第十五話

 待ち合わせ場所までもうすぐ、というところで、桜が手を振っているのが見えた。

 普段は動きやすさ重視みたいな服装が多いのに、今日はやたらおしゃれしている。


(春だからか?桜も咲いてるしな)

 仁は、小さく手を振る桜に手を振り返そうとしたが、横に見知らぬ男が立っていることに気づいた。

 立っている位置からして、桜と無関係ではなさそうだ。

 仁は不審げな空気を隠さず、桜へ近づいていった。


「…知り合い?」

 仁は、内心(誰だよこいつ?!)と突っかかりたい思いだったが、取り合えず誰だか聞いてみる。仁の様子に驚いたような桜が説明するより早く、件の男が口を開いた。


「こんにちは。河野といいます。桜ちゃんとバイト先で一緒なんだ」

 バイト先の人?

 なんだ、と、ホッとして挨拶代わりの会釈を返した矢先に、まだ男の説明が続いた。


「この前桜ちゃんに振られちゃってね。彼氏がいるから、って。そっか、君が僕のライバルになるんだね」


 …は?

 この男、なんつった、今?

 固まったのは一瞬。カッとして詰め寄ろうとしたら、河野と名乗った男の肩を後ろから鷲掴む、また知らない男が現れた。


◇◆◇


 河野の突拍子もない発言、普段の仁からは想像出来ないような好戦的な態度に桜がフリーズしていると、また一人見知った顔が現れた。


「い~ま~な~んて言ったのかなぁ~あ?河野くーん」


 河野を力づくで振り向かせ、上から覆いかぶさるように睨みつけているのは。

「お、お兄ちゃん?!」

「進藤先生?!」

(な、なんでお兄ちゃんがここにいるの?!)


 河野の登場でも慌ててたのに、次は兄が現れた。

 この状況に着いていけない仁も目を白黒させている。


「あ、あっれーー…、進藤先生、今日はご出勤じゃなかったんですか?」

 河野はしどろもどろになりながら光司の視線と腕から逃げようとしているが、光司は逃さない。

「春休みだからな。午後から行って片付ければ十分だ…。で、君は?どうしてここにいる?なぜ妹と一緒にいる?」


 どうしてここにいる、は光司もそうなのだが、完全に棚上げしている。

 当初の目的=仁そっちのけで、何とかして河野をこの場から引き離そうと必死だ。肝心の桜のことすら眼中にない。


 呆然とする、桜と仁。

 しかしここは桜が動くべきだろう。そう判断して声を掛けた。

「あの…私たち、もう行ってもいい?」


 ハッとしたように振り返る光司と河野。

 困惑しきった若いカップルにジト目で見られていることに気が付いて、ハッと我に返った。

「じゃあ、お兄ちゃん、行ってくるね…」

 とっとと自分たちを置いて二人で行ってしまいそうな桜を、光司は慌てて呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!…河野君、君は帰りなさい。…さ、桜。もしよかったら、を紹介してくれないか?」

 兄の目線が仁に注がれていることに気づいた桜は、慌てて仁の腕を引っ張って光司の前に押し出した。

「あ、あのね、この人、西海仁くん。同じ学校で…」

 …で?

 続きを促すような仁の視線を感じて桜は仁を見上げる。

 えーい、ちゃんと言うぞ!

 と、桜が意気込むより一瞬早く、仁が一歩前に出た。


「初めまして。西海仁といいます。桜さんと、お付き合いさせてもらっています」


 真っすぐ背筋を伸ばし、光司を正面から見据えて、少し頭を下げながら、仁ははっきりと、そう告げた。

 

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