第25話 冒険者ギルドの影


「少しショートカットして行こう!」

「うん!」

 逸る気持ちを隠さずにハルシオンがそう言うので、ジャスミンは手を引かれるままに、一本手前の路地へと足を踏み入れた。

 行き交う人の多い表通りから少し細い路地へ入ると、空気の流れが変わり、途端に人の生活臭がつーんと鼻に来る。潮風の少し重たくべたつく感じと合わさり、不快指数はうなぎのぼりだが、そんな事はこの際、どうでも良かった。

「あははは! うまく行ったうまく行った!」

「凄いじゃん! でも、どうしてこの時間に!?」

 パタパタと小走りだったハルの足並みが、この問いに少し緩やかになった。


「実はね。あそこの担当、仕事が遅くて有名なんだ。しかも、昼休みはたっぷりとって、デスクを留守する。だから、こんな事もあろうかと、前もって部下の一人と仲良くしておいてね。ちょっと値の張るワイン1本で取引成立さ! 留守の間に、ちょちょいのちょいで、手続き終了。黙って待ってたら一週間でも二週間でも待たされる所だったからね!

 これで君のお姉さんにも、良い顔が出来るってもんさ!」

「まぁ、流石ねハル君! 凄い凄~い!」

「いやあ~っはっは。まあ、それ程の事はあるさ」

「ふふふ……」

「あははは。これで、後はあの土地の売買手続きを終わらせれば」

 そこで、ハルは言葉を途切らせ、口元を硬く結んだ。

「ハル君?」

 ジャスミンが、ハルの視線の先を見ると、三人の武装した男達が、道を塞ぐ様に立っていた。そして、背後からも複数人の足音が。


 その中央に立つ、如何にも戦士風の男がにやけた口を開く。

「ど~も、冒険者ギルドでっす」

「へへへ……」

「くくく……」

「マーカライト商会のハルシオンさんで?」

「いいえ、人違いです」

「ほ~ほほほ!」

「くけけけ……」

「ししししし……」

 背後から迫り来た3人の気配も、その歩調を緩め、せせら笑いが耳に届く程に。


「逃げられませんよ。ハルシオンさん。こっちはご覧の通り6人だ。諦めて、大人しくイキリ屋さんの所まで来てくれると、手間が省けて良いんですがねぇ~」

「兄貴ぃ~、女はどうしやす?」

「ば~か、売っ払らっちまえば、良いだけの話じゃんか」

 左右の男らが好き勝手に喋るのを聞き流し、真ん中の男はすらりと長剣を抜いて見せ。

「いや何ね。あんたが昨日申請した件に関して、イキリ屋さんが、是非に本人の口から弁明を聞きたいって、そうおっしゃってるらしいですよ。ちょっと、足を伸ばして戴くだけの話ですが。俺らも、口が利ければそれで良い話なんで、あんまり聞き分けが悪いと、腕の一二本、落してからって事になりますがね、それで良いんですかい?」

 にやけ男は口調も滑らか、余裕の笑みで脅しをかける。

 途端に、周囲の建物から、パタンパタンと扉が閉まり、鍵らしき金属音がガチャガチャと連続して響いた。誰も、巻き込まれる事はゴメンなんだ。


 男の口上にぶるっと震えるハル。その前に、ジャスミンが黙って前に進み出た。

 きゅっと真一文字に唇を結び、鋭い眼光を。だが、その殺意に満ちた目線は、認識阻害リングの働きにより、威圧とはならない。

「おや~、このお嬢さんは何を、へぶっ!?」

 一瞬で、顎を撃ち抜かれ、腹、心臓と左右の連打が。

「何ぃっ!?」

 即座に得物を構えようと、動いた左右、後ろの五人は、その眼前にジャスミンの黄色いワンピースが舞いあがり、たちまち壁や石畳に叩きつけられ、漸くにして男の持っていた剣が落下して、乾いた金属音を鳴り響かせた。


 6つの黄色い影が、すうっと一つにまとまり、そこには一人のジャスミンが立っていた。


「冒険者ね……ハル君、行こ!」

「う、うん!」

 今度は、ハルがジャスミンに手を引かれる番だ。


「今のは凄いね。この間のは、手加減してたのかい?」

「うん、もちろん!」

「はは、そりゃそうか!」


 足音も軽快に、二人は冒険者たちがのたうつ路地を後にした。

 目指すは、2尾の姉妹が待つだろう、あの空き地。



「あれ?」

「あれあれ?」

 冒険者達の追っ手を軽くあしらい、ようやくベイカー街に辿り着いた二人は、そこに真新しい建物を見、驚きに足をしばし止めた。


 何で出来ているのだろう?

 継ぎ目の無い、一見石造りの建物。二階建て。そして、その屋上でくつろぐ女性たち。


「た、確かに、ここですよね!?」

「ハル君に聞かれても、私困る!」


 これも幻覚? でも、屋上に居るシュルルと三日月は?

 とりあえず、声をかけてみる。


「お~い! お~い!」

「あら~!? 早かったわね~!?」

「おお、ジャスミン! 家出は二日で終わりで御座るか!?」


 上からケラケラと二人の笑い声が返って来た。どうやら、本物かも知れない。


「ハル君、私に捕まって!」

「う、うん!」

 ぎゅっと抱かかえると、一気に壁の上に登り、そこから屋根の上へ跳躍した。

「はわわっ!?」

「あ、ごめ~ん」

 人の身にはあらざる行い。

 人の筋力の遥か数倍のラミアだからこその出来得る技。

 だが、この一瞬の出来事も、認識阻害リングの効果で、ハルにはその異常性が認識出来ずにいた。


「聞いて聞いて! ハル君、もうお仕事、ほとんど終わらせて来たんだよ!」

「あ、あははは……はい」

 ジャスミンに即され、ハルは鞄から取り出した書類を、改めて二人の前へと差し出した。

「あら、もう?」

「はい! 肉食推進ギルドは、正式にこの街のギルドとして登録されました。細かい規定とか、後付けで色々と出来る様にしてあります。後はこの土地と建物ですが……」


 それらに目を通し、シュルルはにこやかに頷いた。


「え~くせれんと。じゃあ、早速、次のステップに進めそうね」


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