第4話 見よ!! あれがヒューマンの村だ!!

 音もなく、木々の間をすり抜け、少し開けた平地へ抜けると、目の前に石を積み上げた壁が立ち塞がった。

 誰が何を言うでもなく、そこで進みを止めた7尾のラミアは、ちらちらと目配せすると、その中の1尾がスッと手を挙げる。



 私は両腕を組んで、全身にゆっくりと力を籠めた。

 12本の腕が、私の体を持ち上げるに従い、視界はみるまに壁を越え、およそヒューマン(以後、人)の住居で言う処の3階建て程の高さになる。そう、人の村を軽く見渡せる程度の高さになった。


 重そうな穂をゆったりと付けた小麦色の畑が一面に広がり、風がそれを撫ぜ駆け抜けて行くのがはっきりと目に映る。

 村の真ん中に住居が集まり、広場がある。おそらく、そこにある、少し高い鐘突き塔のある建物が教会だろう。小川が村を横断する様に流れ、品の良い石の小橋が架かっていた。

 人族の農奴は夜明けと共に畑で働き、日が高まるとあのちっぽけな住居で休むらしい。幸い、この影が短くなる時間は、大概の人がそれぞれの住処に帰っていると見た。


 やり易い。


 くっと自分の口の端が持ち上がるのが判る。


 手で合図を。すると、ぴんと強直した私の体を、6方から支えていた姉妹達がゆっくりと地面へ降ろしてくれる。ラミア式組体操って感じ?

 尻尾の先が地面に触れたら、徐々に力を抜いてその場にとぐろを巻いた。


 まるで6枚の花びらと花弁の様に、その場に集う7尾のラミア。


「予想通りね。奴らは安穏と昼寝を楽しんでいるに違いないわ」


「おお……」


「復讐よ! 絶対、復讐しちゃうんだから!」


「ひゃっは~っ! 人間狩りだ! 人間狩りだ!」


 数尾は興奮を抑えきれず、身をよじらせて声を上げた。


 すらり刀身の輝きに、目を細める者。


 弓の弦に指をかけ、軽く引き絞っては放たずに戻すを繰り返す者。


「で、変更は?」


「ないわ。このまま行きましょう」


 中央に座す私は、同じ顔のみんなに微笑み返し、力を込めて頷いた。いよいよね!


 私は、左手に魔術師の杖を持ち、右の手で姉妹の手を取った。

 可哀そうな姉妹。巣穴を襲われ、全てを奪われた。姉妹の中でも、最も力の無い者。

 だからといって、人族共に、良い様にされて黙っている訳にはいかない!


 せっかくみんなで綺麗に飾り付けてあげたのに、自分でめちゃめちゃにしちゃうし、この娘の為に相談しているのに、真っ先に寝入っちゃって話を聞いていなかったりするけれど、そういう姉妹なんだから変えようが無いし替えようも無い。1尾1尾が大事な姉妹なんだから!


「さ、いくわよ! いいわね!?」


「う……うん!」


 私の気迫が少しでもこの娘に伝わり、その身を守ります様にと、自然にきゅっと握る手に力が入った。


 その娘は、自分でぼさぼさにしちゃった派手な羽飾りの兜に、小柄な体に合わぬ大鎧でガチガチに身を固め、両手で大鎌を胸元に引き寄せる様に構えている。

 その右腕を、もう1尾の姉妹が大盾を背に回してぐいと握った。彼女の右腕には、大きく反った蛮刀が握られており、陽光にギラリ輝いている。その目はやるぞと強い意志に輝き、私を見返して来た。


 勿論、私は巣穴での一連のやり取りを思い出し、にいっと口を開いて見せた。

 あんた、判ってるわよね?って意味。


 判ってるさと、鼻でふふんと笑う返事。


 上等!



 自然、私達3尾を中心に、左右に2尾ずつが横に並ぶ。

 みんな、さあ行こう!って顔をしてるので、ちょっとした悪戯心がむくりと頭をもたげた。


 そこで私は、ゆっくりとした動作で、魔術師の杖を高々と掲げて見せた。

 すると、姉妹達の目線はそれを追って……



 杖は、魔法を使う時の発動体で補助具である。集中と方向性を持たせる時の為の。私の本当の発動体は指輪なんだけど、これもまた飾りで、私が魔法を使うんだよ~ってメッセージ。


 冒険者って類は、魔法を使う者が居る事が多い。

 そして、遭遇戦の折は、遠距離で魔法や弓の打ち合いになる事が多いのだ。

 だから、そういう時は、先ずは互いの魔法使いや射手を潰すのがセオリー。つまりこれは、私を潰しなさいってメッセージ。最初の全力攻撃の初手を、私に使わせる為の・・・

 ま、うまくいけばの話ね。



「おお! この世界の全てを創造せし神々よ! その中に我らの祖を生みし神がおられるなら、我らの戦いをご照覧あれ! 我らの戦いを守護し賜え! 我らの敵に滅びを! ……こ~んな感じ?」


「「「「「「ぶはっ!?」」」」」」



 姉妹達が驚くのは無理もないよね。


 神というのは、他の種族が良く抱き、敬っている存在らしい。

 らしいというのも、私達は生れてこの方、大人の同族は母親の「一つ目」しか見ていないし、あの母親?というものからまともに何かを教えられたという記憶も無い。


 こういうのは、人との商売、と言っても物々交換、で手に入れた本というものからで、何で私が人の文字を読めるかというと、餌としてへび穴に放り込まれた人から、錬金術というものを教わった際に文字を教わったからだ。


 ちなみに、錬金術というのは、それっぽいウンチクを述べながら、金持ちという連中から鉛を金に換える為に必要な、賢者の石という物を錬成する為と言って、金を出させる為の詐術の事。

 その人は、最後まで私たちを見分ける事が出来なかったけれど、私は好きだったし、しなびて死んじゃった後も結構美味しかった。



「何それ!?」


「おっもしろ~い! 次、私やってみて良い!?」


「あははは! ヒューマン達の真似!?」


 うけた。


「そう。ヒューマンの商人が、何かにつけて良くやるんだ~。ゲン担ぎって奴らしくて、もっと簡単なのをね。で、ちょっと真似してみました~」


 てへぺろ。


「へぇ~……」


「こういうのを真面目にやってる僧侶ってのが居て、真似してお芝居ってのをやる役者という連中もいるらしいね。おっと、この話はまた後でだね」


 調子に乗って長引いてもいけない。

 変な緊張は、そこそこ解けたみたいだし、結果オーライって奴?


「行こう!」


「「「「「「おう!」」」」」」


 7尾のラミアは、改めて横一列。

 素早く石の壁に近付くと、するりこの程度の高さなど尻尾の力で乗り越えていける。

 そして、二本足の連中の3倍くらいの速度で、しゅるり、麦畑に入り込んで行く。


 二筋は右手へ。


 もう二筋は左手へと。


 そして、三つの筋が、揺れる穂を掻き分けて、真っすぐに村の真ん中にある住居群を目指した。



 私達はラミア17姉妹(の7尾)。みんな名前はまだ無い。


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