ラミア17 ~初めての人間牧場生活~

猿蟹月仙

序章 ~そうだ! 人間の村を襲おう!~

第1話 姉妹たち

 とある、絶好の狩日和。


 今日の獲物を背に、えっちらおっちら真っ暗な洞窟を奥へ奥へと進んで行くと、どうにも馴染みのある気配が幾つも感じられ、「おや?」と思った。


 だが、丁度良いとも。


 自然と口元が緩むのが判る。


 そして、背負っていた今日の獲物を、ゆっくりと掲げ持ち……多くの気配がある自然の広間へとずいっと進み出た。


「「「「っ!?」」」」


 一瞬にして洞穴はパニック状態に陥った。


 悲鳴と共に何やらひっくり返し、派手に割れる音が響き……


 蛇は舌で熱を感知し、獲物との距離を測ったり、対象の形を認識したりもする。


 モンスターの赤外線視力に近い能力だ。


 ラミアのそれも、然り。


 目の前では6匹のラミアの、姉妹達の痴態が繰り広げられていた。


 派手に引っくり返る者。器用に壁をよじ登り、天井の岩でとぐろを巻く者。素早く横へと回り込み、戦いに身構える者。ただ何も出来ずにわたわたとしている者。


 ラミアとは、下半身が蛇、上半身が人間の女性という外観のモンスターの事。彼女らは主にヒューマンの血を啜る化け物、吸血種として分類されている。その個体数は少なく、モンスターの中でもかなり希少な存在である。


「あははははは! みんな何してるのさっ!?」


 両腕で掲げたその重量物を右手一本に持ち直し、空けた左手をすっと前へ出した。

 左の薬指に、小さな瑪瑙の指輪がある。それが淡い輝きを帯びると、その延長線上に小さな火が灯る。

 洞穴の壁沿いに、間隔を開けて燭台が置かれていた。それに、離れた場所から次々に火を点して行ったのだ。


 魔法としては初歩の初歩の小さな火。 

 その距離に合わせ、点された5つの火は、そこに集う7体のラミア達の姿を、静かに、ゆらゆらと、徐々に浮かび上がらせて行く。


 そこは、体長の長いラミアが十数体居たとしても全員がくつろげるだけの、十分に手入れ行き届いた自然の洞穴。その中央には、テーブル状の楕円形をした岩があり、勝手知ったる他人の住処よろしく、何やら宴を始めようとしていたらしい。


 それを盛大に邪魔しちゃった形。ふふふ……


「お~い!」

 何体もが息を呑む気配を破り、姉妹の1体が非難の声を上げる。

 それも無理はない。

 何しろ、掲げ持たれていた彼女の獲物は、身の丈4mはあろうかという巨大な熊。それが正に立ち上がったかの姿勢で、実際にはそのあご下を右手一本で持ち上げてそう見せかけているだけなのだが、今にも襲い掛かって来そうな雰囲気があった。

 口の端、鼻から赤い物が僅かに滴り、その頭部は異様な形に歪んでいる。


 ラミアというモンスターは、鋭い牙や爪がある訳では無い。攻撃を弾く甲羅や分厚い表皮がある訳でも無い。ひ弱なヒューマンに比べれば、多少力が強かったり、素早く移動出来る程度で、いきなり目の前にこの位のモンスターが現れたらあっさり負けてしまうだろう。負けるという事は、食われるという事。捕食されてしまうという事だ。

 だから、皆、慌てて逃げ惑った。


 誰だって食べられたく無いもんね。


 ところが、騙されたと判れば話は別だ。


「こら~!」

「やっちゃえ!」

「うりゃりゃ~!」

「わわっ、ごめんごめ~ん」

 たちまち天井から、横合いから、真正面からと姉妹に飛びかかられて転がされてしまう。


「くぬくぬ~!」

「あひゃひゃひゃひゃ!」

「反省しろ反省!」

「ここか~!? ここがえ~んか~!?」

 何体ものラミアがくんずほぐれつ絡み合う様はなかなか壮観な眺めで、ぬらぬらと鮮やかで光沢のある、一目でその鱗の下には筋肉の塊が畝っているであろうそれが、幾条にも幾条にも折り重なっては尽きる事の無い永久機関のそれとなり、眺める者の意識を幻想的な空白で塗り固めてしまおうと誘っている。


 だがしかし、当のラミア達にとっては日常の事。

「あんた達……」

「い~加減にしなさい!」

 ひゅんと2本の尻尾が唸り、びびびっと叩くと、「うわ~い」と4体は仰向けの熊を真ん中にばらばらと転がった。

 それを呆れた顔の2尾が見下ろす。


 皆、ほとんど同じ顔。だが背格好はだいぶ違う。身に着けている物もまちまちだ。

 ヒューマンで言う所の凄い美人に分類される整った面差しで、それぞれに同じ金髪碧眼だが、髪型やその長さもそれぞれに特徴があり、面差しもそれぞれの性格を反映してか、おっとりした雰囲気の者や、勝気そうな瞳の者、いたずら好きっぽそうな者もいる。


 さて、早速に三姉妹からの『かわいがり』を受けてしまった、この洞穴の主人にして最後に熊を担いで現れたラミアだが、尻尾の先までよじれる程に笑い転げてしまい、頬の筋肉が馬鹿になったんじゃなかろうかってだらしない顔でようやく起き上がると、阿吽像の様に仁王立ちする2体の向こう、殊更体格の小さな姉妹1尾の様子がおかしい事にようやく気が付いた。


 普段なら、こんなじゃれあいに喜んで参加する明るい気質の子なのに、ぼさぼさの髪もだらしなく、しゅんと俯いてしまっている。


「あなた……?」


 留め具が外れかけた革鎧の胸元を正し、斜めにずれて顔半分を覆った革製のキャップをくいっと持ち上げると、改めて両方の瞳でまじまじと見つめてみた。


 半べそを隠すくしゃくしゃの髪がところどころ縮れているのは、火か何かに焼かれた? それとも魔法使いに魔法をぶつけられたのかも。

 肩やそこらにある筋の様な赤い痕は、切れ味の悪い剣か何かが掠ったかに見えた。


「まったく……あんた達、それどころじゃないってのに……」


 どうやら怒られているのは自分だけじゃないらしい。


「こいつ、ねぐらの近くで人間襲って、逃げられたらしいんだよ。で、暫くして冒険者どもがやって来たって話」


「あう……」


 ぴしぴしと尻尾の先でその子の頬を突っつくというか叩くというか。甘んじてそれを受けてるのは、反撃する元気も無いみたい。これは相当の重症ですね。


「あなた……巣の近くじゃ狩りをしない方が良いって……」


 言ったじゃないと言いかけたその時、その子の顔がくしゃっとなって。


「う……う~ううう……」


 ああ、泣くなって思ったら盛大に泣き出した。ま、いつものパターンですね。


「うえ~ん!! 全部盗られちゃった!! 全部盗られちゃったよぉぉぉ~~~っ!! 人間もエルフもドワーフも憎い憎い憎~い!! 血のつまっただけのただのずた袋の癖して!! 全部持ってかれたぁ~っ!!!」


 ここは多少広くなってるとは言え、狭い洞穴の中でわんわんと泣き出すものだから、その場に居る者全員、まったく同じタイミングでそっと両耳を塞いでいた。


 お互い顔を見合わせては何か言ってる。

 半分くらいは泣き出すきっかけとなった2尾に非難が集中し、2尾は2尾で「いやそっちだろ」「あんたこそ」と互いに「そちら様が少しだけやり過ぎたのでは御座いません事?」という意味をかなりはしょって口にしているのだが、この大音量の反響を前にかき消えてしまうのは自明の理。その内、みんな疲れて諦めた。もう少ししたら、この子も疲れて止まるだろうから。



「……お……お腹空いた……」


 暫くすると、その子はぽてっと岩棚に上半身を投げ出す様に突っ伏し、カラカラになった唇をぱくぱくさせていた。


「馬鹿目!」


「こいつ逃げ出してから3日間、何も口にしてなかったみたいでさ……」


「うちには丁度最後の一滴を吸い尽くした時にやって来てね……」


「うちにも何も無くてさ」


「左様左様」


 みな、ちょっと困った顔。


 どうやら玉突きで、うちまでここに居る全員がやって来たみたい。それぞれに多少食い貯めというか呑み貯めというか、獲物にありついてから数日は何も口にしなくても頑張れる体力があるだろうけれど、たった今、この子はそのエネルギーを絞りきれるまで絞り切ったみたい。正に雑巾をぎゅっとやって「もう一滴も出ません」という位にカラカラなのかも。


「じゃあ、ねぐらの事はともかく、本当に丁度良かったわ」

 ぐいっと熊の死骸を両腕で引き立て直すと、ずりずりと作業場にしている一画へと。

 そこにはカギ爪フックに繋がれたロープがあり、それで獲物を吊るして捌く為のかなり大きい木組みの台座がある。大は小をかねるとも言うけれど、今回は丁度いいくらい。

 尻尾で幾つかある木のたらいの内、中くらいの物を1つ引き寄せつつ、だらんと舌を垂らした上あごにフックを引っ掛けると、ロープの端を台座の横木にひょいと投げた。


「しかし、凄い大物ね!?」


「どうやったの? 魔法!?」


 さっと垂れ下がったロープの先を拾っては、ぐいっと引っ張り始めた2体が熊とこちらを好奇の目で交互に眺めてきた。

 これに応えて熊を持ち上げる手を左手だけに。右手をひょいと振って見せると、手首に絡めておいた魔法のスリングが一瞬で手の中へ収まった。

「少し前に、世界で最もタフなダンジョンって言われる所へ潜ってね、冒険者から奪ってやったのよ」


「そんな物で!?」


 驚く二体にひゅんひゅんと軽快な風音を聞かせてから、一連の動作でスリングを手首に巻きつかせて見せた。ぱっと見、ただの革紐にしか見えないだろうけれど。


「あれからこればっかり練習したもの。今ではもう、体の一部みたいにしっくりね」


「嘘みたい……」


「本当にそんな物で熊を?」


「頭を狙ったもの。一発よね」


 パチン。指を鳴らすと、すっと鼻の下を指でこすった。

 一発で仕留められたのはちょっとした自慢で、闇ルートで魔法を教えて貰える様になったものの、攻撃魔法を覚える気が未だにしないのである。


 傍らではがちゃがちゃと、明るくなった事をこれ幸いと勝手に奥からカップやら皿やら、ぶどう酒の樽やら、かまどに火を起こしてくれたりと、例の1尾を除いて銘々が勝手に準備をしてくれている。


 たらいを熊の右足の下に、ちょっと引っ掛ける様にセットすると、内側の太い血管がある辺りに、解体用に愛用しているナイフの刃をサッと入れた。


 と、ぽとぽとたまらない音色をあげ鮮血が滴り落ち、小さな歓声が沸き起こる。


 即座に二三の腕が伸び、ある者は素手で掬い、ある者はカップで。


「んま~い!!」


「私、熊の血、初めて!!」


 たちまち歯茎を真っ赤に染め、笑顔がこぼれ出す。


「これは癖になる濃厚な……」


「こんな分厚い毛皮、私らの歯、通らないものね~♪」


「ほら、あんたも呑みなさいよ……」


「……わ~い……」


 目の前に置かれた銅のカップ。そこから漂う芳醇な香りに、一口すすればたちまち目の色が変わる。力なく突っ伏していた体がぴんと伸び、慌てて姉妹の列に加わった。



「すぐに固まり出すから、お酒入れるけど良いかな?」


「それ今聞く?」


 私は笑いながら差し出された小さな酒樽を受け取り、ぶどう酒を注ぎ込む。


 それから残る左足にも同じ様にたらいをセットし、刃を入れて血抜きを行う。だらんと垂れ下がった両腕を、紐で縛って大きく掲げさせて、次には毛皮を剥ぎたいところだが、ちょっとその周囲に群がる姉妹達が邪魔ですぐには出来そうに無い。


 よっぽどお腹が空いてたんだなぁ~……と微笑みながら、私もカップでちょっと味見。

(うん、悪くない!)

 ヒューマンでは到底味わえない、大型肉食獣特有の濃厚で濃密な野味がガツンと舌先から喉の奥まで広がって、その衝撃が尻尾の先までびんびんに伝わっていくのが判る。やはり食べている物が違うと実感出来る味わい。その巨躯をフル稼働させるだけのエナジーが満ち満ちている。これだから大物狙いは止められない。

 血にはその獲物が口にしていただろう物の余韻が色濃く残っている。それを舌先で感じ取ろうとするだけで、うっとりとしてしまう。


 今回の獲物は実に健康的な熊だった。


(ちょっと勿体無い気もするけれど、自分だけで味わうには多過ぎるしね)


 丁度良い。うん、丁度良い。


 そんな気分の鼻歌まじり、奥の棚から幾つもの瓶を取り出した。


 中には、秘蔵のはちみつの巣や、ヤギのチーズ、香辛料、香草などが入っており、それらをテーブル代わりの岩の上へと並べていき、次には奥に吊るしておいた燻製肉の中から、十分に大きかろう男鹿の太ももを一本下ろし、脂が浮いて良い光沢を帯びたそれを、薄く削いでは軽く火であぶってやる。


 その香りが、ふわり漂い出す頃には、血のたらいに群がっていた姉妹たちの勢いも落ち着き、瓶の中身を興味深そうに探索する者や、こちらに来てすんすんと鼻を鳴らす者も出て来る。


「じゃあ、これお願いね」


「わ~い、判った~」


 軽くあぶった鹿の燻製肉を大き目の木皿に盛る手をバトンタッチし、いよいよ私は毛皮剥ぎへ。


 手早く済ませて、早めに内臓を抜き取りたかった。


 一発で仕留めたからそんなに痛んではいないと思うけれど、戦いで興奮した獲物の場合はその急上昇した体温が内臓を痛めてしまう事が多いのだ。だから、解体はスピードが命!


 自然と意識が集中し、黒い毛皮の下からのぞく真っ白な脂が目を楽しませようとテカテカするのもかまう事無く、サッと縦に真一文字。一気に一番大きなたらいの中へと臓物を引き抜いていた。


 良い胆のうが採れたなぁ~と、我ながらほれぼれと眺めてしまう。


 その黒い小さな塊を、くるくるっと胆管で絡めて、枠木のでっぱりに吊るした。


 この辺は、上手く乾燥させれば商人が高く買ってくれる。他の部位も、毛皮も、かなり良い値が付く。


 何を隠そう、私はモンスターであるラミアの癖に、ヒューマンの行商人と商売をやったりもしているんです。

 この近隣の凶悪な奴から狩って来たので、どうもこの辺りは彼らにとって比較的安全なルートになってるみたい。彼らは野営をし易い場所にやって来ては一晩を過ごしていくので、その際に人の振りをして変装の上に幻覚の魔法をかけ、近くに住む狩人の女房を演じてみれば、ちょっとした差し入れとで大体スムーズに行くのです。

 おかしな事をしようものなら「実はうちの旦那さんがね、暗がりに潜んでこちらを見ているのよ」と言ってやれば、相手を殺す事も無く和やかな空気を保つ事だって出来るし。



 しかし、どうも私たち姉妹は、ラミアとして少しおかしいらしい。


 私たちを産んだ母は「一つ目」と言うラミアで、「気持ち悪い」「死ねばいいのに」「出来損ない共」と、短い間でしかなかったけれど最後まで散々でした。彼女はその名の通り右目が潰れ、左手の指が一本欠けていた。

 と言うか、深い竪穴に産み落とし、少ない餌で殺し合わせ、その中で生き残った一、二体を育てるという伝統が、あの激しい性格と傷を作ったのだと思うし、他の野生動物の親子関係を見てもこっちの方が異端な気がする。

 母の姉妹は「のこぎり歯」ただ一人だとか。

 巣立ちをしてから一度も会った事がないそうで、これからも二度と会う事は無いらしい。

 多分、あの目を潰されたか、指を噛み千切ったかされたのだろう。その名を口にした時、深い憎しみがにじみ出ていたから。


 だから、私たちが例の竪穴からぞろぞろと皆で力を合わせて抜け出して来た時には、かなり驚いていたみたい。

 本来だったら、生き残った一、二体に名前を与えて少しだけ育て、それから追い出すのが一族の伝統的な流儀らしいけれど、余りの頭数の多さに即座に追い出し、名前も与え無かったのはどうかと思う。まぁ、考えるのが面倒だったのかもだけど……

 でも、多分怖かったんじゃないかな?

 姉妹同士で助け合う私たちが……楽しそうにじゃれ合う私たちが……


 その矛先が自分に向けられ、巣を、命を奪われる事が。


 そんな事、絶対にしないのになぁ~と今更ながら思うのだけれど……

 まぁ、あの場で殺されなかっただけでも感謝しなきゃ。何しろ、あの竪穴自体が殺意の塊の様な物だし、フラスコの中じゃ無いんだから、あんな実験動物みたいな扱いを古代の錬金術師じゃあるまいし自分の子供達にするなんてナンセンスも良いところ!



 手にした形の良い肝臓が、すっと妙な思索から引き戻した。

 ずっしりと重さもあり、色も鮮やかな血の色を帯び、張りと弾力がまた素晴らしい!

(これは絶対に美味い!)

 色んな液でぬるぬるにブレンドされたそれを、一瞬どうしたものかと思ったけれども、雑味が強すぎるかと一旦洗い流す事にした。


 この場合、シンプルが一番♪


 汲み置きした水がめから、水を少しだけ。更に岩塩をまぶして表面の薄皮を優しく剥いてあげる様な心持ちで肝自体を潰さない様に揉んであげる。

 面白い事に生き物の多くは中身は似通っている。それぞれに特徴があるものの、解体してみればみる程に、部位の位置から働き、色、形、類似性が感じられるのが面白い。

 薄切りにして大皿いっぱいに敷き詰めていくと、切り口の表面にぷっくりと赤い血の玉が幾つも幾つも浮かび上がり、嫌が応にも食欲を刺激してくる。生きが良いから、見るからにもっちりとした雰囲気が、組織全体が死を前に精一杯の抵抗を試みている様を容易に想像させた。


「みんな、お待たせ~♪」

 一心地着いた感のある6対のまなこが、この新たな大皿の到来にきら~んと輝くのを私は見逃さなかった。


「お~……」

 皆の前に置くや自然と感嘆の声が漏れる。

 一緒に、薬味となる小皿を添えた。

「こっちの4種類の塩は、西の方の荒塩に、近場の赤塩、南の藻塩、そして山の方で採れた岩塩ね。それぞれに面白い味わいがあるから、試してみてね。後のハーブはお好みで」

 海の塩は血の味に繋がる深い味わいを加味してくれる。ただ、熊の肝は強烈な精力があるから、そのままでも十二分に楽しめる味わいの筈。

 一斉にわっと伸びる手が、それらを鷲掴みにさらっていく。

 この頭数だから十分に行き渡る。でも、姉妹勢ぞろいだったら全然足らなかったな。


 一口食べてはうっとりと。二口食べてはにっこりと。


 みな、この弾けんばかりの濃密さを、歯と舌先と喉越しとそれら全体で味わう事に夢中になる。良く、物語に徳の高い僧侶をさらっては、その生き胆を食べれば物凄い霊力が得られると言う話があるけれども、あながち間違ってはいないなぁ~と実感出来る瞬間です。


「で、ちゃんと食べれてる?」


「む~む~……」


 ちらっちらっとこちらに目線を投げては、また大皿へ手を伸ばす例の子の後ろに周り込み、ちりちりになってる髪にそっと手串をかけてあげながら、私は少し落ち着くのを待ちました。



 その提案に、みな目を丸くして驚いたみたい。


「やばく無い?」


「危ないよ~!」


 ちょっと弱気の2体。腕を組んで考え込む者、悪い考えに目を輝かせる者、反応はそれぞれに違う。


「でも、このまま私達がヒューマン共に舐められるのは、嬉しくないでしょう?」


「それは強く同意」


 シンプルな考えの姉妹も居る。


 後ろから例の子を抱え込みながら、岩のテーブルの上へ空になった皿を並べて見せた。


「この子のねぐらの周囲には、3つの村がある。これを順繰りに、一日で叩いて回る」


「でもでも~、もうあそこには帰れないし……」


 不安気に見上げて来る姉妹に、くいっとあご先で慰撫しつつ、私は優しく微笑んでいた。


「ここを……私の縄張りをあげるわ。みんなも暫く、ここに集まってヒューマン共の反撃をやり過ごして欲しいの」


 順繰りにここへと到達した事からも判る様に、間には幾つかの姉妹の縄張りがある。多分、騒ぎを大きくすれば、ヒューマン達の反撃の手が隣接するそれへと伸びる危険が高い。


「だが、そのリスクを押しても、やる価値があると?」


 腕を組んで考え込んでいた姉妹が、すっと薄目を開けてこちらを見やってきた。

 その目線を正面から受け止め、私は不敵な笑みを浮かべていた事だろう。


「あるわ……ヒューマン共に不和の種を蒔くという……」


「不和?」


 私があまり聞きなれない言葉を使ったからだろうか。何体かは意味が判らずに変な顔をしている。


「つまりね。ヒューマン共は、一体一体は弱いけれど、力を合わせると結構やっかいだと、私は思うのよね」


「同意だわ」


「そこで、私達がねぐらを荒らした冒険者を追って、周囲の村々を襲って回ったらどうなると思う?」


「それこそ団結。力を合わせ、対抗するのでは?」


 他の姉妹たちは話半分。ついていけずにきょとんとしている。

 どうやら、この話は彼女と私との一騎打ちになりそう。


「違うわ……きっと中には、冒険者が……よそ者がやった事でとばっちりを受けた……と考える者が出て来る。村社会ってそういうものよ。外界と内とで線を引く。私たちだって、そういうところはあるでしょう?」


「むむむ……」


 相手はぐっと顔を曇らせた。


「せいぜい私たちは粗野に『冒険者はいねぇか~?』『よくもねぐらを荒らしたな~』そう言ってるだけで、恨みの半分はそっちへ向かう。こうなると、安易に冒険者を雇ってモンスター退治、なんて考えるヒューマンは……」


「減る、か……」


 要はヒューマン共の考えを、一枚岩に固めさせなければ良いだけの話。色々な考えがあればある程に、右向け右とばかりには足並みが揃わなくなる。切実な「自分達の話」と捉える者より、大多数にとって「他人の話」ともなれば……


「ただ、余りに被害が大きいと、これは耐えられないって一気に反撃へ気持ちが傾くと思うから、そうね……10軒の家があれば4、5軒に一人ずつ死者が出る位が良いんじゃないかしら? それも、高齢の者ね。若いのはその内、子供を産んで増やしてくれるから、なるべく生かした方が良いわ。もちろん、本当に冒険者が出て来たら、それは本気で皆殺しにするけれど……」


 ふふんと私は微笑んだ。姉妹もにやりと悪い顔。きっと私も同じ顔。


 冒険者には情け無用。明確な殺意を持って我々に立ち向かう存在。一匹見つけたら、百匹は隠れていると考えなければいけない。正に百害あって一利なし!


 冒険者? いつ殺るの!? 「今」でしょ!!? という奴です。


「そうか……たまに旅人を襲う分にはよそ者の事とあまり騒ぎにならない。下手に刺激したく無いと思わせる……身内が被害に遭えば放ってはおけないが、他人事なら下手に巻き込まれたくないと思う訳だ……」


 互いに悪い笑みを浮かべ合う。

 やはり姉妹。ツーと言えばカーと来なくては!


「村単位、家単位で考えるとそういう事になっていくと思うの。私たちはその傾向を、ぐっと深めてあげれば良い……まぁ、他のモンスターは好き勝手に荒らして回ってくれるだろうから、そういうコントロールは完璧に、とはいかないでしょうけれどね……」


「私たちの縄張りで、そんな事はさせない!」


 だん!と撃ち付けられた拳に、カラカランと食器が踊る。


「よ~し!! 話は決まった!!」


「私たち姉妹がこれだけ揃えば無敵だわ!!」


「なんか、それ死亡フラグっぽくない?」


「それは~、きっと~、お酒が足りないのよ~♪」


 すると、なんとなく会話に参加出来て無かった姉妹たちが、その鬱憤を晴らさんとばかりに一気に盛り上がった。


 酒だ肴だと盛り上がる中、私は追加の酒樽を取りに行くついでに、その奥からしばらく放置していた、とある大きな包みを引っ張り出す事に。


 それは、例のダンジョンで冒険者たちから引っぺがした、武器や防具の山でした……



 私達はラミア17姉妹(の7尾)。みんな名前はまだ無い……


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