第21話 先ずは物件を見て回りましょう!


 足元に映る黒い影。それがブラックサンの由来。

 国旗にもなっている。

 黄色地に黒く燃える太陽。黄色は砂。四方に燃える炎の円が太陽の生んだ影。それがブラックサンだ。


 赤、青、黄色、陽光照り付ける下、原色くっきりとしたワンピースの女性陣は、その日差しに負ける事無く、超然とこのブラックサンの街並みに浮き上がっていた。


 麦わら帽子でその素顔を晒す事はしないが、薄手の布一枚が描き出すしなやかで暴力的なボディラインは、街育ちの人々にはない鋭敏な野性味を醸し出し、生物としての強靭さとその存在性能の違いを明々白々に描き出してしまうのだが、その事に3尾は気付いていない。


「何、その鉢がねと道中差?」


 三日月の帽子の下から覗いている、鉢がねの黒い金属片がさっきから気になる。

 彼女が手に持つ、一振りの短い赤ざやの刀が気になる。

 そう訊ねると、三日月はそっと頬を押さえ恥ずかしそうな素振り。


「うう……こうしてると妙に落ち着くで御座る。それと本当は、胴田貫にしたかったで御座るが、あれは流石に目立ち過ぎるし、本当は名前も胴田貫にしたかったで御座るが、もし先生とお会いしてまた一緒に暮らす事になったら、おい胴田貫、俺の胴田貫はどうした? 胴田貫胴田貫、何だここにはおからが無いのかけしからんなあ胴田貫、と何やら面倒になりそうなので、残念ながら三日月にしたで御座る。いや、本当、残念で御座った……」


「いや……その葛藤の半分を私に分けてくれてたら……」


 何だか泣きたい気分になるシュルルだったが、ここで挫けててはいけないのだ。


「そうそう。私だって、そういえば隣の馬車にジャスミンの花が、良い香りさせてたなあで、即座にジャスミンって決めたのよ。あの瞬間、世界が崩壊するかと思ったわ」


「わあ~、同じで御座るな」


「いや……ちょっと待って。何か違う様な……」


「さあさあ、皆さん。この物件はですね……」


 先頭を行くハルシオンは、そんな私達の歩みに合わせ、ゆっくりと説明をしてくれていた。


 見れば閑静な住宅で、この近辺は少し物静か。

 建屋は2階建てで、12部屋程もある、なかなかの規模。

 今にも住めそうなぐらいに、綺麗に掃除もしてある様だし、かなり良さげな家具もついている。

「ハルシオンさん? これで2万ですか?」

「はい。庭付き一戸建て、オーブンあり、幽霊ありの事故物件ですが、格安ですよ?」

「いえ。お店を出したいので、出来ればもう少し人通りの多いエリアが……」

「では、次、参りましょう。ご予算の枠内ですと、どうしても何か訳あり物件になってしまうのですが……」

「まあ、幽霊さんとは、少しお話してみたいのですけれど……」

「そうではないかと思いまして……では、次に参りましょう」


 次にハルシオンさんの案内で、街の商業区に馬車で進むのですが、そこで彼が息を潜める様に声を押し殺して馬車を止めさせました。

「あれを……あ、あまりしっかり見ないで」

「ハルシオンさん、ここは?」

「はい。ここは商売には適した一等地なのですが、ご覧の通り暴力団のたまり場になっておりまして、前の持ち主が税を納められずに首をくくってしまいましたので、今は街の持ち物になっておりますが、誰も落札出来ません。物理的に。でも、格安ですよ?」

「掃除が大変そうですね……」

 ごろつき共が酒盛りしてる様を、視界の端に捕らえながら、とても嫌そうな顔をした。

 するとハルシオンは、涼し気に言って放つ。

「酒場にたむろしてる地元に縁の無い冒険者をやとえば、適当に殺し合って数が減りますけれど……」

「時間が惜しいし、冒険者に払うお金は持ち合わせておりませんの」

 淑女らしく小首を小さく揺らすと、彼も苦笑を返してくれた。

「それは仕方ないですね」

「それに根っこは同じでしょう?」

「はい、確かに……」


 次に馬車は、少し細めの裏路地へ。

 商業エリアから少し離れる性か、表通りの喧騒が遠く響き、落ち着いた感がある。

 カポカポと穏やかな馬の足並みに、ふらふらと近付く浮浪児達が目についた。

「この先は、パン焼き通りでして、良い香りがして来ませんか?」

「あら? 確かに……」

 鼻腔をくすぐる香ばしい空気は、これまでの汗や汚物やその類の発酵したそれとはまた別の、少し幸せな気分にしてくれる魔法がかかっているかの様。

「風の関係で、この近辺は比較的良好でして、それで次第にパン屋が集まり、まぁそうなると朝夕凄い熱気で、人の住むにはちょっと厳しいかと……」

「お肉の足も速くなりそうね」

「まぁ、悪くなる前に売りさばけば宜しいかと……」

 そう言って涼しい顔をしているハルシオンに、相槌を打つ私。


 最初の一軒は、住む家。

 次の一軒は、客商売をする建物。

 徐々に金額も下がってる。つまりは彼の懐に入る手数料も減る訳だけど……

 次はどうなのかしら?


「大体、この街のパン屋はお客様から粉を預かり、決まった時間に決まった本数のパンを焼くのです。そして、その手間賃と薪代を貰うという商売でして、安定しておりますが、総数は決まっておりますので、旨味は少ないのです」

「ほ~……」

「つまりですね。朝夕、家の者がパンを受け取りに来る。そこでお肉等を売れば、商いもしやすいのではありませんか?」


 そう言って、ハルシオンは手で馬車を止めさせ、一軒の裏口で降り立った。

 降り立ったは良いけれど……


 その建物はどう見ても、屋根が無い!


 商業地区らしく、建物が犇めく様に林立しているのだが、その建物だけ真っ黒焦げで焼け落ちてるとしか見えないの!


「うわあ~……酷い酷いと思ってたけど……」

「これはなかなか、見応えがあるで御座るな……」


 これまで、どんどん悪くなる雲行きに、口を挟まずに大人しくしていた2尾も、流石にこれには感嘆の声を漏らさずには居られない。

 私も、2尾の手前取り乱す訳にもいかず、ひたすら冷静になろうと目と息をこらした。


「驚くのも無理はありません。このお店は、パン屋だったのですが、ヤバイ連中と揉めましてね。焼き討ちに遭ったのですよ。幸い、他のお店に被害はそう無かったらしいのですが、持ち主は国外へ逃亡しまして、それで土地代込みで格安に」


 裏口が開かれ、ハルシオンが馬車を招き入れる。

 私はそれに従い操作しながら中の様子を見てとった。

「竈は大2つに小2つ。使えるの!?」

「はい! 手入れをすれば!」

「でしょうね……」

 要は屋根が無くても、最初は屋台みたいに防水加工した布で雨風を防げれば、十分商売は出来る。問題はその先なんだけど。

 見上げれば、パンを焼いていただろう丸い大きな牛程もある耐熱レンガの竈から、真っすぐ上へと延びる煙突は、崩れるのを免れている。

「是非、火を入れてみたいわね……」

「お買い上げで?」

「う~ん……」

「地下室の状態も?」

「見るわ」


「え~……」

「マジで御座るか?」

 2尾は瓦礫の山を前に、呆れるやら驚くやら、それを片付けなければいけないのかと、付いてきた己が身の不幸を憐れむやら。


 地下の倉庫がほぼ無事で、すぐにでも使えそうな事を確認して、私は表へ出ると、現金で即買いする事を告げた。

 今の手持ちの資金で事足りそうなのは、有難いが、多分揉めた相手という奴が睨みを利かせている為に、現金化し辛いという事情もあるみたい。

 要は、誰も買うんじゃないぞ、誰もあいつを助けるんじゃないぞ、と脅しをかけているのでしょう。

 揉めるなら揉めるで、地元の組織とチャンネルを築く機会にもなるので、その辺はスルー。


「では早速、書類等の手続きを致しましょう。売買契約書と登録登記書類のお渡しと、お支払いはお役人様立ち合いとなります。これは、きちんとした方をお連れしますね。

 それでは、次にギルドの加盟についてですが、肉屋ギルドと外食ギルド、二つのギルドに加盟して戴く事になると思うのですが……こちらがその条件でして……」


 そう言って、ハルシオンは愛用のデカ鞄から、羊皮紙を何枚か取り出し、順繰りに手渡して来た。

 私は、そのきちんとした役人という言葉に引っ掛かり、ぞくぞくっと寒気を覚えた。きちんと……お金にきちんと……ま、まさか……


 私がだらだら冷や汗を流しながらその書類に目を通していると、汗が一気に引く想いをした。


「何これ!?」

「判ります」


 うんうんと訳知り顔で頷くハルシオンに、これを知ってて平然と渡して来たのかと、一瞬信じられないという想いを顔に出してしまった。


「ご存知無かったかも知れませんが、このブラックサンには肉屋は1件しか御座いません。なぜなら……」

「加盟料と会費がべらぼうに高い……」

 微笑みを崩さず、悠然と頷くハルシオン。

「はい。この街が出来た時からのイキリ屋さんは、この街唯一の肉屋であり、肉屋ギルドの会長様。加盟許可も、あそこの店主の胸先三寸に御座います」

「で、あちこちへの付け届けもあり~ので、今まで百年間、この街唯一の肉専門店の座を守り続けておられるのでしょうね」

「はい」


「それでか……」

 溜息一つ。

 なんか、やたら行商人のおじさん達が、うちの肉や生ハムを喜んで買い込んでくれたし、肉屋を開きたいと相談したら、物凄く協力的だった訳だ。

 一店しかないなら、そこで取り扱う肉の値段も質も、どうとでもなる訳だし、船に積み込む塩漬け肉やら干し肉の独占販売をしていたら、その富も……


「で?」


 私は、その悠然とした微笑みに問いかける事にした。

 貴方のその心情とやらは、何か解決策を予め仕込んでいるからの事でしょうね? と。


 ハルシオンは、すくっと胸を張り、恭しくその愛用のデカ鞄から、一本の羊皮紙を取り出して見せた。


「はい。これまでは、先にお送り頂いた手付と、これから頂く正規の金額の分で御座います。ここからは、追加料金を戴きます」


「おいくら?」

 そう冷静に口にしながらも、どうにも興奮が止まらない。

 さわさわと耳の裏が泡立ち、血流がぐんぐん増して来る感覚に私は酔いしれた。


「先の料金が金貨100枚。こちらの案が登録料込み込みで金貨100枚になります。これは先にお手紙で戴いていた、お客様のなさろうとされてる事に合致した案かと……」

「でも肉屋ギルドへの加盟料はかからないのでしょう?」

「ああ、左様で御座いますね。この案ですと……」

 ぴくぴくっとハルシオンの目の端に動きが見えた。

「そちらの手数料がかからないのですから、その分、割り引いて戴かないと……そうね。追加料金の方を、金貨で50枚程に……」

「それは厳しいです。これは、正直申しますと横紙破りと申しましょうか、アクロバット的と申しましょうか、これまでに無い事をする訳で。それはもう十分に勝算はあるのですが、値切られてしまいますと、そこかしこに根回しをするお金を……では90で?」

「60」

「85」

「65」

「う~ん……80! これでやって見せましょう!」


 少し考えました。

 ここまで言うのなら、彼の用意した代案というのにも興味があるし、実行するなら是非にも成功させて貰わなければならないの。

 多分、もっと値切れそうな気もするけれど……今回だけの付き合いにしたくないかも。


「うふふ……それで手を打ちましょう。金貨100枚と金貨80枚。今即金で宜しい?」


 私がポンと手を打つと、ハルシオンも張りつめていたものが解けたか、ホッと息を吐いて表情を崩した。これはちょっとかわいいかも。


「ありがとうございます! 金貨180枚。即金で戴けるなら喜んで!」

「契約成立ね」

 軽くウィンク。スッと右手を差し出し、互いに握手を交わした。


「ちょっと待って下さいね」


 私はそう告げて、馬車へ。

 それを見送るハルシオンは、きゅっと唇を結び、こくりと唾を呑む。そんな彼を襲う影があった。

 人ではあり得ない速度で、しゅるり背後から抱き着いたのは。


「わわっ!?」

「お前、凄いな! いや、ホント凄いよ! 何だか判んないけど!」


 カラカラと笑いながら無思慮に抱き着くジャスミンは、彼を中心にとぐろを巻いた。

 しゅるしゅると服の上からすり上げる弾力のあるラミアの蛇体に、普通なら流石に異常に気付くだろうが、不意打ちと例の認識阻害のリングのお陰か、白い顔を真っ赤にさせたハルシオンは、背中に押し付けられた柔らかな肉感と、目の前に迫った魅力たっぷりの笑顔を前に大炎上。


「あの? えっ?」

 ぺろり。

 赤い舌で唇を濡らす。

 真っ直ぐに瞳の奥を覗き込み、初々しい動揺に心弾ませるジャスミン。


 それはあっと言う間の出来事。


 両の頬を掌で覆う様に包み、その皮膚の柔らかな触感とその下に流れる暖かな血流の増加を感じると、かぷり。

 何となくあの村で見た、恋人同士のアレの様に、唇を重ねてみた。


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