第9話 物事、金で解決出来ればいいんじゃない?
「どういうつもりよ!?」
「まあまあ」
少年を取り上げられ、いきる姉妹に、私は平然と受け答えた。
「ここは私に任せなさいよ。このままだと、良くて私らはこの村に出入り禁止。貴方、あの子に会えなくなるけれど、それで良いの?」
「う、うう……」
あからさまに痛い所を突かれた様子で口籠る。
それでも、口を尖らせ言い返すのが、この姉妹というもの。
「そ、そんなの勝手にさらっちゃえば良いじゃない……」
「そんな事をしたら、あの子死んじゃうよ」
「ええっ!?」
「おまけに冒険者を雇って怪物退治。貴方、追いかけっこ得意? 指名手配されて、どこまでも追いかけられる。姿形がそっくりな、私達姉妹も巻き込まれてこの辺一帯から追い払われる。まあ、それはそれで別の土地へ逃げちゃえば良いんだけれど……」
「そ、そんな事……」
「連中、数だけは多いからねぇ~……ここはうまく立ち回っておいた方が、後々何かと良いと思うんだけれど。ねえ?」
「……あの~……お腹空いたの……」
「あらら~?」
話の腰を折るもう1尾の姉妹に、私はいそいそと背嚢からおやつを取り出した。
布でくるっと巻いた木の器を合わせた物。細工が良いから、ちょっと横にしたくらいじゃ、中の汁もこぼれないという優れもの。勿論、こんな容器、私が作った訳じゃ無く、人間の旅の商人から買い取った品。人の手の細工です。
僅かに漏れた汁の臭いで、姉妹は目の色を変えて包みを開け、大きな卵みたいな木の器を、ぱかっと開けました。
「わあ~……」
中には、熊の心臓を刻んで塩ゆでにした物が入ってます。
香り付けに、香草も一緒に軽く一煮立ちさせたもので、肉とは違った、ぷるんとした歯触りが楽しめる筈。
ガッツ!
さっそくの鷲掴み。
いや、あのね……もう少し、たおやかにいかないモノかしら? ほら、村の人達の目もある事だしさあ。
「うまうま~! こへにゃにゅにょにきゅ!?」
「もう! 口にモノを入れたまま、喋らないの!」
お口いっぱいにモノを含んで、思いっきり咀嚼する姉妹の、その余りに幸せそうな顔。
私達、2尾もちょっとつまんでみたりして……
うん! なかなか、良いお味に沁みてるじゃない?
そんな顔で、目線を合わせると、姉妹は小さく頷きました。
「じゃあ、取り合えずあんたに任せるわ。その……出来れば、あの子にもう一度会って、ちゃんとお話ししてみたいし……」
おお~、恥じらいを浮かべ、もじもじするじゃないですか。こっちも何だか恥ずかしくなるよ! どんだけ、乙女なの!? もしかして、それって鯉!? 鯛!? じゃなくて恋!?
「りょ~かい。まぁ、誰も死んで無ければの話だけれどね」
他の姉妹が、景気良くずんばらりと殺して回っていたら、これはもういけません。
幸い、こっちの動きに合わせて、火矢でかく乱んするという作戦を、誰も実行に移して無いみたいなので、多分大丈夫。というか、みんな何をしてるの!?
私、そっちの方が心配だよ~!!
◇
「ワシがこの村の村長ダス」
如何にも長老風のおじさんが、複雑な表情に緊張感を漂わせながら、村の中央にある広場へ顔を出して来ました。教会に閉じこもっていたみたいね。
その傍らには、如何にも聖職者らしい老人が、介添え役みたいに居並んでます。
そして、その後ろに、成人した村人達が二十人ばかり手に手に何らかの得物を持ち、息を凝らして集まっています。これはこれはご苦労様です。
私は魔法の杖を傍らに置き、上体を深々と地面に伏しました。
「私はラミアと呼ばれる荒野に住まう者。御覧の通り、上半身はあなた方とそう大差ない容姿をしております。この度は、勘違いから村を荒らしてしまい、申し訳ありませんでした。これ、この通りです」
ざわり、背後の人間達がざわつきます。
村長らしき人物は、コホンと咳払い。それをいさめました。
それから、厳しい目つきでこちらをジロリとねめつけて来るのです。
「勘違い? 勘違いでこの村を襲ったという事ダスカ?」
「はい。先日、我ら姉妹の巣穴を、ヒューマンの冒険者が襲ったのです。私達は、この近辺の村が、我らを疎んで退治する為に雇った『無法な冒険者』の仕業と思いました。このままでは、私達の穏やかな生活が脅かされる。そうなる前に、冒険者を雇った人間の村に、思い知らせてやらなければならない。そうしなければ、次々と雇われた冒険者に、私達は狩られる事になるでしょう。命や財産を一方的に奪われる。それはあなた方の身に起きた場合、耐えられる事でしょうか?」
「ふ……ふむ……」
「村長! 騙されちゃいけねえ!」
「荒野のモンスターはモンスターだ!」
「こっちにゃこれだけ頭数が揃ってるんだ!」
「やってやる! やってやるぜ!!」
わっと悪意ある空気が膨らみ、両腕を広げて押し留めようとする村長や聖職者を押しのけ、飛び掛かろうとしたその時。
「あれ~? 何々? 喧嘩? 殴り合い? 殺し合い?」
槍を片手に、陽気な声で顔を出したのは、もう2尾のラミア達だった。
「「オーマイガ!」」
その1尾の背に、裸の若い男女が抱き合ったままに乗せられ、恥ずかしそうに肩に掛けられたシャツでその身を隠そうとするのですが、どうにも隠し様がありません。
村人達もこの珍妙な取り合わせの登場に、毒気を抜かれたか、踏み出した足を止めました。
「おい! おい! うちの娘に、何してくれてんだ!!?」
「あ、いや、その……」
「オーマイガ!」
背に乗る若者はバツが悪そうに、彼女の父親から顔を背け、娘は恥ずかしさの余りに顔を両手で隠します。
「あらあら……」
「あらあら……」
後ろの建物から、わらわらと女性たちが飛び出して来ました。手に手に布を持ち、駆け寄ってはそれで二人の身を覆います。
「痙攣しちゃったのね」
「あんたらが驚かしたからでしょう?」
「あはははは……愛してる~なんてやってるから、それってどういう意味?ってね」
「だってえ~、馬鹿な事言う~なんて言うからあ~!」
あっはっはっは……
「ほら、外れた!」
「わあ~、良かったわねぇ~」
「「オーマイガ! オーマイガ!」」
「ほうほう。こんな感じで繋がってたのか~」
思わず覗き込んでおりました。
いや、二本足の交尾って、本で読むのとはまた違ってて面白いわあ~。
他の姉妹達も、これには興味深々と、一緒になって覗き込んでおりました。いや、やっぱり姉妹だね、あたし達。
おっと、大事なお話を忘れていました。
改めて向き合うと、飛び掛かろうとしていた男は、多分自分の娘さんなんだろう、二人の男女に向かって何かと問い質している様子。
村長さんも、そんなやり取りを遠目に眺めていて、私が戻って来ると、ハッと我に返った様で、コホンと咳払い。
「いや、まあ、その……」
「おめでとうございます。若い夫婦の誕生ですね」
「あ、いや。まあ、そうなりますカナ」
「それで、この度の騒ぎなのですが……」
そう言って、私は懐から一つの塊を取り出しました。
地面に置き、包んでいた布をサッと取り払うと、その下から金色の輝きが覗きます。
「金貨で丁度100枚あります」
「こ、これは……?」
「色々壊してしまいました。これで直して下さい。もし余ったら、村で分けてお使い下さい」
姉妹達も、村人達も、これには思わず息を呑んだ。
ずいと押し出すと、村長は思わず前のめりになりかけ、慌てて後ろへ半歩下がった。
「こ、こんな物は受け取れません。いや、受け取ってはいけ、いかんダス!」
「どうしてですか? お金はいくらあっても困らないでしょう?」
私の問いかけに、村長はブルブルと首を左右に振って拒みます。
「お金の出所を心配なさっているなら、ご心配無く。これは私が旅の商人と取引をして得たお金です。狩で得た獲物や、採取した様々な香草や木の実、蜂の子等をお金に換えたもの。決して、人様を害して奪ったものではありません。まぁ、人のふりをして近付いての商売ですから、全く騙して無いとは言えませんが……」
村長は半信半疑と言った面持ち。何人かの村人は、あからさまに物欲しそうに金貨の山を眺めています。
そうすると、ひょっこり顔を出していた村の女が、横から口を挟みました。
「そういやあ、荒野で野営していると、おっそろしく綺麗な女がやってきて、旦那さんが狩をして得た獲物だって言って、よく取引を持ち掛けられるって聞いた事がありますよ!」
「あら? 私の巣穴も、そろそろお引越ししなきゃいけませんかしら?」
「なあ~んだ……行商人にかつがれてると思ったけれど、どうやら本当の事だったんだねぇ!?」
「私の縄張りは、ゴブリンやオークといった連中をマメに追い払っているから、比較的安心して野営出来るって評判なんですよ」
これはイイ感じだと、一緒になってケラケラ笑っていると、村長さんは難しい顔を何度も頷かせて唸りました。
「むむむ……荒野じゃ、そんな事になってるんダスカ?」
「まぁ、今回の騒ぎで、無法な冒険者がやってくるでしょうから、私達も移動を考えなければならないのが実情なんですけれどね。いきなり殺されて、生皮はがされるのはゾッとしませんから」
「しかし……」
「まぁ、私達が移動した空白地に、どんなモンスターが入り込んで来るかも判りません。弱いモンスターが入り込めば、それを餌にする強いモンスターが入り込む、そうやって安定するまで少し時間がかかりますが、害があれば冒険者が退治してくれるのでしょう?」
「う……ふむ……」
「では、こうしましょう」
「ん?」
話の踏ん切りがなかなかつかない様子なので、一つの提案をする事にしました。
「このお金は、この村に預けておきますので、どうか自由になさって下さい。その内、残りを受け取りに参りますので。私達は、これから仇の冒険者を討ち取りに向かいます。ですが、運無く返り討ちになったなら、それはそれまでの事。もし、こんなお金を持っていたなら、憎い仇を喜ばせるだけですので、それはどうしても避けたいのです」
「な、成程……」
「たまたまこうして憎い冒険者の居場所を教えて戴いたのも何かの縁。そうなったらそうなったで、村のお役に立てて下されば私達の魂も浮かばれるというもの。もし、無事に望みを叶えたならば、改めてお礼に参りましょう。それで如何かしら?」
「ん~……判ったダス。そこまで仰るなら、この金子は有難く使わせて戴くダス」
「そ、村長……」
その決断に、村人達から様々な動揺の声が漏れた。
だが、村長はそんな村人を見渡し、重々しくこう言った。
「ご覧ダス。あの方々の目ヲ……あんなに真っ赤に泣き腫らして……余程、苦しい想いをされたんダス……その想い、判らない奴はおらんと、ワシは信じるダス……」
「そ、村長~……」
妙な泣きが入り、村人達も想いの他純真なのか、めそめそと泣き出す者も出る始末。
ラミアも、ラミアの方で頭を寄せ合い、ひそひそと。
「おい、良いのかよ? あんな金を渡して」
「勿体なくない?」
「むう~……お金は食べられないの……」
「何か納得したみたいね」
「良いの良いの。考えてもみなさいよ。彼らはお金で、仲間の人間を売った事になるのよ……私達は、この村の人達とせいぜい仲良くしてあげれば良いだけ……領主の方にも、少し鼻薬を利かせないとだけどね」
これで、この近隣の村々が一枚岩になって何かをするという事は、ちょっと難しくなる筈。それは、最初からの目論見通り。
そんなこんなで、村長とがっちり握手。これで手打ちは終わりと思った矢先。
バツの悪そうに、もう2尾のラミアも、血みどろの状態で顔を出した。
◇
「こりゃあ……」
麦畑の中、散乱したウルクハイの戦士達の遺骸を前に、村人とラミア達は少し難しい顔をしていた。
「ちょっと遠くで暴れてる、魔王軍の斥候隊じゃないかしら? ほら、この刺青……」
九人の戦士は、火矢を放つ準備も万端な訳で、それが知れると共に村人達の動揺も大きくなっていった。
「たまたま、運が良かったって事かしら? それじゃあ、私達は私達の用事を済ませなきゃいけないので……」
「ああ……その……」
引き止めたい表情の村人達を後に、そそくさとこの村から離れます。
ヤバイヤバイ!
急に、この辺一帯がきな臭くなって来ましたよ!
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