第23話 開店準備

 奴は去った。


 男を追いかけて。


 まあ、いい。


「さっきから、ずっと黙ってるみたいだけれど、どうしたの?」


 私は一番簡単な幻影魔法で、表通り側にこれまでと変わらない風景を描き出すと、瓦礫をその辺りへ積みだした。変に考え込んでる様子の三日月も、黙々とこれに倣ったのだけど。


「いや……拙者も、あの様に自分に正直であったなら、今とは違っていたのやもと……」

「例の『せんせい』との事? でも、そのまんまの姿で一緒に付いていくなんて、普通無理なんじゃないかしら?」

「あ、そうか」


 モンスターであるラミアを引き連れた旅なんて、誰も泊めてくれないし、街にすら入れないかも知れない。今、こうして公都であるブラックサンに潜り込めているのは、一重に幻覚魔法のお陰。

 実際、街の入り口で、幻覚破りの魔法が働いていたら、こうはならなかったのだけれど、そんな器具や、魔法使いが一人一人に看破の魔法や、魔力感知の魔法をかけていたら、何十何百人もの魔法使いを揃えなきゃならない訳だから、普通に考えたらあり得ない話。

 多分、貴族街区の入り口辺りから、そういうのは配置している筈。


 ごとり、黒く焼け焦げた石を一つ積んで、三日月は自分の手をじっと見つめた。

「『せんせい』には、きっと何か目標がおありだったので御座ろう。それ故、戯れに剣術を教えた拙者を、連れて行く事が出来ずに……」

「そうそう。あんたが泣いて追いすがって来たら、ジャスミンじゃないけど、相手を絞め殺しかねないしね」

 ケラケラ笑うと、耳まで真っ赤にした三日月は、口をぱくぱく開いてわなないて見せた。

 それから、ようやく口を閉じると、少しすねた様子で唇を尖らせる。

「拙者は……もうちょっと、ソフトにするで御座るよ。それはそうと、拙者にもアレを一つ、どうかこの通り」

 ちょっともじもじ。

 このこの~。すっかり恋する乙女の顔になりおってからに。

「はいはい。今回のお手伝い料として、もうちょっと改良したのをプレゼントするわ。だって、貴方。『せんせい』の伝手を探しに、この街まで付いて来たのでしょう?」

「えへ……流石にお見通しで御座るな」

「判らないでか」

 ふふふと微笑み合うと、私は手で合図を送って、三日月を瓦礫の山から少し下げさせた。


「どうするので御座る?」

「こうするので御座る」

 私は短い詠唱で、魔法の発動体である指輪を淡く光らせると、本当に初歩の初歩、元素魔法を発動させた。土よ岩よと呼び掛けて。


 私は元素魔法はそんなにはやらない。私は姿を隠すとか、気配を消すとか、生き残り戦う為の手段の延長線に、幻覚魔法を習得したのだ。

 普通、魔法使いともなると、最初の頃にはエネルギー波を打ち出して、相手の脳髄をドロドロに沸騰させる様な、そんな魔法を選びがちみたいだけれど、私が最初に覚えたのは魔力感知。続いて鑑識眼。

 その頃には、もう魔法のスリングを手に入れていたから、攻撃手段はそっち任せで、迷宮から大量の金貨を持ち帰ったその大半をつぎ込んで、幻影系の魔法の塔を訪ねて会員になり、幻影を習得した。相手の攻撃を、幻影で受けさせ、その間にこっちのスリングで、相手の脳天を打ち砕く。それが戦略。

 迷宮で冒険者と血で血を洗う戦いを繰り広げた答えが、これだった。

 でも、早速この街に来て、破られちゃったんだけどね……


 私の指先から放たれた淡い光が、焼け焦げだらけの石や漆喰の残骸に当たり、もぞもぞと動き出すのにそう時間はかからなかった。

 無から有を生み出すのは錬金術の大望。

 でも、あるものを別の形にするのは、そう難しい事ではない。ただ、その先の密度や精度は、その者それぞれの技量による。


 ただ、イメージを描くのは得意なんだよね。



「ふわあ~……」


 出来の悪いパズルみたいなゴミの山が、みるみる綺麗な岩壁に変貌していく様を、呆けた様に口を開けて眺めている三日月の口から、奇妙な声が漏れ出ていた。


「色は別にこのままで良いよね?」

「あ、あうん……」

「焦げ焦げは、内側に引っ込んで貰って~の。間口は、こんなもんかな? 私、窓から上だけ出して、お客さん商売やろうと思ってね。この窓はこんなもんで……」

 縦長の間口と、横長の窓。間口は左の隅に配置し、窓は正面に堂々と。

「戸口と窓は、職人さんに頼むとして、後は許可が下り次第ってとこかな?」

「す、凄いで御座るよ! ぴっかぴかの新築みたい!」

「壁だけわね」

 そう言って苦笑する私は、足元の床もタイルの様にピカピカにしていく。

 火事でボロボロになっていた表面が、隅の方からまるで波が発つみたいにふわ~っと変貌していく様が、自分でやっていて結構面白い。

「食べ物屋は、清潔感が大事ってね!」

「は、はうあ~……私が家を持つ時も、お願いしていい?」

「もちろん。これ次第ね」

 そう言って、私は小さく指で円を作る。

「え~!?」

「冗談よ。『せんせい』との新居なら、金ピカの御殿をプレゼント致しますわ」

「ううっ……それは遠慮するで御座るよ」

「あは。金は材料として高いから、黄銅鉱辺りでどう?」

「だからピカピカは遠慮するで御座るよ~」

 そんな姉妹のいじりを楽しみながら、私は魔力の続く限り、調子に乗ってあれこれやってしまった訳ですが……


 まだ、ここお金払ってないから、違法建築なのよね!



 パタパタと軽い足音がパン焼き屋通りに幾つも響く。

 家を飛び出して来た子供らが、いつもの遊び場へと集合だ。

 昼過ぎのこの時間は、まだ人通りも少なく、辺りは潮風に香ばしい香りが満ちて、ちょっとした幸せな空間。ひょいと取って食べれないのが空きっ腹には残念だけど。

「おう! ガキ共! 今日も無駄に元気だな!」

「うっせえ!」

「パン焼いてろ!」

「あぱぱぱ!」

 パン屋で働いてるおっさん達と、悪態をつき合いながら駆け抜ける。

 こうしてぶらぶらしていられるのは、親がいる家庭。収入がそれなりにあるから、働かなくても良い子供達。それでも、ある年齢に達する頃には、どの道に進むのか決めていかねばらないのだが、今はそんな事を気にしなくても良い、恵まれた時。


「わわっ!?」

「何だよ!」

「あきゃっ!?」

 そんな彼らが、お気に入りの空き地に駆け込もうとして、何か暖かくてぐにゃりとした物にぶち当たった。

 まるで、樽みたいにころころ転がり、くらくらする頭で周りの大人たちに助け起こされる。

「どうしたどうした?」

「な~に、やってんだ?」

「し、知らねぇよ!」

「何か、変なものに!」

 目の前には、いつも通りの焼け落ちた廃墟となった一画が。

 そこは、彼らの遊び場であった。だのに……


 その光景が、一瞬で切り替わる!


「あら? ごめんね~。今、準備中なの~」

 ちょっと抜けた感じの、陽気な女の声が。

 見上げれば、いつの間にか凄い美人のお姉さんが、綺麗な建物を前に微笑んでいた。


『アイ ミート ユー』


 そんなふざけた看板すら。


 い、いつの間に!!!?


 驚く人々を尻目に、その女性は建物の中へと戻って行った……


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