第十四話

 ウキウキとした空気を全身に纏って家を出る桜の後をつける、怪しい男が一人。

 光司は、気づかれないよう細心の注意を払いながら、桜を追いかけていた。

 

(松野さん、今日は桜のバイトシフト入れてくれって頼んだのに!)

 的外れなイライラを感じながら、目は桜から外さない。

 ニット帽にサングラス、黒い上着に黒いズボン。普通に不審者ファッションで周囲から浮きまくりだが、光司は気にしない。周囲になんと思われようが構わない、桜に気づかれさえしなければ。


 方向から察した通り、駅前に着いた。

 11時少し前。まだ相手の男は来ていないようだ。

 桜の姿が見える位置にバス停のベンチがあったので、そこへ腰かける。

(緊張してるからかな、暑い…)

 春の陽気に負けて、帽子を脱ぐ。陽が眩しいからサングラスは丁度良かった。

 

 そこへ、桜が誰かに声かけられた。

(っ!来たか、あれか?!)

 一気に殺気立つ光司が腰を上げたところ、男に見覚えがあった。

(…河野君?)

 東城大学の3年生、4月から4年生だ。よく教授棟に出入りしているから、専攻は違うが顔は見知っている。

(相手は河野君?いやまさか…、桜がバイトを始めたのは2日前からだし…)

 アワアワしてる光司の視界の中に、また異変があった。

 ロータリーの角に向かって、桜が手を振っている。それこそ見たこともないような満面の笑みを浮かべて。


 光司より少し背が低く細身だがしっかりした体格の少年。

 ふわりとした素材のパーカーに、ストレートのジーンズが長い脚を引き立てている。

 しかし本人は見た目に頓着しないのか、後頭部に寝癖が付いたままなのがこの距離からもわかる。

 対して桜。

 萌黄色の地に白で色抜きした花柄が散ったワンピースに、少し厚手のカーディガン。ワンピースに色を合わせたストラップ付のパンプスにお揃いのバッグ。去年の誕生日プレゼントに光司が贈ったものだから間違いない。

 桜も普段は動きやすさ重視でカジュアルな服装が多いのに、こんなに目一杯おしゃれしてくるなんて、余程楽しみだったのだろう。


(しかし!桜がどれだけ惚れていようが、相手の男を見極めるのは兄の務めだ!)


 本気でこう思っているから重症だが、何故か一緒に居続けてる河野も気になるのも事実。

 ここにいる限り話の内容は聞こえないし、相手の男について見た目以上の情報を得ることは出来ない。


 光司は思い切って、3人に話かけることにして、ニット帽を捨て、サングラスを外して近づいて行った。


 さりげなく近づいて爽やかに(?)声を掛けようとしたところ、河野の話す声が聞こえた。


「この前桜ちゃんに振られちゃってね。彼氏がいるから、って。そっか、君が僕のライバルになるんだね」


 桜?振られた?ライバル?


 聞き捨てならないキーワードに反応し、地獄の底から這い出てきた鬼のような表情で、光司は無言で河野の肩をむんずと掴んだ。


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