第13話 ラミア、初めて人間の街を行く
街の外壁からの階段を下りて行くと、次第に目線の高さも下がり、街の印象も不思議と変わって来るのだけれど……
ちょっと癖になる発見!
すり切れた石階段の、滑らかな感触が気持ちイイの!
なんて言うのかしら?
こ~、尻尾のお腹部分を刺激する角が、ずっと続いているのが何か楽しい!
迷宮や遺跡の階段ではこうならなかったから、もしかして間隔が丁度良いのかも!
それとも使われてる石?
暗いから、その辺も良く判らないわ。
「うふふふ……」
思わず鼻歌を。
でも、結構ホラーじゃない?
夜中、誰もいないのに、鼻歌だけ聞こえてくるって。
透明化の魔法が効いてる間、人に見られても判らないだろうからね。
あっ!? でも、インフラビジョンを持ってる連中には、バレバレだから気を付けなくちゃいけないんだけど……
そんなこんなで、人の住居で3階分くらいかしら?
高い胸壁から降り切ると、私の尻尾分くらい離れてから2階建ての建物が、結構思ったより整然と建ち並んでいます。
「あ~……これはちょっと……」
月明かりの陰影深く、建ち並ぶ建物に妙な圧迫感を受けました。
長らく荒野や湿地で、鬱蒼と生い茂る草木の間を、こっそり隠れながら狩をして来た身としては、改めて凄い違和感!
「確か、万人は居るって話よね? こんな所に?」
今は深夜なので、ひっそり寝静まった感のある街並みだけど。
「こんなに狭くて、息苦しくないのかしら?」
改めて背後を見上げ、ぐるりと回ってみて、上から押しかかって来そうな建物群に息苦しさを覚えます。
それに空気も悪い! 糞尿の臭いがぷんぷんします。海風の少し重い生臭さと合わさり、吹きだまった感じ。
「これは思った以上に……」
楽しくなさそうな場所。それが第一印象。
そういう訳で……
ずり……ずりずり……
ちょっとした石組みの出っ張りや、窓のひさし、隣の建物の壁と壁の隙間等に、手を掛け、体を押しあて、よじ登ります。
何の出っ張りも無い、街の外壁に比べたら楽々。
私は、即座に建物の屋根の上へ。
「ぷは~っ!」
胸いっぱいに息を吸い、吐く。それを何度か繰り返し、胸のもやもやを解消しました。屋上の空気は新鮮です! ん? なんかニンニク臭い……
そして、こうしてみると、建物の中からたくさんの寝息が聞こえて来ます。
獲物はよりどりみどり!
ああ、胸が弾む!
<<これで我々は人間の血液で生き永らえる事が出来る!>>
確信しました!
じゅる……
おっといけない。今夜は偵察が任務。忘れるな、私!
ジーンと感動しつつ、逸る心を押さえつける様に、両手で頬を軽く叩き、高鳴る心音に手を当てました。いつになく汗ばんでるのは、この潮風の性?
胸の膨らみに指を沈め、とくんとくんと弾む鼓動を、胸骨と肋骨の間から心臓を感じます。四つの心室が、大量の血液を元気よく吸い込み、全身へ送り出している。
肺は呼吸と共に大きく上下し、横隔膜は、胃は、肝臓、すい臓、小腸、大腸……
個々の臓器を指で確認していると、段々と落ち着いて来ました。尤も、同族を解体した事は無いんですけどね。
さあ、いよいよ屋根の上の散歩です!
早速、尻尾を屋根の上に張って、窓から中の様子を覗いてみます。
私が逆さになる感じで。
あら? ニンニク? 窓にニンニクが吊るしてあるわね。
調理器具の並んだ部屋。
あまり物の無い部屋。
人が何やら寝る為のもの? 四角い家具の上で仰向けや横になり毛布を被っている。これが話に聞いた寝室かしら? 家によっては親や子供が全員で丸まってる。火を焚きながら一人で寝ている、身なりの良さそうな人もいる。
本当に、家によってみ~んな違う!!
入ろうと思えば、どこも窓が開いてるので簡単に入れたけれど、今日は偵察が任務と自重する私。えらい!
ま、狙い目は一人で寝ている人かな?
それと問題なのは……
時折、空を飛んでる巨大なこうもり。
あれは、多分吸血鬼の連中ね。
そりゃ、これだけ豊富な餌が無防備に転がってるんだから……ああ、それでどこも窓にニンニクが吊るされていたのか……
何か勝手に納得する私。
いや、だって、この分だったらタダでニンニクが手に入り放題だな!って思っていたの。けれど流石にそれは……というか、あいつらライバルじゃん! 営業妨害しなきゃだし!
段々と、迷宮にお宝を求めて入り込んでいた頃の自分を思い出す。
人間やドワーフ、エルフと言った冒険者。レイスやバンパイアといったアンデット。トロルもいたわね~。
ここは敵地。
認識を改めました。
……あれれ?
物陰から物陰へ、空のコウモリに見つからない様、慎重に屋根を渡って行く。
こうして移動していると、街の真ん中の方に屋根の高い塔やら建物が集中しているのが判る。そして、コウモリの根城も……
「ははっ……そ~いう事? 誰が海賊かどうか判らないとかそれ以前に、誰が人間かそうでないか判らないって事?」
うん。
当面敵対する事はしない! 決めました。
足元がおろそかな内に、何をしても無駄だしね。
その先は、交渉次第かな?
それに、この分じゃ、他に何が潜んでいるか、判ったものじゃないし。無理にこちらから、こじらせに行く必要も無いもんね~♪
そう想うと、だいぶ気が楽に。
「そうよ。獲物はこ~んなに沢山あるんだから♪」
口元に笑みが戻ります。
「そりゃ、全部が全部連中の物って事なら、異論はあるけれど~」
人様の家屋の屋根の上で、軽いステップ。
ふんふふんふふ~ん♪
結構、ミシミシ言うけど、まだ踏み抜きません。
見て回った限りでは、街の住人はほぼほぼ人間。この界隈にそれ以外がごろごろしていたら、もう諦めるけれど、住民は住民でちゃんと防備を備えている訳だし、胸壁の守りも人間だった。
異物が入り込んでいるけれど、それは私達も同じ事だし、この際、利害がぶつからない限りはお互いに見て見ぬ振りでいけそうじゃない!?
という訳で、お空ばっかり見てないで、足元もしっかり見る事に致します。
ほら、あんな所で誰か寝ている!
私は早速、建物と建物の間にある細い路地?へと降り立ちました。
そこには、まるでゴミの様な二本足が一人。ぱっと見、男ね! しかも相当くたびれた。
あ……ちょいテンション下がったわ。
しゅるっと舌を出して、体温を確認。
ちょっと高い気がするけれど、それってアンデットじゃないって事だからOKOK♪
ちょっと近付いて、気を取り直して声をかけてみましょうか。
「ちょっと、おじさん? 大丈夫ですか~?」
酒瓶持って高いびきですか。良いご身分じゃありませんか?
服はよれよれ、髪はぼさぼさ。まぁ、船乗りさんかなにかかしら?
返事が無い。けれど屍では無い様だ。
「おじさんおじさん。そんな所で寝ていると、悪いモンスターに襲われちゃいますよ~?」
ま、まあ、流石に吸血鬼と言えど、こんな薄汚いおじさんの喉笛に貴族の口づけを、なんて洒落にはなりませんよね?
つまりは、連中もまたぐ酔っ払い。ばんまた、れいまた、どらまたと、またぐにゃ色々あるけれど、これにかぶり付くのは、よっぽど飢えているか、よっぽど変なテンションになっているかのどちらかね。そう、今の私みたいに!
「じゃっじゃじゃ~ん」
来ちゃいました!
これを使う時が!
私は自信満々。懐から取り出しましたよ!
酒を満たした細長いケース。それに沈められた拳二つ分程の細長い代物!
「私の造った秘密道具その1。『血ぃ~吸ったろカ~』」
ぴゅい~~~ん!
薄く叩いて伸ばした銅板を、小さく丸めストロー状にし、薄い方を先端に細くした物!
これまで、迷宮で戦った冒険者たちから血を吸うのに、首の太い血管を噛み破ったり、もぎ取った手足から流れ出る血潮をがぶ飲みしたり、あれはもう若気の至り!!
これならば、都会で恥じる事無く、華麗に、綺麗に、お上品に! お互いの衣服や胸元を血で真っ赤に染める事はありません事よ! お~ほっほっほっほっほ!
小さい頃、蛇の穴へと放り込まれた錬金術師のおじさんから教わった、錬金術48手の荒業を鍛え、磨き上げ、組み合わせた成果の一つ! 私が、人間の街へ行こうと決心した要因の一つ!
即ち、獲物を殺さず、血だけを適量奪う事が可能!
<<これで我々は人間の血液で生き永らえる事が出来る!>>
どおおお~~~~~~んんん!
「では、あ、早速、いただきま~っす」
その前に、汚いから魔法で水を出して……首の血管で良いかな?
指の腹で押して、太い血管の位置を探ります。それから、じょろじょろと、首周りを洗う。これ大事。
おじさんのシャツがびちょびちょになるけれど、死なない程度にしてあげるんだから! ちょっと、ちょっと、先っぽだけ入れるだけなんだから!! おとな……ええ~い、大人しくしなさ~い!!
緊張でぷるぷる震える指で、身じろぎするおじさんの首元に……あ~、次は手首か脚の太い血管にしよ~っと……首、めんどいわ~……
ぷつっと先端を差し込むと、いきなり反対側からぴゅ~っと暖かいものが噴き出した。
「おっと……」
すかさず、それに唇を押し付け、おじさんのあったかな体液を、ぐびり。
何しろ、これで飲むのは初めて。
喉の奥へと飲み込んでから、口の中全体に広がる、生臭くて、どろりとした、ざらつきのある……ぶはあっ!!?
盛大に吐きました。
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