第6話 左手の2尾は血煙に濡れ

 ぬぷりと柔らかな感触に手首を返しながら、一塵の風とも振り下ろされた刃を、ほんの僅か体を逸らして避けた。

 低く、地面を這う低姿勢で、見上げる様にねめつけながら、そのラミアは低く、ドスの利いた声を相手へ。


「いきなり、何をするで御座る?」


 だが、相手は返答のし様が無い。

 替わりに、血泡を噴き、その身をビクビクっと震わせると、手足から力が抜け落ち、ぐったりとまるで人形の様に立ち尽くした。


 一瞬の交錯。

 ラミアの持つ大鎌が、股間より差し込まれ、内腑を貫き、心の臓を二つに割いて、その切っ先を喉より生じさせていた。




 人の村へ入り込んだ7尾の内、左手へと走り抜けた2尾のラミアは、村の中央を走る農道を渡り、小川を乗り越え、反対側に広がる麦畑へと、人々に気付かれる事無く、迅速に侵入を果たしていた。


「ねぇ~、どのくらい回り込めば良いかな~!?」


 並走する大鎌を担いだ姉妹は、眩いばかりの黄金の髪をまるで獅子の如くたなびかせ、頼もしい笑みを浮かべていた。

 自然、うきうきと心が弾む。

 こんな風に一緒に走るのは、いつぶりの事だろう?


「もっともっとぉ~で御座るよ!」


 しばらくぶりに再会した姉妹は、どこで覚えたか変な口調を身に付けていた。

 だが、それがどうした?


「ははっ!」


「いけいけ~、ずんずん!」


 はしゃぐ2尾のラミアは、その蛇体をくねくねとよじらせながら、人間の足では到底叶わぬ速度で、麦畑を横断して行く。

 射手と大鎌。役割分担は右手に分かれた姉妹と同じ。

 身を低く屈め、舌先から伝わる感触を頼りに、周囲の熱源を立体的に感知する。


 無人の野だった。


 人族の造る、畑と言うものに少し驚かされる2尾だった。


 どうして、こんなにもただっぴろいものを造るのだろう?


 どうして、こんなにも同じ植物をいっぱいに植えているのだろう?


 どうして……


 やがて、その行く手に複数の熱源が。

 ぼんやりとだが、二足歩行の……人か!?


 その熱源は、一を描く様にして、畑の中をゆっくりと進んでいた。

 空を飛ぶ、渡り鳥の様に。


 すっと進みを緩めた2尾は、額を寄せる様にして話し合った。


「お~、結構な人数で御座るな。如何したもので御座ろう?」

「10人居るよ。みんな殺したら不味いよね?」

「イカサマ左様で御座る。農民は生かさず殺さずで御座る」

「何それ?」

「それより……」

「うん、どうしよう?」


 すっかり進みを止め、2尾して眉にしわ寄せ思い悩む。

 何しろ、今回は若くて子供を産みそうなヒューマンは、なるべく殺さないという縛りのある襲撃だ。下手に手を出すと怖いよって思い知らせる為のだから……


「なあ~んだ、脅かして追い散らせばいいんじゃない」


 にこぽん。


「なあ~んだ、そうで御座ったなあ~」


 にこぽん。


「ほら、幸い私達、ヒューマン用の鎧を着てるから、声をかけて近付いて……油断したらいきなり、うら~って」


「飾りの脚も、役に立つで御座るな」


 うんうんと頷き合い、早速行動に出る2尾。


 こっそりスネイキーに近付き、1尾が農具である大鎌を肩に進み出、ゆっくりと上体を麦の穂の群れからせり出した。


「やあやあ、ご同輩」


 声をかけた相手は、肌の色もくすんだ印象の男達であった。つんと長い耳がその歩みと共に揺れ、髪を赤や黄色といった、少し派手な色合いに染めている。でも、あまりお洒落な部類には入らない、どちらかというと武骨だ。

 パッと見の印象は若い部類に入るっぽい。

 皆、革や金属の鎧を身に着け、腰には予備の剣、背に矢筒、手には弓を構え持っていた。今にも発射出来そうに矢を番え、10人が10人、全員村の方を真っすぐに見据え、黙々と横並びに歩いていたのだが……


「高い! 高いわよ!」


「あ、しまったで御座る~」


 てへぺろ~。


 腰からぶら下げた脚の部分の鎧も見せようと、彼女は少しばかり、多分頭二つ分くらい高くに、上体を持ち上げてしまっていた。


「いやあ、慣れない事はするんじゃなかったで御座るよ~……あ、怪しく無いよ……」


 苦笑いを浮かべるラミアに、男達の反応は早かった。


「敵襲!!」


 ピリッと緊張感のある声が響くと、手前の1人が即座に矢を放ち、向こう5人がガサッと前後に動き射線を通そうとする。実にスムーズな、良く訓練された動きだ。


 ひゅんと軽く風を切る大鎌が、カランと矢を弾くとほぼ同時、矢を放った男は弓を捨て抜刀。勢い振り上げたスォードを、気合と共に振り下ろした。



「いきなり、何をするで御座る?」



 大鎌の切っ先が男の身体を貫いた瞬間、立て続けに放たれた五本の矢。その内の3本は、ずいっと突き出された男の背に突き立ち、2本は空を切った。


「そんな、でかいババアが居るかっ!?」

「化け物めっ!!」

「腐れ外道が!!」

「抜け! 抜けえっ!!」

「し、死ねぇっ!!」


 矢が効かぬと、慌てて腰の剣に手をやる男達。その罵詈雑言に、思わず涙目になる。


「し、失礼なっ! まだぴちぴちの乙女で御座る、よっ!!」


 ずずいっと押し迫った仲間の身体が、突如、ぽ~んと宙を舞い、鮮血が赤い軌跡を描いた。

 思わず、それを目で追う男達。

 だが、するりと滑り込むラミアの蛇体は、その足元にあった。


 ニタリ。


 天を仰いだラミアは、その身をぐるり一転、全身ねじって大鎌一閃。


 ゾン!!


 麦が一斉にパッと舞い上がり、同時に男達も宙を舞った。


 地面に10個の足首を残し。


 悲鳴が、絶望色に染まるのもそうはかからぬ。その悲鳴五重奏が止むのも。



「ば、馬鹿な!?」

「6人を一瞬でだと!?」

「ぐぬぬ! 信じられぬ! 我らは精強なるウルクハイぞ!」

「人間は化け物か!?」


 浮足立つ奥の4人は、矢を絞りつつ目の前の光景に戦慄を覚えた。


 ひゅん。


 風切り音と共に、1人の胸に矢が突き立つ。


「えへへ、彼女1尾にだけ活躍させないもんね~」


 ペロリ舌なめずり。続けて、もう一射。

 頭半分顔を出したもう1尾が2人目を仕留めると、連中のモラルが崩壊し逃走へと転じた。


「く……」

「この事を……」


「逃がさない!」

「ふ……それがしも……」


 同時に二方向へ走る男らに、2尾のラミアはぐっと互いに拳を握って見せ、赤く血走った眼でウィンク。こちらも追撃へと転じた。


 二本足の走る速度では、到底逃げる事は叶わないのだが。



「さて、私も見せ場を作らないとね~」


 しかし、弓を構えたラミアは微動だにせず、すうっと息を吸うと、矢を番えたままの姿勢、不意にその身を空に投じた。

 尻尾の筋肉を、ばねの様に弾けさせての大跳躍。

 即座に、この村全体を見下ろせる高みへと舞い上がると、上昇速度が緩まるその一瞬に。


「そこっ!」


 ひょうと射ると、吸い込まれる様に。 

 ドスン。大地に降り立つのと、男が首を射抜かれ倒れ伏すのと、ほぼ同時であった。



「ちょっと待つで御座るよ……」

「ぐ……こ、殺せ! どうせ貴様らも、そう長くは生きてはおられんぞ!」


 ぐいと首筋に大鎌の刃を押し当てられた男は、背後の彼女がちょいと手首を引けば、首がぽとりと落ちる具合になっていた。


 周囲はさわさわと麦の穂が風に吹かれ、囁き合うのどかな風景。

 だが、相反して二人の仲は剣呑なものであった。


「いや~、何でいきなり襲って来たのかと……訳を聞かせて貰えないで御座ろうか?」

「訳!? 何を寝ぼけた事を!」


 ぐいっと首を捻じり、つうっと首筋から血が流れ出るのも構わず、男は吐き捨てた。


「俺達は戦った!! そしてお前が勝った!! 俺達は負けた!! それだけだ!! がっはっはっはっは!!!」

「う……」


 死をも恐れぬ男の気迫に、一瞬気押され、目が泳いだ。

 その一瞬を、男は見逃さなかった。

 ぐっと腕を刃にかまし、首を抜こうと。


「あっ!?」


 思わずくいっと手首を引くと、首の代わりに男の右腕がぼとりと落ちた。

 噴き出す鮮血が、血煙となって麦を赤々と濡らし、その中を男が駆ける。

 追いかければ容易に追いつく。

 だが、彼女は追いかける気にはなれず、その場に立ち尽くした。


「何とも……何とも凄まじいもので御座るな……人という生き物は……」


 転げる様に走る様は、見る間に小さくなっていく。

 その痕は、一筋の赤い道となり。

 ふと、足元に落ちてる腕を拾った。無数の不気味な刺青が躍る戦士の腕。そこから滴る鮮血を、ラミアは飲んだ。大口を開け、なみなみと。


 その血を飲む事により、男の気迫が宿る様にと……


(あの傷では、そう長く持たぬで御座ろうに……生き残ったとしても、戦士としてはもう……)


 それと同時に、戦いの興奮に忘れていた、若いのは殺してはいけないという話を思い出し、苦い想いをした。


 ピュ~~~~~イ……


 少し遠くから、指笛の音が響いた。

 あらかじめ、集合の合図と決めていた音が。

 方角を見れば、村の中央辺りからのものであった。


「何かあったで御座ろうか? まさか、もうばれたで御座るか!?」


 スッと血の気が引く音に、眩暈を覚えた。

 戦いで、ついぞ感じた事の無い不安。姉妹との約束を破ってしまったという罪悪感に苛まれ、がっくり肩を落としてしまった彼女は、大鎌とその腕を肩に担ぎ、ぬるぬると滑り行くのであった。



 彼女らはラミア17姉妹(の2尾)。みんな名前はまだ無い。

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