第26話 土地取引終了
その内に、お役人もやって来て、土地売買の契約を済ませ、所持金がぐっと心もとなくなるものの、税金を納めた以外、馬車の隠し棚からハルシオンの鞄の中へ金貨が移動しただけの事。
役人を見送った後、当のハルは、ずっしりと重くなった鞄を大事そうに抱えながら、事の他能天気に安堵の笑みを浮かべていた。
「後はこのお金を、国外に逃亡中のお客様にお届けすれば、僕の仕事も一段落です」
「でも、冒険者ギルドが狙ってるんでしょう? 暫くはどこかに身を隠した方が良いんじゃなくて?」
シュルルがそう訊ねると、少し困った様な微笑みを浮かべ、素直に頷いてみせた。
「そうなんですけど……手数料を取られてしまいますが、商人ギルドに手形の発行をお願いして、それを船便で送る手配をしたら、イキリ屋さんへ行って、直接説明をしようと思うんです」
「あら? イキリ屋さんって、怖い人なんでしょう? 大丈夫?」
「そういう噂ですね。でも、そこまでが、私の仕事ですから」
「ふ~ん……」
シュルルがそう返すも、ハルは背をピンと伸ばし、穏やかな笑みを浮かべていた。
その傍らへ、にょろんとすり寄るジャスミン。お仕事の難しいお話が終わるまで、少し離れていたのだが、そろそろ良いよね?って感じなのだろう。
「お疲れ~、ハル君。でも、外はクズみたいな冒険者がうろうろしてるから、ちょっとの間、ここに隠れているとイイと思うの。ね? そうだよね、お姉ちゃん?」
「誰が、お姉ちゃん、よ……でも、確かに大金を持って一人で街中を出歩くのは危ないわ。ジャスミン。貴方、馬車を出すから一緒に付いて来なさいな。
三日月はお留守番、お願い」
「むむむ……委細承知で御座る」
「それと、イキリ屋さんへ行くのは、あたし達のお店が開店するのを見届けてからにして貰うわよ。そこまでが、貴方のお仕事って事で」
「お姉ちゃん!」
「心の友はどした? で、宜しくて?」
ハルの見えない所で、激しい尻尾の応酬。
ポンポン姉妹同士の軽いことばに後れを取りながらも、ほうっと貯めていた息を吐き出し、ハルはペコリお辞儀をした。
「宜しくお願いします!」
「決まりね。三日月!」
そう言うと、シュルルはぽーんと一つの腕輪を投げて寄越した。
パシッとそれを受け取り、まじまじと眺める三日月。
一見、左手にはめている、認識阻害の魔法の腕輪と同じ、青いコイン程のガラス玉のはまった金の腕輪。
「これは……?」
「報酬の前払い。貴方の分よ。少し、強化系も混ぜておいたわ。貴方なら、使いこなせるかも」
「……かたじけない!」
いつの間に。そんな想いが脳裏を過ぎったが、今はありがたく腕にはめた。
留守の間、練習をしよう。そう思った。
商家へ荷馬車で乗り付け、手形等の手続きを済ませ、お店へ戻るとどうも騒々しい。
裏から入ると、返り血に青いドレスを真っ赤に染めた三日月が、飄々とした笑顔で出迎えた。
「それ、どうしたの?」
「何やら屁理屈をこねて、冒険者何某が押し入ろうとしたので、成敗したで御座った。相手は十人程で御座ったが、久しぶりに体が動かせて楽しかったで御座るよ。あははは」
そこで、少し言葉を区切った。そして、申し訳なさそうに、腰の道中差しを抜いた。
「これ、この通り。拙者の技が至らぬ性で、剣が折れてしもうた。申し訳御座らぬが、代わりをお願い出来ぬで御座ろうか?」
見事に、根元からぽっきりと。
元々異国の護身用の小刀だから、数打ちの安物。数人切れば刃こぼれもし、まともに切れなくもなる物だが、それ一本で十人と渡り合ったらしい。
「呆れた」
「いやあ~最後には、パンチと鞘で応戦したで御座る」
「判る! 判るわ~!」
「ジャスミンちゃん達って、みんな強いんだね」
しゅっしゅっと拳を繰り出すジャスミンに、傍らでハルが男子の面目全く無しと苦笑する。何しろ、時折その拳が二重三重になるのだから、ちょっと真似出来ない。
「ほらほら。もう、そんな恰好したままで。着替えましょう」
「うむ。では、拙者は失礼するで御座るよ」
シュルルに促され、三日月は掌をヒラヒラさせて、屋内に消えた。
「奴らが自慢気に言ってたで御座るが……」
「はいはい。何?」
魔法で水を出して、三日月の顔や身体を綺麗にしながら、血で張り付いたワンピースをはがして行くシュルル。
「この街の警備隊もグルらしいで御座るよ。今は誰も来ない手筈と」
「そりゃ、それくらい手を回すでしょうね。ん? 誰の当番かな?」
シュルルの脳裏に、あの夜の鼻の異様にでかい隊長の面影が浮かび、あの男ならと妙に納得。
この街の警備兵は、幾つかの隊に分かれていて、主に街の出入りを警備する隊、街の外壁を警備する隊、港の治安を警備する隊、街中の治安を警備する隊、と幾つかの区分けをし、交代で勤務し、順繰りに休みを取っているらしい。
総計16隊。1隊当たりの人数は20人から40人の間を行ったり来たりとか。入れ替わりが激しいらしく、古参の兵士は更に小隊を任され、数人単位で行動しているらしい。
これ、グリースからの情報。
どの隊が当番か調べて貰う事で、誰が悪十と繋がっているか、判るかも知れない。
そうシュルルは考えた。
「一番嫌なのは、赤海蛇団まで手が回ると完全孤立しちゃうわね。先に打って出るにも、ハル君の守りを考えると……」
「やはり、応援を頼むで御座るか?」
「ええ。面白くなって来たわ!」
「わっぷ!?」
えいとばかりに、三日月をすっぽんぽんに剥くと、どす黒い紫色になってしまったワンピースを、部屋の中央に据えた石の作業台へと広げた。
「どうするので御座る?」
「こうするので御座る」
パンと一振り。
スカートの端から、水気がびゅびゅっと吹き出し、一瞬でふわふわのワンピースの出来上がり。色も匂いも……うん、大丈夫!
「はい、三日月」
「うわあ……」
パッと広げて見せて、三日月の身体に当ててみた。
「うん。縮んでもないし……」
小さな鍵割きや、ほつれも指先でもみもみ……
「ええっ!?」
「錬金術で血の成分は分析済みだし、操作すべき物質が判っていれば、初歩の初歩、元素魔法でって、もう~。一人暮らしだったら、こんなに手間はかからないのにね」
「いやあ~、それがし、暫くは幻影を纏っていれば良いかと思ってたで御座るよ」
「すっぽんぽんで? や~ね~」
つんと三日月の、少し赤味がかったお鼻を突っついてあげると、まるで子供の頃の様な、ちょっとはにかんだ笑顔を浮かべてみせた。
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