が、すぐ左横から。

 パッと向き直る三日月の視線の端に、何やら揺れる尖がった物が。

 その下へと視線を。そこにはにっかりと、子供が白い歯を見せていた。


「よ~しよし、人数分あるな。ほれ、お礼お礼」

「……子供?」

「子供じゃないよ。丘小人さ。ほい、お一つ戴いちゃって良いんだよな?」

 自分の背より長い棒を肩に担ぎ、街の兵士と同じ革鎧に身を包んだ、ツンツン頭の少年は、三日月の手からカップを一つ受け取った。


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