第5話 右手の2尾は愛を知るか?
さわさわと、軽やかな調を発て、芳しき麦の穂の下を滑る2条の影。
1尾は、槍先を真っすぐに突き出し、それをカジキの鼻先みたいに揺らめかせ、巧みに押し分け蛇体を前へ前へと進ませる。
それは、二本足の生き物では考えられない程の速度であり、不思議な事に、後続の弓を構え持つ1尾が走り去った後は、再び麦の穂がゆっくりと立ち上がり、まるで何事も無かったかの如くに風に揺れていた。
先頭を行く、槍の1尾は護衛役。
人との遭遇時は、存分にその槍を奮うが役目。
二番手の弓を持つ1尾が、この小隊の本命で、矢に油を沁み込ませた布を巻き、火矢を放って家々を焼き、側面から村人を混迷に陥れるが役目。
人族の用いる畑というものが、地面を這う者達の姿を遠目から完全に隠していた。
空より見れば、一目瞭然の姿だが、幸いな事に空にはそれを咎める者は無い。
「んん?」
「来たか待ってたよ~ん……」
しゅるりと伸ばす舌先に、人らしき体温を感じると、2尾の進みは緩やかなものとなる。
スネークサイト。その舌は温度を感知し、まるでインフラビジョンの様に、立体的に対象の姿形をとらえる事が出来る。
「ん~……これは……」
「2匹だね……たぶん……」
ちらと目を合わせ、ゆっくりと近付く。
何しろ、二本足の連中の胸元近くまで生い茂ってる麦畑において、相手の姿が見えないのだ。つまりは、相手も潜んでいる。
2尾の間に緊張が走ると同時に、僅かな興奮も生じていた。
ふふふ……
あははは……
ヤってやる! ヤってやるぞ~!
槍の穂先が縫い針の様に、静かに、音も無く、ゆっくりと麦のストローを押し分け、じりじりと、その必殺の間合いを求めて突き進む。
最早2尾は殺意の塊。それがピタリ、止まった。
「あれ?」
「おやまあ……」
「……」「……」
声が聞こえた。
おそらく、二種類の声が。およそ、緊張感とは無縁な・・・
この頃には、その二本足二匹分の熱源のおおよその形というものが伝わって来る。
離れていては、麦等の間にある障害物の為に、漠然とした存在しか感知出来なかったそれが、今では手や足、頭と言った部分部分の存在がぼんやりと見えて来ていた。
スッと槍の穂先で麦の穂を押し分け、僅かに進む。
熱源は、二つが一つになっていた。
明らかに体温の違う、二匹の二本足が、その手足を絡ませ激しく争っている?
?
?
2尾のラミアは、そっと顔だけ出してみた。
そして、目の前の光景を目にしてから、そっと顔を近付けて、小声で囁き合った。
「ね? 彼らは何をしてるのかな?」
「ん~……遊んでいる? ほら、あたしらも卵の殻がお尻についてる頃は、ああしてじゃれ合ってたじゃない?」
「覚えてないわよ」
何にしても、こうして眺めているだけで、何とも変なもやもやした気分にさせて来る。
「好きだって……」
「うん。とっても仲が良いんだね」
確かに確かに。
それはそうと、この二本足共は、まったくもって二人だけの世界を築いてしまっていて、それはそれで腹立たしくもある。
こちらもこの様に目と鼻の先に居るのだ。
水でもぶっかけてあげたら、どんな顔をするだろう?
「ふふ……ねえねえ。こっちに気付かない内に、さくっと殺しちゃおうか?」
「若いのは殺しちゃ駄~目、でしょ?」
姉妹に軽くいさめられむっとするも、ふと耳に滑り込んだ聞き慣れぬ言葉に、思わず眉をひそめた。
「ねえねえ?」
「何?」
「あいしてるってどういう事かな?」
「ん? ん~……大好きって事じゃないの?」
何気なく返答したものの、狂乱とも呼べる二本足二匹のそれは、姉妹の瞳に妙な熱を帯びさせている気がした。
確かにこの光景は、見る者を引き付ける何かがある。
何だろう、この胸の内に沸き起こるもやもやとした感覚は?
戦いの興奮とも違う、衝動的な、それでいて受動的な……心情の変動?
不味いな。
こうも注意が散漫になると、何か起きた時に対処出来ない。
姉妹と二本足二匹、それを交互に見やりながら、困惑を隠そうとするのだが、瞳に熱を帯びた姉妹がそれを許そうとしないのか、食いつく様な勢いで訊ねて来るのが本当に困る。
「じゃあ、あなたは私の事、好き?」
「当たり前でしょ?」
おお、ぐいぐい来るなあ~……
「大好き?」
「生まれた時から一緒だもの。姉妹の事はみ~んな大好きよ」
みんな同じくらいにね。そうまとめた。
だが、姉妹は最後のカードを切って来た。
「じゃあじゃあ、私の事、あいしてる?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
妙なデジャブを覚えた。前にも、こんな事があった様な……
「ねえ~、あいしてるの? あいしてないの?」
あいしている。そう答えれば、丸く収まるのはこれまでの付き合いで判っている。
けれど、目の前の痴態を考えれば、大好きと、あいしてる、との間にはどうにも越えられない壁の様なものがある様な気がしてならなかった。
一言、イエスと答えれば、一生何か抜き差しならない何かヤバイものを抱え込む、そんな気がした。
「ば、バカな事を聞くもんじゃ無いよ~」
「まぁ~っ!? バカな事とは何よぉ~っ!! バカな事とはぁ~っ!!」
往年の大場●美子と石立●男のギャグの如く、さく裂した彼女の癇癪は、全てを台無しに。
「「オウマイガッ!!?」」
目の前で取っ組み合いを演じていた若い二本足の男女は、そう叫んで立ち上がろうとしたが、立ち上がれずにその場で悶絶した。
「「オウマイガ~……オウマイガ~……」」
あまりの出来事に、びっくり仰天した2尾のラミアは、互いに顔を見合わせ目をぱちくり。
「私達、何もしてないよね?」
「あんたの声があんまり怖いものだから、腰でも抜かしたんじゃないの?」
「失礼しちゃうわ! バカって言う方がバカなんだから~っ!!」
「ほら、それ……」
「き~っ!!」
そんなやり取りをしている最中にも関わらずに、二本足達は悲嘆にくれて抱き合って泣いている。これはどうしたものか。
「ほら、あなた達、しっかりしなさいな。ねえ、彼らの服を集めてあげて」
「ほいほいさ~」
そう受け答えして、二本足達の前にずるりとこちらの下半身を見せた途端、その二匹は泡を吹いて倒れてしまった。
まったく、失礼しちゃうと思わない?
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