第3話 ある日 森の中 熊肉を 食らうた

 それから暫くの後、目を真っ赤に腫らしたラミアの小集団が……


「目、痒い~」


「我慢我慢……」


「我慢だよ~……」


「そうそう、もうちょっとだから」


とぼとぼと密林の中を抜けていた。


 鬱蒼と茂る木々の狭間に一筋の獣道があり、彼女達はそこを人里へと向け進む。


 途中、平原を抜け、匂いを断つ為に大きく迂回する形で川を進み、この森へと蛇行を進めたのだ。既に日は高くなっていた。


「目ぇ~……!」


 そして再び、列の真ん中に居る、一番ちっこくて、一番派手派手しく鳥の羽で飾られたラミアが嫌々と、如何にもアンバランスな大鎌を思いっきり振り上げた。


 はああああ~~~~~……


 すると、先頭を行くラミアが、大きくため息ひとつ。手にした大きめの盾をザックと地面に突き立て、緑の露に濡れた蛮刀をふるっては、下生えに茂る扇状の大きな葉でそれを拭った。


「はぁ~い、小休止~!」


「やったぁ~っ!」


 ぴょ~んと、人の背丈ほども軽々と飛び跳ねて見せたそのラミアは、手にした大鎌なんてぽぽいのぽい。派手な羽飾りの兜も、ぽいと脱ぎ捨てて、ぐしぐしと両の目をこすり出した。


「ほらほら、汚い手でこすらないの」


「ふあ~い……」


 こする手を止め、腫れぼったい目でよろよろ。声のした方へと真っ直ぐに進んでは、その胸元へと飛び込んだ。


 ごん。


 板金鎧に、思いっきり鼻を。


 遊びの代償に、すっかり目を血走らせその周囲をぷっくりとさせてしまった彼女らは、そこで互いの目をペロペロ舐め合うのでした。


「いやあ~、参りましたわね~」


「こんな具合で、大丈夫かしら?」


「だいじょぶじょぶ♪ みんな、いー感じに怖い顔になってるから♪」


「ま、死んだら置いてくし……」


「や~め~て~!」


「みんな、無事に帰るの! それまでが『人間狩り』なんだからね!」


「わっは~い!」


 とまあ、こんな感じにきゃっきゃうふふとやっておりますと…


「ねぇ、何か聞こえない?」


 不意に1尾が目を閉じ、耳を澄ませた。周囲の細やかな気配の変化を逃すまいと。


 これに、今までにぎにぎしくくっちゃべっていた姉妹達も、そっと口を閉ざし、周囲の様子を伺った。


「……どう……?」


「シュッ!」


 思わず口を開きかけた姉妹に、傍のもう一体が短くヘビ語で警戒を促す。


「ん~……おっかしいなぁ~……」


 先を行く1尾は怪訝そうに眉を寄せ、ふらり上体を高くすると、他の姉妹達も同じ動作でくいっと上体を上げた。

 耳をそばだて、すっと瞳を閉じる。すると他の姉妹達もそれに倣う。首を左、右と振ると、背後で全く同じ動きをする。

 シュルルっと舌を素早く出し入れすれば、7尾揃って同じ動き。


 ああ、そういう事かと得心した表情。7尾はそろって目の前の茂みへと、ゆっくり分け入って行く。



 彼女らの着込んだ鎧の脚部は、だらりただぶら下がっているだけで、カラカラと乾いた音を発てるのみだが、それが7尾分ともなれば地面やら、草の間では大騒動だ。


 慌てて逃げ出す虫達は、転げる様に右往左往。

 その内、数匹がころりと坂を駆け下ると、あっという間に奈落の底へ。

 キシキシキイキイ鳴きながら、無数の足をばたつかせ、体を丸く縮めた矢先、大きな口がぱくりとそれを飲み込んだ。



「あ~、やっぱり!」


 草を掻き分けて覗き込んだ先には、ぽっかり小さな穴が開き、中には十数匹の、まだ白い殻も眩しい程の小さな蛇達が蠢いていた。

 蛇の穴だ!

 黒い鱗もぬめぬめと、まだ孵化してから間もないのだろう。


 シュッシュウシュとご機嫌伺いしてみれば、小さくシュシュシュ~と空腹を。


「おいおい」


「な、何か無いか?」


「無いかな無いかな?」


「さっき、全部食べちゃったじゃないのぉ~!」



 慌てて背嚢をごそごそする姉妹を尻目に、私は余裕で一つの大きな包みを取り出して見せた。


「じゃじゃじゃじゃ~ん! はい、熊肉ぅ~♪」


 たっぷり血を吸った麻布を開け、みっちり筋肉が詰まった肉塊を皆の鼻先へ突き出すと、足元からも興奮気味の反応が。


「こんな事もあろうかと、おやつに持って来ていたのさ~♪」


 歌う様に自慢する私に、姉妹達は怒りに目を真っ赤に・・・あ、元々真っ赤っかでした。


「嘘だね! 全部自分で食べるつもりだったんだ!」


「判ってるんだ!」


「お肉……いいなあ……」


「どうりで良~匂いすると思った」


「ねえねえ。その布しゃぶらせてよ」


「でも、ちょっとこいつらにゃ、でかすぎない?」


 6尾6様の反応に、まあまあと。


「え~、取りぃ~出したるこのナイフ」


 ピッと取り出し、サッと筋繊維に沿って刃を滑らせた。


 ひょうと飛び出す肉の糸。


「ぴぴぴぴぴぴぴぃ~」


 しゅぱぱぱぱっと真っ赤な肉の糸が宙を飛ぶ。


 呆気に取られる6尾を前に、綺麗な放物線を描いた赤い糸は、その小さな蛇穴へ吸い込まれて行く。

 そして、口をぱっくり開けた小さな蛇達は、自分達とそう大きさの変わらない熊肉をぱくり。これまた見事な程に消えていった。


「おいおい、大丈夫なのかよ?」


 1尾が心配気に口を開いた、その時である。


「シュ……」


「シュシュシュシュシュ……」


「シュッシューッ!!?」


 突如、蛇達が「何だこの体を駆け巡る熱いものはぁ~っ!!?」的な絶叫を上げ、身悶えしたと思ったら。


 ぺ、ぺりぺりぺりぺり~!!


 一斉に脱皮した蛇達は、即座にまた脱皮し、まるで幾輪もの白い華が咲いたかの様な連続脱皮は肉のシャワーが収まるまで続き、たちまち数倍に膨れ上がった体躯の蛇達は、口々にヘビ語で「熊~っ!!」と叫びながら消えて行った……



「ああ……あんなに小さくて可愛かったのに……」


「何? あんた小さくて可愛いもの好き?」


「え? ショタ好きなの!?」


 と、とても残念そうに呟いた1尾は、真っ赤な顔でたちまち姉妹達にいじられる始末。


 すっかり小さくなった熊肉の肉片を片手に、「食べる?」と聞くと、「食べる」と答えたので、一番のちび助の口にそれを突っ込んであげた。


「ん~……生肉うまうま~!」


 とても嬉しそうにもぐもぐさせる姉妹を見つめ、この子は大きくならないのかと不思議な感慨を覚えた。



 ラミア達は知らない。

 あの蛇達の中には、ゆくゆく牛をも丸呑みにする大蛇となり、あまたの冒険者と激闘を繰り広げ、伝説を作っていく猛者がいる事を。

 だが、それはまた別の物語である。


 彼女達はラミア17姉妹(の7尾)。みんな名前はまだ無い……

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