第2話 脚なんて飾りです!

「なっ、んじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!!?」


 水面を見つめ、まじまじ見入っていたと思ったら、突然の大絶叫。その場に居た他の姉妹、全員がプッと噴出していた。


「良く似合ってるんじゃないか~?」


 チェインメイル姿で長槍を両肩に回し、ニヤニヤ笑いの姉妹は如何にも確信犯の風情で、その反応を楽しんでやろうとずるり近付ていく。


「うっきーーーーっ!!」


「ああ…」


「おいおい」


 足先だけ取り外した全身鎧を、まるで余所行きのお人形さんみたいにお仕着せにされた例の身体が一番小さな姉妹は、更に輪をかける様に、にかわで張り付けられた色とりどりの鳥の羽を一気にむしり取ろうと格闘を始めてしまった。

 これを取り押さえようと、他の姉妹も加わって、日当たりの良い葦の原はてんやわんやの大騒動。普通の種族なら大した事無いだろうが、ラミアともなると数メートル単位の太い尻尾がびったんばったん、これが全部で7尾ともなるとちょっとした大立ち回りだ。



 洞穴を出たら何とも珍妙な格好にされていた。


 正に「これが私?」状態だった。


 他の姉妹達は勇ましく武装した姿なのに、自分だけどうしてこうなった!?


「納得出来なぁ~いっ!!」


「あ~あ…こんなにしちゃ……」


「その短気な所、誰に似たんだよ?」


 全員ずぶ濡れの泥だらけ。鼻息荒い1尾を中心に、取り囲む様に6尾のラミアが困っていた。


「あのね。これは一番小さなあなたを、大きく見せようとしたのよ」


「何しろ、お前が今回の人間狩りの主役だからな」


「人間狩り♪ 人間狩り♪」


「真ん中にど~んと構えて貰って、ばっちり目立って貰おうって…」


「聞いてない!!」


「いや、話したろ!?」


「ん? この子、酔い潰れて無かったっけ?」


「あ……」


「そういえば……」


「そんな気もしてきたぁ~……」


 くるくる四方八方から色々言われ、その一番小さなラミアの意識は数時間前の洞穴内の宴会のシーンへと……


「あ……」


「あ!?」


「あ~ん!?」


 思わず声に出してしまい、両手で口を塞ぐ。


 そして注がれる12の瞳が発する目線の熱量が次第に冷え冷えとなり…いたたまれずに五体投地ならぬ四体投地のポーズ。


「ゴメンナサイ……」



 水面すれすれ、鯱張った四角四面の口調でちらり姉妹の様子を盗み見る様に、互いの顔を見やると誰と言う事も無く尻尾の先でその頭をちょんと押し、軽く顔を水へ押し当ててやる。それが計6回。



「まったくしょうがないなあ~」


「ほら、あなたの兜よ」


 そう言われて引き起こされると、ざばぁ~っと鎧から水が派手に滴って、妙に気恥ずかしい。


 かぽっと水の滴る兜が被せられ、視界の大部分を遮ってくれたのがありがたかった。


 が、その僅かな視界に何枚もの羽がぷかぷか浮いているのが見えてしまい、途端に申し訳無く思えてしまう。


「……あの~……」


「ねえ!?」


 不意に目の前に突き出されたのは、彼女が持つ予定の武骨な金属の大鎌だった。それをポンと手渡される。さっき、水面を覗く時に、濡らさない様にと水辺に置いた物だ。


「私たち、遠目に見たらまるで沼のゴブリンじゃない?」


「いんや~。精々トロールかウルクかってとこさ!」


 横合いから別の青い瞳が、カラカラと笑いながら手にした剣の切っ先を大鎌のそれにシャ~ンと滑らせてきた。


「どう? あたしと撃破数の比べっこしない? 何匹、ヒューマン共をぶっ殺せたか! フェアリーは2匹で1匹分! 勝った方が夕飯の一番美味い部分を譲る!」


「え……でも……」


 思わず口籠ってしまうのは、うわんわんと手の中で大鎌が震えているからじゃない。腕っぷしも何から何まで相手の方が上だから……


「何だ~? あたしは、横に回り込んでの支援役。お前は真ん中で堂々と襲いかかれるんだ。良い勝負になると思うんだけどねぇ~……ふっふっふ~……」


 わざと肩を怒らせ凄んで見せるのは、流石に自分に気を使ってくれてるからだと判る。それでも、自分でこんな事を決めてしまって良いものかと、思わず戸惑ってしまった。


「いいんじゃない! その代わり、私達との共同撃破もちゃ~んと数えて貰おうか!」


「賛成だな……」


 今回の作戦を決定した2尾が、それぞれの得物を手にそれらを軽く掲げて見せる。


「おっと! センターとライトチームが賭けをするなら、我々レフト組も黙ってはいられないよね!?」


「左様左様!」


 こちらもこちらで弓の弦をビンビン鳴らし、もう一体は手にしたナイフを近くの灌木に、一投二投三投と器用に放っては同じ幹に全部命中させて見せた。


「ふふ……この距離なら外さないよ」


 皆、ずぶ濡れだったのが陽光のお陰でだいぶマシに思えていた。


 殺す頭数は抑える予定なのに、それを競うとはかなりの矛盾だが、まぁ予定とはそんなものさと気楽に思う。厳しい反撃があれば逃げれば良いし、駄目だったらはいそれまでの事。いつかは誰かに食われるものさ。


「えっと……その……ありがと……ん~?」


 と、とても言い辛そうに歪んだ口に、にゅっと二本の腕が伸び、その端をぐいっと引き上げた。


「ほら、笑いなよ。今日は楽しい人間狩りだよ」


「同じ穴で生まれた姉妹じゃないか~♪」


 別の一体がすらり引き抜いた剣先を高く掲げ、更にもう一体が調子を合わせ槍の穂先をクロスさせた。


「いぇ~人間狩り~♪ 人間狩り~♪」


「うおおお皆殺しぃ~~♪ じゃないんだよね?」


 そして、ケラケラ笑いながらすっと二体でとぐろを巻き、キンキンカンカン打ち鳴らしてはくるくる回り始めると、これが止まらなくなる。


 どこまでも突き抜ける様な青空に、パッと火花が散って彼女らの肌をチリリと焼くのだ。


「あは~、これ楽し~♪」


「綺麗~!」


 この嬌声を前に、こうしてはいられないと他の姉妹達も各々の武器を手に、それっとばかりに滑り出した。


「どうせ世界は、アホとバカとまぬけばかりさ!」


「あたしらも、ちょっとはバカやらないとバランスが悪いってものよ~♪」


「あっ、あたしも~!」


 慌てて追いかけた。


 皆に比べて小柄とは言え、流石はラミア。さしもの大鎌とは言え、安定した蛇体が軽々とそれを振り回させた。


 えいっとばかりに振り下ろせば、幾本もの刃がガキンと弾く。


「そ~っれ!!」


 ガイ~ン!!


「もういっちょ!!」


 ビギ~ン!!


 そして、わんわんと呻る金属音。

 刃こぼれするのもお構いなしだ。


(まぁ、馴染みの無い武具に慣れるのに、丁度いいわね……)


 輪の外に残っていた、今回の襲撃を提案した当のラミアは、手にした大仰な魔法の杖をじっと見、それを腰のベルトに差し込むと、予備にと腰へ吊るしていたブロードソードを引き抜いた。


「わ~たしも~♪」


 彼女達の嬌態はしばし続くのだった。



 ちなみに、鎧の脚の部分は残してあります。

 遠目で人間と間違えてくれればめっけもの。


「脚なんて飾りです!」


 私達はラミア17姉妹(の7尾)。みんな名前はまだ無い……


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