第29話 お礼に瓜と魚のスープはいかが?
天井全体が白く発光し、目の前の作業台を煌々と照らし出していた。
室内の中央に設えた、一見自然石に見える一枚岩の作業台。牛一頭をごろり転がしても、びくともしない程度の強度も、この建物同様にシュルルの元素魔法によって形作られていた。
その上に、ごろんと転がされた大小様々の瓜や、根菜類、数匹の大ぶりな魚ら。
それらは商業ギルドへとハルを送り届けた帰りに、売れ残りを買い叩いたものの残り。
シュルルが連絡に出かけている間、夜食にと慣れぬ窯で失敗し、半分くらいダメにしてしまった、正に残り物の残り物。
それらを囲む、3尾のラミアと1人の人間。
一見、幻覚により3尾の尻尾は見えないが、実際は所狭しとごろごろ転がっている。そして、ハルの動きに合わせて、巧みに道を空けているのだ。
「さて、仕切り直しといきますか」
微妙な空気の中、シュルルがそう宣言すると、スッと三日月が手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「一体、何を何人分作るので御座るか?」
「とりあえず、2、30人分のスープを作ろうと思います」
「え?」
これには、みんなちょっと驚いた。
「表で見張っててくれている赤海蛇団の皆さんにも、差し入れしようと思いまして」
涼し気な顔で、そうシュルルが言うと、今度はジャスミンが怪訝そうに問い返す。
「そんな。どうして? ヤクザ者でしょ? 冒険者とどっこいどっこいだよ?」
「そうね。彼らは、そう冒険者と変わらないわ。街の暴力組織って意味ではね。だからよ」
「え~!?」
不満気に唇を尖らせるジャスミン。ハルも三日月も、う~んと考え込んでいる。
「恐らく、冒険者ギルドの長が、赤海蛇団の長に交渉を仕掛けている筈よ。そして、折り合いが付けば、彼らは手を引くでしょう。
そうなると、どうなるかしら?」
「それは、一斉に襲い掛かって来るやも知れぬ。下手をすると、赤海蛇団の連中も、一緒になって……」
「大変じゃない! それこそ、こんな事してらんないよ!」
三日月の考察に、顔色を変えて慌てるジャスミン。
だが、そんな彼女を、ハルはそっと手で制した。
「ハル君……?」
「つまりは、そこに予め楔を打っておく訳ですね、お姉さん?
こちらから何もして無かったら、赤海蛇団の人達も躊躇なく襲って来る。けれど、ちょっとした交流を持っていれば、そこに戸惑いが生じる。そういう事じゃないですか?」
「まあね。全員敵に回ったら厄介だけど、何事も交流が大事ってところかしら?
上手く行けば中立になってくれるかも知れないし。
それこそ末端の人間はね……
ま、今は多分、自分達の値打ちを釣り上げて、冒険者ギルドや肉屋ギルドにふっかけてる。で、相手もおいおいそれは高いよ、これくらいでどうだい?って交渉の最中じゃないかしら?
変な弱みもでも無い限り、今夜中って事は無いんじゃないかな?」
そしてにっこり。
「明日になれば、こっちの応援も来る予定ですし、状況も変わります。今は、一手布石を打っておきましょう。笑顔笑顔。私達の最大の武器は笑顔です」
ポンと手を叩くシュルルに、三者三様。
「そして、一杯の暖かなスープで御座るか……」
「仕方ないなあ~……」
「いやあ~、勉強になるなあ~」
「という訳で、若い人たち向けになので、歯ごたえが少しある様に具材を切って行きましょう! 大体指一本分の幅で~……ハル君、ナイフ、大丈夫だよね?」
「大丈夫です。何分、一人暮らしなもので」
苦笑するハルに、スッとすり寄るジャスミン。
「じゃあさ、一緒に切ろう?」
「そうだね。でも、ナイフは?」
「この中から、お好きなのをお使い下い」
そう言って、シュルルは巻物の様にまるめていた布を取り出し、サッと開いて見せた。
そこには、大小様々な形をした調理用のナイフが。
「私の、普段使いのものです。切れるので、注意して下さい」
「うわ……流石、本職ですね……」
「道具の手入れは怠りませんよ」
そう言ってシュルルは、刀身の細長いナイフを手に取った。
「魚は私が捌きましょう。瓜や根菜は、三人で手分けして、大体同じくらいの大きさに切り分けて下さい」
そこで、ふと気付く。
自分もジャスミンと同じ様に、ハルシオンの事をハル君と呼んでいた事に。
口調が移った!?
これはちょっとヤバイですねぇ~。
さっきは二人をからかっただけのつもりでしたが、ちょっと気を許し過ぎかな?
変に意識すると、気恥ずかしいけれど、目の前でいちゃいちゃしてる二人を眺めると、それも馬鹿らしい事に思えて来る。
ま、いいか……
シュルルは気を取り直して、大分鮮度の落ちた海の魚を、丁寧に三枚におろしていく。
内臓は捨てて、頭と骨でだしを取るべく大ぶりの鍋に張った水に沈めた。
さっき集めた煤の弾を火種に、改めて火を起こしておいたので、竈もそれなりに温まって来ていた。
竈の火は、風の加減で大きく揺らぐ。
「表の風の音を聞きながら、薪をくべると良いかも」
「なるほど……」
「むむむ……」
「時間帯で、風の無い時もあるんですよ」
四人で火加減もああだこうだ。
根菜の皮やヘタやらと併せ、くさみ取りに何種類かの乾燥した香草も混ぜ、竈の中で一煮立ち。
更に具材を別の寸胴鍋に入れ、予め汲んでおいた潮水に浸す。
こし布を一枚、その淵に紐で巻き付けると、その上に煮立っただし汁を開けた。
もうもうと立ち昇る湯気に目を細めながら、最終的に布の上に残ったものを巻き、最後の一滴までも、ぎゅっとこしとった。
「さあさあ、最後の仕上げですよ!」
鍋に蓋をすると、シュルルは魔法で鍋と蓋をぴっちりとくっつけた。
それはもう、水の一滴も漏れ出ない程に。
「取れないよ!?」
ジャスミンが、常人の数倍の腕力で蓋をぐいぐい開けようとしても開かない。
「それで良いの。その方が早く煮えて、素材の旨味がぎゅっと残るから」
「え~!? そんなの聞いた事無いよ!」
「ま、これも錬金術の一種ね」
そう言って、竈の中央に鍋を据えて暫く放置する事に。
その間に、シュルルは釣銭で貰っておいた銅貨を手に、パンと叩いてはそれらを鋳潰して形をカップへと変えていった。
「いやあ~、叩きや絞りで形を作っていたのが馬鹿らしくなっちゃうわ~」
普通、銅のカップや鍋などは、銅板を叩いて伸ばして形作るのだが、ここに来て物質の組成を認識出来れば、火や風、水や土と言った元素を操作する魔法の応用で、色々出来る事に気付いたシュルルだった。
元々、幻影系の魔法使いとして、形をイメージする事はお手の物。
金貨を潰して、金の腕輪を作ったり、砂の中からガラスの元になる素材だけを集めて、溶かして、錬金術に必要なガラスを簡単に作れる様になったり、それまで数日かけて作っていた試作品の変身リングを一晩で作れたりと、かなり効率が上がっていたのだ。
「じゃあ、どんどん作っていくから、洗ってくれる?」
「わかったけど……」
「これが魔法の力……で御座るか……」
「ノンノン……錬金術よ」
「うっそぉ~!」
「いやぁ~、壊すだけの魔法って嫌いなのよね~」
ケラケラ笑うシュルルを、ちょっと引き気味に眺める2尾。
ハルは、その出来上がった銅のカップを手に、まじまじと凝視するのであった。
「これ……これだけで商売出来ますよ……」
銅の円筒状のカップには、ちゃんと丸いラインの取っ手が付いており、その横には『アイ ミート ユー』の文字が楽し気に躍っていた。
それから暫くして、煮上がっただろう鍋を竈から取り出した。
作業台の上に、ドスンと置き、鍋の蓋を一瞬で切り離すと、ぽんと音を発てて蓋が跳ね、それから室内に何とも言えない甘く美味そうな香りが漂った。
「さ、次は味見味見」
嬉しそうにジャスミンがカップでひとすくい。
「ささ、ハ~ル君」
そんな様に苦笑しながら、三日月とシュルルも続いた。
ほんわか、湯気が立ち上るカップを前に、皆ですうっと一息吸う。
「たまらない!」
「何これ!?」
「良い香り……」
「うん。全く臭みを感じない……」
ふわっと鼻孔に広がる濃密な旨味の気配。シュルル以外は、未体験のそれ。
皆、カップの中身を凝視しながら、一言ずつ香りの感想を口にした。
それから、互いに目を合わせ、すっと口を付けた。
「!?」
皆、一瞬目を合わせ、それから一気にかっこんでいく。
「おかわり!」
「待った!!」
ジャスミンの突き出すカップを、三日月のそれが制止した。
「それでは、配る分が足りなくなるではなかろうか?」
その一言に、ジャスミンはしぶしぶと突き出した腕を下ろすしかなかった。
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