第15話 私の口臭ってそんなにキツイ?


 間に合わないかな?


 いい加減、透明化の魔法は切れている頃あい。このまま屋上へ這いあがるにも、見とがめられそうな気がして、私はそっと月影に潜み、発動体の指輪に意志を巡らせた。

 それに伴い、私の身体はすうっと大気に溶け込むかの様に消え、影だけが石畳の上に残る。


 ばたばたと足音を響かせ、複数の二本足どもが駆けこんで来るのに、そう時間はかからない。カチャカチャと鎧のこすれる音。街の兵士かしら?

 最早、気取られる事も無いだろう。私はそう思って、少しの間ここに留まる事にしました。何しろ、魔法を覚える前から、気配を隠す事は得意でしたから。


 月光の織り成す白と黒のまだら模様。どす黒い気配をまとい二本足の兵士たちが、まるで人形劇のそれの様にぎくしゃくした動きで現れた。

「隊長! これはっ!?」

「ん~……くん、くんくん!」

 すると、兵士の中から頭一つ大柄なでっぷりとした男が、鼻を鳴らしながら現れる。


 大きい。

 それがその男の第一印象。

 まるでオーク鬼の様な、大きな豚っ鼻。もしかしたら、そういう血が混じっているのかも。

 そして、倒れている男から少し距離を置き、じっと睨み据えた。

「ぶふ~う……こいつあ~、吸血鬼の仕業だなあ~……あ~めんどいめんどい……」

 そう言って剣を引き抜くと、ためらう事無く、心臓めがけ突き入れた。

「た、隊長っ!?」

 先陣切って駆け込んでいた兵士の驚き。

「あん、てめぇ馬鹿か!? このままほっといたら、吸血鬼になって犠牲者がどんどん増えんだぜぇ~! そんな事も知らねぇのか、このド新人!!」

「はっ!? はい! すいません!!」

「けっ! つかえね~奴だ! おい、お前もう帰れ! 他の奴ぁ~、まだその辺に潜んでねぇ~か、一応調べとけ!!」

「た、隊長!?」

 他の兵士達は、わらわらと適当に散って行く。

 そして、帰れと言われた兵士は、わたわたとすっかり取り乱して……


 その隊長らしき男は、遺体の傍にしゃがみ込み、懐に手を入れてまさぐった。

「ちっ……これっぽっちか……酒代にもなりゃしねえ……あん? まだいたのか? さっさと消えな」

「そんな……私はクビですか?」

「あ~? そう聞こえなかったのか? うちにゃ、おめえみてぇな使えねぇクズは、要らねえって言ってんだよっ!!」

 ゲシッ!

「うひぃ……」


 あ~あ……蹴っ飛ばされちゃって……

 暗くて良く表情が見えないけれど、声からしてもう泣きそうな感じ。

 ちょっとかわいそうというか、この隊長って人、私嫌いだな。


「へ~え……じゃあ、彼、うちで貰っちゃおうかな?」


 唐突に、少し離れた所から、これまた少し軽い雰囲気の声が。

 すると、こちらの隊長さんは、あからさまに声のトーンを落としました。


「何だ、このゼニキチが。確かてめぇ非番だろ?」


「まあね……」


 そう言って暗がりからぬうっと出て来た男は、懐から一枚の大ぶりな銀貨を取り出して見せ、それを鼻に押し当てすうっと息を吸った。そして、うっとりとした表情を浮かべ、少し芝居染みた仕草で、にこやかに辺りを流し見る。


「いや何ね。その辺で一杯引っかけていたんだが、こっちから、い~ゼニの匂いがしたものでね。はははは」


「けっ!」


 後から出て来たその男は、平民にしては少し上物の、仕立ての良さげな衣服を身に着けているのが、この暗がりでも見てとれた。


「という訳で、彼は明日からうちの小隊に編入する。デカハナ、それで文句は無いよな?」


「ああっ! さっさとそいつを連れて、どっか行ってくれ! こちとら真面目にお仕事でキリキリ舞さね。って、待てよ? てめぇ! この辺りでゼニの匂いだあ!?」


 すると、唐突にそのデカハナと呼ばれた男は、しきりに鼻を鳴らして見せた。


「くんくん……くんくん……ははあ~……こいつは確かに、盲点だ! 匂いの元が、もう一つあるぜ!」


 ギラリ。

 デカハナさんの野獣染みた眼光が、見えてない筈の私を真っすぐに見据えて来た。

 匂い!?

 ハッと自分の口元を押さえた。

 私の息は、口に含んだ血の匂いがしているかも!?


 何、このオーク鬼もどきっ!!?


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