第22話 恋はジャスミン


「すいません! うちのバカが、ほんっとうにすいませんっ!!」


 少しも悪びれる様子の無いジャスミンの頭を、ぐりぐり下へ押し込みながら、私はとほほな顔でひたすらに謝った。

 いや、ほんと。どうして、こうなった~!!?


 何しろ、馬車の隠し戸棚からお金を取り出し、振り向いたらジャスミンがとぐろを巻いてハルシオンさんに抱き着いて……まるで、頭から丸のみする蛇みたいにのしかかってるんだから、そりゃびっくりしましたよ!

 取引相手を、食べてどうするっ!!?


 その様を、隣でぽか~んと見ている三日月も三日月!

 ねぇ~、お願い! 見てたら止めて!!

 そりゃ、認識阻害の腕輪で、多少の事は何だっけ?ってなるけれど、多少の事っ!?


 慌てて引っぺがし、気絶してるハルシオンさんを介抱してたら、気付いてくれた。

 ラミアの抱擁で、骨の何本かは折れてるんじゃないかって心配したけれど、それは無かったみたいで、ホッとしました。

 そして、逃げ出そうとするジャスミンの尻尾を引っ張って、今の状態に。


「どうか、藪蛇に咬まれたと思って……」


 軽い窒息状態で、まだ意識は朦朧としているみたい。

 何しろ全身を絞り上げた上に、唇をふさいで息も出来なくしたんだから、そりゃ窒息しない方がおかしいわ。獲物を捕らえて、食べる前に大人しくさせるのと違うんだから!


「あ……あれ?」


 どうやら、事の次第を多少思い出しているみたい。

 頭を揺すって、帽子の位置を直して、乱れた上着の襟を直して……

 それから、ハルシオンさんは、少し恥ずかしそうな表情で、その青白い頬を薄っすらと赤くすると、ようやくこちらに向きなおった。


「いえ。こちらこそ、すいません。どうやら、びっくりして気を失っていたみたいで、お恥ずかしい」

「いえいえ! とんでもないです! うちのバカが、いくら荒野育ちだからって、限度がありますよ! もう!」

「いや、お姉ちゃん。あちらさんも、こうおっしゃってくれているんだから、これ以上は、ねえ?」

「ねえ?じゃありません!」

 いつの間にか、こっちをお姉さんにして、面倒毎は丸投げにする気らしい。ジャスミンの奴!

 てへぺろ禁止! ウィンク禁止!

 こらこら、手を伸ばして、また何をするつもり?


 するりとこちらの手をすり抜けたジャスミンは、ハルシオンの左肩に回り込み、まるで何事も無かったかの様に、耳元へと囁き出した。

「え? い、居ないですよ!」

 素っ頓狂な声で、返答するハルシオンに、満足げな笑みで返し。

「お姉ちゃん! この人、独り身だって!」

「ジャスミン……」

「いいじゃない」

 呆れるこちらの事なんかお構いなしに、自由勝手に振る舞うものだから、こっちも思わず手が出るというもの。


 思いっきり耳を引っ張ってやると、悲鳴を上げてようやく離れた。

「ほら。お仕事の話が終わって無いでしょ?」

「じゃあ、終わったらイイの?」

「ハルシオンさんには、お金の分、働いて貰わないといけません!」

「え~……じゃあ、付いて行ってイイ?」

「出来る訳無いでしょう!」

「あ、やっぱり」

 そう言ってケラケラ笑うジャスミンは、本当に屈託ない様子で、私とハルシオンに軽いボディタッチを繰り返した。


「で? ハルの秘策は?」

 あ、とうとう略称を勝手に使い始めた。

 もう、こうなると変に揉めても、逆に失礼になりそう。そう思って、私はきっぱりジャスミンの事は諦めました。なる様になれ!って感じ。


「はい。これなんですが……」

 そう言って、ハルは改めて鞄から取り出した巻物を広げると……

「どうでしょう?」

 真剣な目線を感じながら、私はそこに記された一字一句に目を走らせ、吟味していく。

 街の仕組みは判らない事が多い。

 これで出来るというのなら、乗るか反るかはこちらの度胸。


 私は、手にしていたずしりと重い、布の包みをハルに向けて、ずいっと前へ押し出した。

 包みは二つ。

 そして、その布をハラリ捲る。

 一つの包みには、金貨が100枚ずつ包んである。

 そこから、値切った分の20枚を、1枚ずつ数えて抜いていく。

 それは、まるで何かの儀式の様。


「金貨、180枚です。どうぞ、お改めを」

「失礼します」


 カチャカチャと金貨を数える音と、4つの呼吸音だけが、遠く表の喧騒から浮き上がって聞こえていた。

 表通りとは、焼け落ちた瓦礫の山が築かれているだけで、出入りは自由であったが、誰も入ろうとする者は無く、僅かにこの光景に目を留めるものの、速やかに歩み去って行く。


「確かに」


 数え終わると、ハルはそれらを丸めて鞄の中へと閉まった。

 そして、見上げたその表情は、これまでと打って変わった、何か決意に満ちたかの様な、きりりと引き締まった面差しとなっていた。


「では、やらせて戴きます」

「お願い致します」

「頑張ってね」


 ペコリ、お辞儀すると、その足でハルは立ち去った。


「見送らなくてよかったの?」

「いやあ~、後ろ姿に見惚れてしまいました」

 クスクス笑うジャスミンは少し照れ笑い。

「で、そこで相談なのですがお姉ちゃん」

「いやよ」

「いや、そこを何とかお願いよ~」

「言ってみなさいよ」

 このお調子者め。そういう目線で、一度そっぽを向いてから流し目で見やる。


「あのね。この腕輪なんだけど……」

 そう言いながら、ジャスミンは左腕の黄色いガラスがはまった腕輪を持ち上げながら、馬車を指さした。

「あっちにある、幻覚のアイテム。こういう感じにして、もう一つ頂戴! お願い!」

「ダメ」

「ケチ~!」

「あれは必要なの。荷物を運ぶのに」

「え~、一緒に街を歩きたいよ~」

 いやいやするジャスミンに、ぐったりするこちらは、口の端からだらだら零れ落ちる様に、うめき声を漏らした。


「貴重なる実験体1号くん。君は栄えある若者だ。奇しくもここに試作品1号がある。これを装着すれば、あ~ら不思議。君の姿は思うがままに自在に変化するだろう。だが、それも幻覚のなせる業。君が気を失えば、たちまち君が人間でない事はおろか、ただの化物である事が露呈する。もし、その様な事に陥り、生命財産の危機に陥ったとしても我々は一切の関与をしない。良いかね?」


 そう言いながら、私は私の安全の為に装着していたもう一つの金の腕輪を外し、欲望にまみれた姉妹の前にちらちらと振って見せた。


「おお~、心の友よ!」

「あ、そう? 姉妹の方が、格上じゃね?」


 半分、姉妹の唐突な色恋にあてられた私は、げんなりとしながらその抱擁をありがたく受け止め、その使い方を伝授する事に……


「それを反対側の腕にはめ、変身!と叫ぶのじゃ」


 何故か、老人口調になる私。

 どうやら、やばい奴にやばいブツを渡してしまったらしい。


「あ、言っておくけれど、消費魔力、はんぱないからね」


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