第十三話

 お昼前に、桜は仁との待ち合わせ場所に向かった。

 もうすぐ四月。ホワイトデーに二人で出かけたときより大分暖かくなってきた。

 季節が変わり始めると、多少早く感じても新しい季節に合わせた服を着たくなるのは、女性ならわかる感覚かもしれない。

 桜も去年のシーズン終わりに手に入れたワンピースに袖を通した。少し薄い気もするが、今日は天気もいいから大丈夫だろう。


 久しぶりに仁に会える。

 嬉しくて早く着いてしまった。でも仁も遅刻する人ではないから、もうすぐ来るだろう。

 仁が来る方向に視線を置きつつ、待ち合わせ場所に立つ。

「あれっ?桜ちゃん?」

 ん?私?

 桜が声のほうへ振り返ると、河野が立っていた。

 河野の顔を見た途端、前回のやり取りを思い出して、桜は一気に赤面した。

「やっぱりそうだ。今日はアルバイトは休み?」

 桜の変化を意に止めず、河野は会話を始める。

(そっか、河野さん気にしてないよね…)

 桜は胸を撫でおろし、河野に返事した。

「はい、松野さんにOKもらって…」

「そっかー、で、彼氏とデート?今日の桜ちゃん、いつもの三倍可愛いね」

 デート、と言い当てられて、さっきとは違う理由で赤面した桜を見て、河野は(当たりだ)と察する。


(じゃあ、ここで見てたら桜ちゃんの彼氏に会えるんだ)

 まだ桜に対して明確な感情を持っているわけではないが、進藤の妹ということを除いても気になる存在だ。その彼氏を見ることが出来るのは千載一遇のチャンスかもしれない。


 立ち去る様子のない河野を不審に思いながらそのままでいると、仁が角を曲がってこちらへ歩いてくるのが見えた。

「あっ!」

 小さく叫ぶ桜の目線の先には、背の高い痩せ気味の少年がいた。

 やっぱり高校生か、しかし背も高く体つきもしっかりしている。パーカーにジーンズというカジュアルさは高校生らしい。

 横にいる桜に目を移すと、河野の存在など忘れたように、満面の微笑みで小さく手を振っている。

(なんて幸せそうな顔するんだ…)

 顔が見えただけで嬉しいらしい。河野は、その笑顔に思わず見惚れた。

 大きなストライドで、仁が二人に近づいてくる。

「仁!おはよう~」

 飛びつきそうな勢いで彼氏?に駆け寄る桜に対し、彼氏君?の視線は河野に向けられていた。

「…知り合い?」

 河野へ向けられた訝し気な視線。仁らしからぬ態度に桜は驚いた。

 桜が、バイト先の人だよ、と説明しようとした矢先。

「こんにちは。河野といいます。桜ちゃんとバイト先で一緒なんだ」

 若干失礼気味な仁の態度はスルーして、河野は爽やかに仁へ挨拶を返した。


 相手が年上と踏んで、ペコっと頭だけ下げた仁へ、河野が続ける。

「この前桜ちゃんに振られちゃってね。彼氏がいるから、って。そっか、君が僕のライバルになるんだね」


 仁と桜。

 違う意味で、その場で固まった。

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