第20話 代行屋マーカライト商会


 予め用意しておいた馬2頭、馬車1台、道中差し一振り、成人女性3人分の税金をすんなり納め、街中へガラガラと荷馬車を進めたラミア3尾の一行は、御者台でがっくり脱力しているシュルルを除き、妙に浮尻尾だっていた。


 街の大門から伸びる通りは、人通りも多く、馬車もゆっくり行き交っている。

 陽光煌めく街並みは、初めて見る2尾の目には何もかもが珍しく、多少取り散らかった汚物や打ち壊れたままに放置してあるゴミの山すら、興味の対象になるらしい。


「ねえねえ! 何で、ネズミほったらかしにしてるの!? 食べないの!?」

「人の口は肥えているので御座ろう? それとも放し飼い? 非常食で御座ろうか?」


 小さな尻尾が列成して駆けずり回ってる様に、目を見張る2尾。

 ラミアの走る速度は人間の数倍。野鼠は子供の頃、そんなに力が強く無かった頃の、定番の食事だった。


「う~ん……どうかなあ~? 街中って不潔だから、何の病気を持ってるか判らないよ~」


 右手の甲に受けた口づけに、エナジードレインされた気分のシュルルの、自称か弱い乙女の繊細な心、は千々に乱れ、不安の比率がぐんとのしかかっていたのだ。

 夕べの相手と、ばれているのでは無いか?

 確かにあの時、左肩の大銅貨が変な熱を持った気がした。

 そのままスルーされて、部下へと引き渡され、街へ入る手続きをしたのだが、何か裏がある様な気がしてならなかった。


 あの男は、お金に関する特殊なスキルか何かがあるに違いない!


 今日、この日、この門を選んだのも、旅の行商人から得た情報を元にしていた。

 警備を担当する当番によって、お金に汚かったり、ひどい目に遭わされたりとその落差が激しいそうな。

 そして、今回は一番その辺がきっちり明白で、袖の下とかも必要なく、評判の良い隊長さんが当番の日であった。その筈だった!


 だが、あれは変態の類!!


 ぐぬぬと、思わず手にした手綱に力がこもる。


 触れられた瞬間、こちらの懐具合から何まで見透かされた様な気がした。


 良い匂い!? 良いお金の匂いって何!!?


 お金に綺麗も汚いもあるの!!?


 確かに強盗とか追剥とか、死体漁りとか、旅人襲って捕まえて奴隷商人に売り払ったりとか、そういう類はそうなのかも知れない。この数年、やってないけど。

 ダンジョンで他の化け物や冒険者達と命がけで殺し合い、勝ち取った戦利品で手に入れた財。それを元手に、魔法を覚えたり、幻惑魔術の塔に会費払って会員になったり、書籍を買い求めて人の身体の仕組みを調べたり、狩猟採取生活で得た物を加工して取引したり、色々頑張って稼いで来たお金が、確かに今、手元にある! かなり!


 今日は手付とう初期費用として金貨で2000枚ほど、馬車の隠し棚に小分けに包んで入れてある。

 あの男がちらりと流し見た、あの目線の先は、それらを的確に捕らえていた気がしてならない。

 1cpも見逃さずに!


 そう言った意味で、私はそれら支払って来たお金の集大成なのかも知れない。

 何しろ、高レベルの魔法に関しては、教えて貰うのに、下手すれば万単位の金貨が必要になるのだから。

 今回、持ち出す決心をしたのも、次に購入する魔法の為に貯めていたお金を切り崩してでもやるに足る、面白くもあり、必要性もある試みだと感じたから。


 見透かされてる?


 人間とは、ああも恐ろしい存在だったの!?


 正直、人間を舐めていた……

 荒野を行き来する行商人のおじさん程度の抜け目の無い商人達が、私の人間基準。

 冒険者はゴミくずだから、この際、基準の端っこにも入らない。あれは人の皮を被った沼ゴブリン。あれば殺す。あれば盗む。あれば掻っ攫う。そういう類。


 いやいやいや。

 下ばかり見ても仕方ない。

 次は柔らかい鉛の弾を用意しよう。

 鉛なら、手持ちの簡易錬金術師キットで溶かせる。型も何とかしよう。

 あれならば、あの男の魔法のコインに喰い付いて、二回目三回目の撃ち合いで勝てる!


 そう確信した矢先。


「なぁ~に怖い顔してるの、びっくり!ちゃん!」

「うわあっびっくり!」


 背後から、情け容赦ない0距離ハグ。

 下からえぐる様に、両脇からぐわっと両の乳房を持ち上げられ、もうホントびっくりだよ!


「こらっ! っと……ジャスミン! ふざけないでよ! 危ないじゃない!?」


 慌てて乱れた馬首を整え、街中の注目が変に集まり、くわわっと血が昇って赤面する。耳まで真っ赤って、どんだけよ私?


「し、心臓が口から飛び出すかと思ったわ……」


「面白~い! やってみてやってみて!?」


「そういう言い回し! もう! 手を離して!」


 深紅のワンピ―スがもっこり盛り上がって、弾む暴力装置と化した。


「しょ、諸行無常で御座る……」


 何故か、自分の胸元を覗き込みしょんぼりする三日月。

 同じ穴の蛇。顔つきは本当、みんなそっくりなんだけど、体付きはそれぞれなのよね。

 それに、認識阻害の腕輪が効いて無いのか、さっきからいやらしい目線が痛い。痛痒い。だから、がん見するの止めろ、おっさん達! スカートの下、覗くな!


 きゃっきゃうふふ、どよよ~んと、更に鋭い殺気を放ち、悪目立ちする荷馬車の一行が、ガラガラと街の小さな広場へ到達すると、そこには一つの戦士像が建っていた。


 国の創始者、黒太子クラータ卿の戦士像だろう。

 その黒く塗られたブロンズの像は、海風に腐食し、表面の細かい凹凸はまだ判るが、下手するとある日ぽっきりと折れてしまうかも知れない。

 その白い台座も一見ボロボロで、馬車の御者台から頭一つ半分くらいの高さに、その像の目線があり、海の方を睨み、ブロードソードを高く掲げている。きっと完成当初は格好良かったに違いない。

 その黒い鎧も、何か昆虫めいたなだらかなラインをしており、大兜の兜飾りも昆虫の目を連想させる。昔から、虫のモチーフは、脱皮してから変体する様が上昇志向の騎士達に人気で、成り上がり、化けるという事で、縁起が良いとされている。

 これは脱皮して、より成長する私達にも共通する事で、蛇は更に多産の象徴でもある。


 荒野に、こういった時を過ぎた人工物は先ず無い。

 気付いたら、三尾共、この像をそれぞれの面持ちで見上げていた。



 ぶるると馬の鼻息に、ハッと我に帰ると、馬の鼻面に手を伸ばす男が一人。

 小柄で、白い髪が目立つその風貌は、柔和な表情で馬と何か話をしているかの様だった。


 大きなカバンを抱える様に持ち、身綺麗な焦げ茶の上着に、乳白色のズボン。履いてる黒い靴は、一目見て革製と分かり、脂で良く磨いて光沢が良い。目深に被ったニットの日よけ帽は、鼠色の生地の上に白い布を被せている。

 身なりにかなり気を使ってる人物と、誰にでも判るけれど、そんな目立つ格好でうろうろして、この街の治安って大丈夫なのかしら?


 路地裏に引っ張り込まれ、即座に身ぐるみ剥がれる様を連想してしまう。


「あの? もし? もし!?」


 声をかけてみると、もう充分お話したねとばかりに、お馬さんのお鼻にぽんぽんと白い手袋で撫でてやり、そのどこかあどけなさの抜けない少年くさい人物は、くりくりとした赤い瞳をこちらへ向けて来た。


 そして、とととと傍らへ歩み寄ると、一枚の白い紙の名刺を差し出した。

 紙!?


「初めてお目にかかります。私、代行屋を営んでおります、ハルシオン・マーカライトと申します。今回、ご連絡を戴いたシューレス様の代理の方でお間違いありませんね?」


 そう、架空の旦那さんの名前は、最初から決めていたのだ。

 自分の名前を決めるのを忘れて……

 おかげで、何の因果か蛇語で言うところの『びっくり!』ちゃんだ。これは何もかもがあの男が悪い! そうする事にしました! これから私は、同族達をびっくりさせる為に生きて行きます! 嘘嘘……


 私は色々と驚きながら、それを受け取り、表と裏を交互に眺めた。


「マーカライト商会? 商いをされているのですね?」


「私の主に扱っているのは、情報です。街に不慣れな方々に代わり、色々な手続きをする事で生計を立てております。お仕事を通じて、街を明るく。それが心情です」


 ピッと右手の人差し指と中指をぴんと伸ばし、目の前でサッと振って見せる。

 どうも、こういうゼスチャーが好きらしい。


「そうですの……あの、私、シューレスの女房でシュルルと申します。あいにく、この様な洗練されたものは用意しておりませんの。何分、荒野育ちなもので……」


 私が申し訳なさそうに挨拶を返すと、これまたにっこりと爽やかな笑顔で応対する。

 手強い。


「その為のマーカライト商会です。ささ、では早速に商談に移らせて戴いて、宜しいでしょうか、奥様?」


 恭しく一礼。

 私も同意に頷く背後で、ジャスミンのぷぷぷっと噴き出す気配がした。おのれ!


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