第7話 3尾がいく!

 姉妹の巣穴が冒険者に襲われた!


 からくも脱出した姉妹を迎え、周囲に縄張りを持つラミア達は、人間の村を手始めに襲撃して回り、下手に冒険者を頼ると碌な目に合わない、と教育してやる事にしたのだ。


 7尾のラミア。


「3方に分かれ、側面から火矢でかく乱し、正面の3尾で冒険者が出たら倒す!」


「おお!」


「腕が鳴る鳴る~♪」


「冒険者とは! 1匹でもいたら、その実10匹は居ると思え!」


「いやいや、まるでGで御座る……」


「くくく……間違いではあるまいて……」


「そして、最後に残るのはいつも農民……」



 ◇



 風が吹く。


 カラカラと風車が乾いた音を発て、不意にそれが弾けた。


 真っ昼間。お天道様が空高くあるこの時間、農奴は家に帰り朝からの労働の疲れを癒すべく、夫々がお気に入りの、のんびりとした時を過ごす。


 日陰で酒をあおる者ら。


 木陰に寝そべり、昼寝を楽しむ者達。


 チェスやチェッカーに近い、ちょっとしたボードゲームに興じる者達。


 強い日差しは、体に負担が大きい。

 刈り入れ等、余程の事で無い限り、天気の良い日は日陰でまったりとしている。それが、田舎の村落。それが日常。


「そろそろ刈り入れ時じゃのう……」


「この度もよ~、実りましたなぁ~……」


 だいぶくたびれた感のある盤上の駒を、互いに素早く動かしながら、無精髭で髪もボサボサの男らが、猫背でにこやかに語り合う。

 そして、周囲にはその勝負を見守る者達。順番待ちなのだろう。


 大きな樹の下が、ちょっとした村の集会場に。

 小さな子らは、その辺をかけずり回っているが、若者達の姿はそこにあまり無い。

 大人たちは判っている。彼らも昔はそうだったから……


 一時、いざこざも起こるだろうが、時が過ぎれば自然とまとまるものはまとまる。

 勝手にお腹が大きくなれば、それは目出たいとなり、そうでなくても村で噂となる二人はいそいそと互いの両親に話をし、それじゃあ領主様に届け出にゃあ、と新しい夫婦の誕生を報せる。

 腹の父親が、必ずしも旦那となる男とは限らないのはご愛嬌だ。


「さあさあ、皆さん! いい感じに茹で上がりましたよ!」


 女房連中が、一軒の調理場から、ぞろぞろ顔を出す。

 手には湯気の立つ笊を抱え、半数くらいはお腹が大きく、その上に軽く笊の端を乗せる。


 軽い昼飯。途端に賑わいが増す。


「おお! こっちこっち!」

「はいはい、お待たせ~」

「おい、もっと大きいのを寄越せよ!」

「おっ!? 俺には、そっちの芋を!」

「はいはいはいはい!」

「この野郎っ!!」

「うはっ!? 手が、手が滑ったんだよぉ~!」

「もそっと、丁寧に出来んのか~!?」

「それは、あいすいませんね! ふん!」


 人の女房の尻を触って殴られる者。面の皮が厚い。

 もうもうと湯気の立つ豆を鷲掴みにする者。手の皮が厚い。

 十人十色の人間模様。顔で笑って目で睨み、目線が合いそうになると、ひょいと外し、村の集会場は和気あいあい。

 そんな雰囲気を続け様の金属音が鎮めてしまう。


「んん?」


「何だ何だ?」


「あれ? 教会の鐘……じゃねえな?」


 音のする方は、村の中心にある教会では無い。どちらかと言うと、外れの方……



 また、カーンと。



 衝撃に、鋳物の風見鶏が屋根の上で大きく傾いた。

 そこへすかさず、2発3発と石をぶち当てて見せると、留め具が壊れたか、ぽ~んと中空に放り出された。


「おお~……やるねえ~」

「凄いの……」

「まあ、見てなさいな」


 感心する2尾の姉妹を前に、更に狙いすまして右手のスリングを唸らせる。


 カ~ン……


 ヒョウと放てば、遠く鐘の様な響きを発し、更に空へと飛び上がる。

 更にもう1射。これで終わりと、私は魔法のスリングを右手に絡ませた。

 ひゅんと回せば、ぴたりと止まる。手首に巻いた黒革が、まさかスリングとは誰も思うめえ。


 カ~ン……


 飛べない筈の風見鳥は、キリキリ舞に舞って、ドスン。農家の影に消えた。


「おお~~~! わ、私にもやらせて!」

「あっ、ずるい! 私もやるぅ~!」


 目をキラキラさせた私と同じ顔が2つ、新しいおもちゃを発見した子供の頃に戻ってしまった。おいおい、今はそれどころじゃないでしょ!


 たちまち姉妹の手が伸び、私の魔法のスリングを奪い取ろうとするのだけれど、左手に持つ魔法使いの杖でどうどうと押し止め、目であっちを見ろと合図した。


「ほら、ヒューマン共のお出ましだよ」

「だったら! 今度はあたしが当てて見せるから!」

「ずるいずるい~! 私も私もぉ~!」

「殺しちゃうからだ~め」

「ケチ!」

「ケチケチ!」


 見ればぞろぞろと人族らしい、粗末な衣をまとった如何にもな農奴達が集まり出し、こちらを見て何事か叫んでいた。


「じゃあ、前進~♪」


 私は2尾の見ている前で、わざとらしく大仰に、その魔法使いの杖を振るって見せた。



『うおおおっ!! ヒューマン共めっ!! 良くも我々の巣を荒らしたなっ!!』

『腐れ外道の冒険者めっ!! 出てこいやっ!!』

『ヒューマン♪ ヒューマン♪ ヒューマ~ン♪』


 仲良く横並びの3尾のラミアは、手に手に得物を振り回しながら、ゆっくりと人家へ進み出す。人の上半身に、その下から伸びた蛇の身体。


 大盾と大ぶりの蛮刀を構えた1尾。中央にはちょっと小柄だけど羽飾りも派手派手しいラミアが、その身には少しバランスの悪そうな大鎌を両手に持って掲げて見せ、その左には魔法使いの杖らしい、曲がりくねった杖を振るうラミアが居た。

 3尾とも鎧に身を包み、如何にも女らしく、長い金の髪をくねくねとたなびかせているが、それなりに強そうに見えた。


「くそう! 化け物めっ!」

「門の見張りは、何やってたんだぁっ!?」

「お、女子供を逃がせ! 逃がせ! いや、逃げろ~!」

「母ちゃんっ! お母ちゃんっ!!?」


 右往左往する人間達の中から、数名の男達が飛び出した。

 手に手に弓矢や、フォーク、フレイル、サイズ、クラブやハンマーと、武器になる農具や工具を手にし、全身をぷるぷる強張らせ、膝から下をガクガクと震わせながらも気丈に立ち向かおうと、そこから足が前に出ない。


 そんな村人達に冷笑を浮かべながら、3人の腕自慢が矢を番えた。


「邪魔になるから、それ以上前に出るな……俺が仕留めてやる……」

「おいおい。その辺の野兎や野犬とは違うんだぜ」

「ぬかせ。この際だ。俺が一番だって証明してやるさ……」


 目を赤く爛々と輝かせながら、ゆっくりと近付いて来るラミアは格好の的。


「心臓を一発で射抜いてやる……一発でだ!」

「俺は顔だ……へへ……顔だけなら良い女なんだがなあ……」

「くくく……笑ってやがる……腹に矢が刺さっても、笑っていられるかな?」


 ヒョウと射るや、矢は狙い違わず狙い所に突き立った。

 化け物共は、全く避ける気配も無いのだ。単純な的当てなら、外す事はありえない3人なのだが。


「そら見ろっ!!」

「ズバリ!!」

「ほら、化け物!! 笑って見せ、ろ?……笑ってやがる?」


 ところが、3尾のラミアは、それぞれに急所を矢で貫かれながらも、笑いながらゆっくりと前へ出るではないか!?


『うおおおっ!! ヒューマン共めっ!! 良くも我々の巣を荒らしたなっ!!』

『腐れ外道の冒険者めっ!! 出てこいやっ!!』

『ヒューマン♪ ヒューマン♪ ヒューマ~ン♪』


「くぅ、化け物!」

「俺の一発を喰らえいっ!」

「ひ、ひぃぃっ!?」


 更にもう一矢、見事に突き立つのだが、それをものともせずに進み出る化け物達。

 その杖を一振りすれば、石のつぶてが飛び、男らの弓は即座に真っ二つ。へし折れてしまった。

 他の者が破れかぶれに飛び出そうものなら、手にした武器が音を発てて爆ぜ、その場に尻もちを突く羽目になる。


「ひっ!?」

「ま、魔法っ!!?」

「こ、こいつら魔法を使うぞ!!」

「ふ、不死身……」

「不死身の化け物だあっ!!」


 何をしても叶わない。相手は魔法使いの化け物だ。不死身の化け物だ。そんな恐怖に、人々は浮足立った。


 我先にと逃げ出す男達。

 ある者は這いずって逃げ、またある者は手近な家屋に逃げ込み戸を閉めた。

 バタバタと逃げ惑い物陰に隠れては、そこに見知った顔を見つけ、恐怖に歪んだ顔を見て、互いに腰を抜かした。


「オーマイガッ!!」

「オーマイガッ!!」

「オーマイガッ!!」


 皆、悲鳴と共に泣き叫び、神へ救いを求めた。

 だが、悲しい事に救いの御手は現れない。



「あれ? もうおしまいなの?」

「意外とあっけないものね……」


「いわゆるモラル崩壊ね~♪」


 私は、そのまま幻影を前進させた。


 実は私達、この様子を村の中を流れる小川に身を潜め、のんびり眺めてました。


 矢を頭や心臓に受けて死なない訳は無く、あれは私が生み出した幻影。

 丁寧に、刺さった矢も再現してみました~♪

 ダンジョンに潜って、運良くかなり稼げたので、そのお金で習ったのが幻影を始めとした、主に視覚聴覚に影響する魔法。攻撃魔法は、実はほとんど習いませんでした。だって、魔法のスリングがあるから、必要無いかな?って思ったので。


 いや、魔法一つ習うのに、結構お金取られるのよ! かなり、ごっそり!


 それに本格的にそこの会員になるのに、またごっそり!


 あ、いや、会員にならないと、今みたいな難しい魔法は教えてくれないというか……


 で。その分、スリングを練習したし。


 結構、離れた所から、手に持つ武器だけ狙い撃つなんて、凄くない? 凄いよね? 私は凄いって思う♪ もしかして、達人になっちゃったんじゃないかなって?

 今のところ、百発百中だし。


「一応言っておくけど、私、結構難しい事したんだよ?」


「ぶーぶー」


「これじゃあ、私達の出番無いじゃん!」


「いや、ほら! まだ最初の村だし……ね?」


 やば……大鎌や曲刀振り回し、みんな不満気だ。こりゃ、血をみなきゃダメ? ちょっと焦る。


「ほらほら! 幻がもう連中の住処の間を行っちゃうよ! 私達も行かなきゃ! 冒険者らしいのは居なかったけれど……ね? ね?」


 次第に尻つぼみになっちゃう。だって、2尾とも、凄く不満気な顔をしてるんだもの。

 あ、あははは……そんなに眉間に皺を寄せちゃうと、折角の美女が台無しだよ?


「いいわ。次はあたし達の番だからね!」


「手を出しちゃダメなの!」


「う、うん。でも、殺し過ぎちゃダメだよ……後が面倒だし……」


「判ってるって。逃げ遅れた爺さん婆さんなら良いんでしょ?」


「滅多切りなの!」


「あ、あははは……2尾とも殺意の塊ね……」


 鼻息荒く、乗り込んで行く2尾の後ろを、大人しくついていく私。

 食べる為以外に殺すなんて、二本足のヒューマン達と変わらないんだからね! そこの所、判ってる!?


 その様な訳で、3尾の幻影の後ろをこっそり付いていく私達。ちょっとシュールな光景です。ラミア3尾、人里を行くの図。

 連中の住処を前にすると、ピッタリ戸や窓を閉め切って、何人もが立て籠っているのがありありと判ります。

 さ~て、どうしたものかしら?

 2尾に、手を出さないでって言われてるから、口も出せない。手も尻尾も出せないとはこの事ね。


「ふふん。よりどりみどりさね」

「いっぱい居るのがいいの!」


 おいおい、皆殺し? 話聞いてた、おちびさん?

 2尾とも、どの家から襲うかと吟味に夢中ね。まぁ、ぶっちゃけどこから荒らしても構わないのだけれど……


 もう幻影を消してしまってもいいかな? そう思った矢先、先を進む3尾の幻影に、そっと後ろから近付こうという、小さな影が。

 勿論、姉妹達も気付いているみたいで、会話を止め、じっと首を巡らせて、その動き追っていた。


 人族の子供かな?

 6、7歳くらいかしら?

 あれは男の子ね。

 髪を後ろでまとめ、箒の先っぽみたいな頭がふらふらと揺れている。

 その小さな手には石を持っているみたい。あれを投げつける気かしら? やんちゃねぇ~。


 きっと目いっぱいの勇気を振り絞って、立ち向かおうとしているに違いないわ。


 さて、どうする気かしら?


 そう思って、姉妹の動きを後ろから眺めていると、流石に切り殺すのは可哀そうなのか、活〆にして、その柔らかな肉を堪能する気になったのか、蛮刀を鞘に戻した姉妹がもう1尾に、静かにしててと唇に指を一本立てるジェスチャー。

 ま、あのおちびさんは、こういう時は結局従っちゃうもの。大人しく、見守る事にしたみたい。



「えい!」


 投げた石は、大きく弧を描いて、手前でぽとり。


「ああっ」


 投げたポーズそのまま、落胆の声を漏らす所がまた初々しい。

 いいね。

 私は思わず、ぐっと右手の親指を立てた。


 そして、運命とは残酷なもの。

 背後から音も発てずに近付いた、怖いお姉さんが、まるで牛馬を担ぎ上げるが如く、少年のか細い身体を、ひょいと持ち上げてしまう。


「ひゃっはぁ~っ!! まぁ~だ、こんな所に一匹いやがったわ~!!」

「わ~いわ~い!! 一口、食べさせてぇ~!!」

「わっ!? は、放せよ~っ! 放せ放せ放せぇ~~~っ!!!」


「だ~め! もう、お前はお終いよ~!」


 あらら。もう喜色満面。あれはもう、頭の中で細かい事はすっ飛ばしてる顔ね。


 思わず貰い笑い。


 手足をばたばたさせてる生きの良い獲物を目より高く掲げ、おちびさんの手から遠ざけている。

 先ずは、自分で一口かな?

 まあ、それは当然の権利か……


 そう思いながらも、後ろからゴツンと殴って止めますかと近付くと、どうも姉妹の様子がおかしい。

 例のおちびさんは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、一口食べさせてと連呼しているものの、彼女は少し驚いた様子で、口をへの字に曲げて唸っている。


「どうしたの?」


「あ、いや……なんか、こいつ。めっちゃ、肌がすべすべしててさ……」


「それが若さだよ……」


 なんか凄くショックだったみたい。

 徐に、わんわんと泣き叫ぶ少年の腹に、彼女はその顔をうずめた。


 ん? はらわたからいっちゃう?


「ぎゃあああああああああああっ!!!!」


「うわ、うるさ……」


「一口でいいの~!」


「……めっちゃすべすべ……」


「やっぱり貴方、小さな生き物大好きでしょ?」


「一口でいいから~お願い!」


「うわああああああああん!!!! かあちゃ~んっ!!!!」


 うっとりするラミア。

 飛び跳ねるラミア。

 どうしたものかと戸惑うラミア。

 そして、泣き叫ぶ小僧一匹。


 その時、ありえへん事が起こった。


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