第11話 そうだ! 人間の街へ行こう!

「大体さあ~!」


 姉妹の1尾が笑いながら声を挙げた。


 私達7尾は、今腕を組んで走ってます。

 と言っても、上体は微動だにせず、紅茶だってこぼれない位に静か。

 綺麗に横一列。人の走る数倍の速度で、尻尾をくねくね。マーキングの最中です。

 右手に黒煙を上げる村。その周囲、大地に7筋の尻尾の跡がぐるりと囲む様に描き、誰がやったか一目で判る様に。


 一応、姉妹を襲った冒険者は血祭にあげ、略奪品は取り返したのですが……


「奪われた一番の大事なものが、あんたの抜け殻ってどういう事ぉ~!?」

「だって! だって、あたしの大事な成長の記録なだんからぁ~!!」


 真剣に言い返す様に、みんな屈託の無い笑いを浮かべ、なんとなく判った判ったと頷いてあげた。


 彼女の巣穴を襲った冒険者を倒してみたものの、略奪品でそう大事な物は見当たらなかった。私達にとっては……

 村人達に、その戦果を誇るかの様に飾られていた、姉妹の抜け殻5枚を回収した上で、連中の金目になる物を残らずはぎ取って数件に火を放った私達は、村の穀物庫の扉にこう刻んでやった。


『次はこれを燃やす

村人も殺す』


 それから、その周囲に7尾の、私達は尻尾だと思ってる記号を『~』と囲む様に彫り、村への、その領主への警告は終了。

 というか、あの穀物庫に手を付けたり、働ける村人を殺すと、領主の財産を奪った事になり、あちらさんも引っ込みがつかなくなるだろうという予測の元。それと、例の魔王軍の斥候隊が近くに潜んでいるだろうから、そいつらへの警告も兼ねてね。


 確かに私達は、人のテリトリーを犯して、そのしっぺ返しを受けたのかも知れない。

 そして、私達がそのお返しをした訳ね。

 でも、幸いな事に、おかしな連中の斥候隊が、軽い威力偵察を試みて、私達と衝突。多分、手痛い被害を被った事だろうから、丁度良い感じに三すくみになってくれるかも!

 という訳で、さっさとヤバイ連中から、距離を取るに限る!


「さ~て、これからどうしましょうかしら~!? あははは!」


「どうすんの!?」


 1尾がすかさず返した。もう、好奇心いっぱいってのを、隠しもせず、楽しそうに。


「私の縄張りは、この子に譲るって話だから、私は人間の街へ行こうと思うの!」

「ええっ!?」

「ずるい!」

「面白そう!!」

「で、御座るな……」

「どうしてさ!? 今、やばい時期じゃないの!?」


 私は、私のすぐ右横で、自分の大事なものを取り返してご満悦な姉妹を抱き寄せ、くいっと彼女のおでこに私の顎を押し付け、軽くぐりぐりと。

 すると、彼女も目を細め、小さく甘える様な声で嫌がってみせる。


「ん~……いや~……」

「ほらほら。貴方にとって、大事な話になるのよ。ちゃんと聞いてて」

「……うん……」


 ちゃんと頷いてくれた事を確認して、私はみんなに自分の考えを話してみた。



 ◇



「今回の事で、改めて思った事があるの。

 もしかしたら、『一つ目』の子育てが正しくて、私達がおかしかったのかと……」


「ど~してさ!? みんなを穴の中に放り込んで、生き残った1尾だけを育てるって、あたしら全員死んでるかもじゃん!!?」


 確かにそうなんだけれども……


「考えてみて……もし、私達がどうやってかはおいといて、子供を産んだとするでしょ?

 そうすると、みんなが17尾の子供を産むと仮定するわよね?

 そうなると母親を含めて18尾のラミア。全員が子供を儲けたら、何尾になる?」


「え?」

「そんな難しい事、わっかんないよ~!」

「むむむ……」

「えっと……」


 何尾かは尻尾も使い、指折り数え始めたけれど、それを待ってたら夜になって朝が来る。


「306……」


 ふと、小さく答える姉妹がいた。


「じゃあ、全員が生き残って、もう一度子供を儲けたら?」

「5202……」

「じゃあ……」

「88434……今の縄張りじゃ食べていけない……」


 ちょっと驚いた。いつもおちゃらけてふざけているのに、何その暗算能力!?

 気付いたら、身近にモンスターが居た。


「あは……それに、オスを加えたらって事もあるけれど、とりあえず、今の狩猟生活じゃやっていけなくなる。でも、子供を1尾2尾に、しかも強い子をね、抑えられれば、小さな縄張りで生きていく事は出来る。

 ねえ? どっちが生き易いと思う?」


「……軍団が出来るね……」

「いあや~、統制取れ無さそう~」


 数尾は無言で考え込み、数尾は最初から考えるのを放棄。


「今回、人間の村へ行ってみて思ったの。彼らの生活って私達の数倍の人数が、あの狭い土地で採れたものだけでやりくりしているでしょう?

 収穫の内、かなりの分を領主に税としてとられても、食べられないで痩せ細ってる人はいなかったわ。

 みんなが、自分の子供を育てて、結構のびやかに生きている様には見えなかったかしら?」

「ううう……お腹が空くのは嫌なの! 食べる物が無いのは嫌なの!」


 一番のおちびさんが、一番その点で苦労してそうね。


「だから、私。人間の街へ行って、その仕組みを盗んで来ようと思うの! それに、うまくいけば、私達が子供を授かる方法を知る事が出来るかも知れない!」


 『一つ目』の住むあの遺跡は、追放された今となってはどうやっても行く事が出来なかった。どこにあるのか、何故か全く判らないのだ。だから、どうやって自分たちを産んだのか、誰が父親なのか、皆目見当がつかない。

 その姉妹『のこぎり歯』の叔母さんも、果たして今、生きているのやら……


「人間の街で? あるかな?」

「だから、うまくいけばで御座ろう?」


 御座る姉妹がふふんと鼻で笑い、怪訝そうに眉を潜めた姉妹は更にムッと顔をしかめた。


「まぁ、物騒な連中も来ているみたいで御座るし、ここは他の姉妹も声をかけ、いったん仕切り直しをした方が良いのでは御座らぬか?」

「でも……でも……」

「某の気になるのは、あの村の子供の事で御座ろう?」

「うぐ……」


 どうやら図星らしい。いや、みんな知ってたし。


「某も、あそこで戦った連中が気になるのは嘘偽りの無い事実。どうで御座ろう? これから某と共にあの村へ赴き、しばし様子を伺うというのは?」

「行く!」


 暗かった顔をパッと明るくして、あからさまに喜んでみせた。


「声をかけて、みんなが集まるまで時間があるから、その間お願いして良いかしら?」

「心得た」

「わかったわ! あの村はあたしが守る!」

「あんまりかまい過ぎて、これ以上嫌われ無い様にね」

「うぐぐ……」


 みんなでクスクス笑う中、2尾の取り敢えずの行動は決まった。


「しかし、その御座るって、どこで覚えたのよ?」

「某、旅の武芸者と知り合い、武芸百般を教わり、免許皆伝を授かり申した。気付いたら、言葉使いも移ってて……てへ……」

 何その免許皆伝って?

 でも、初めての照れ笑いに、ようやく昔の彼女を見た想い。

「へえ~? 良い先生だったの?」

 私は興味が沸いたので聞いてみた。


「否。ろくでなしの呑んだくれでござった。だが、どうしても憎めず、気付いたら数年経ってたで御座るよ。そして、ある日ふらっと出たっきり……いやあ~、やっぱりろくでなしの風来坊で御座った……」

 そう言いつつ、目を閉じて思い浮かぶのは、頭にぽんと乗せられた大きな掌の感触。


「お~……」

「あらら、ご馳走様!」

「えっ!? そういう事!?」

「当たり前でしょ!」

「何だよ! 男か!? 要は男だろ!?」

「何? 何? ねえ何の話!?」


「ち、ちがわい!! せ、先生とはプラトニックな関係で……」

 顔を真っ赤に茹で上げ口ごもる御座る姉妹を肴に、わーわーきゃーきゃーと疾走は続き、あらゆる引き出しを解放され、彼女がぐったりする頃には、ようやくこのマーキング作業も終わりを告げた。



 ◇



「じゃあ、残りは他の姉妹に声かけて回るとして、貴方は私とね」

「え~? どうして?」

「引継ぎもあるし、お願いもあるの」


 2尾はあの村へ。3尾は残る10尾の姉妹を回って集合をかけ、私とおチビちゃんは私の縄張りへ。


「じゃあ!」

「後で!」

「連絡ちょうだい!」

「歯ぁみがけよ!」

「いってらっしゃ~い!」

「ばいば~い!」

「ま~たねえ~!!」


 私達は、その村の外れから、ワッと散り散りに走り去った。


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