第二章

第六話

「私にバイトとか、できるのかなぁ…」

 独り言のように、桜が呟いた。

 横で朝食後のコーヒーを飲んでいた兄・光司が、桜のほうを見遣りもせず言葉を返す。

「なんだよ、お前バイトすんのか。」

「ううん、まだ決めたわけじゃないけど…。」

 最近、桜は仁が少し羨ましく感じているのだ。

 仁には確固たる将来の夢がある。絶対にブレそうもない、強い「目標」だ。

 それに向かって一直線の仁を見ていると、特に何もせず友達と遊んだり仁の空き時間が出来るのを待っているだけの自分が、急に空虚に思えてきた。


 私も何かしたい。


 ただ、「何か」と言ってもそう簡単に出てくるものではない。

 仁のような将来の夢となると、尚更だ。

 だから、取りあえず出来ることからやってみようと思った。

 そのひとつが「バイト」である。


 でも今までアルバイトなどやったことが無いから、どんな仕事があるのかも分からないし、どうやって探せばいいのか、そもそも自分に勤まるのか、など。

 考え出したら思考の渦にハマってしまい、ついぽろっと言葉に出てしまったのだ。


「お前そろそろ春休みだろ。うちの大学でバイトするか?」

 二杯目のコーヒーを注ぎながら、光司が提案してきた。

「お兄ちゃんの大学で、バイト?」

 兄・光司と桜は一回り年が離れている。兄は家から車で15分ほどの大学で講師をしている。

「今新年度に向けて図書館のリニューアルしてるんだよ。でバイト募集してるんだけど、大学って時給安いから集まらなくて困ってるって聞いたんだ。お前、どうだ?」


 思わぬところからの提案に、桜は一瞬フリーズしたが、しかしこれは願ったり叶ったり。

 通勤は兄の車に便乗すればいいし、春休みだけの臨時バイトなら新学期以降の心配をしなくていいし、困ったことがあれば兄に相談すればいい。

 今は桜に対して適当な光司も、昔はとても妹思いの優しい人だったのだから、本気で困れば手助けしてくれるはずだ。


「やる!それ、やりたい!お兄ちゃん!」

「…っ、お前、いきなり叫ぶなよ!」

 驚いてコーヒーを吹き出しかけた光司に、空いてる手でペシャリと叩かれた。


―。

 その日のうちに大学で面接、「進藤先生の妹さんなら…」ということで、即採用が決まった。


『私、春休みバイトするー』

 桜からの唐突なメッセージを読んで、仁は首をひねる。


(なんでいきなり、あいつがバイト?)


 桜のジレンマなど、仁は知る由もない。

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