第四話

 その後、二人でモール内の本屋、楽器屋、アウトドアショップなどをひやかして、ランチを食べた。

 桜が意外に感じたのは、仁は飛行機や車みたいな機械にしか興味がないのかと思っていたら、そうでもなかったことだ。

 流石に本屋では航空雑誌を手にとっていたが、楽器屋でも慣れた手つきでキーボードに触ったり、アウトドアショップでは店員と楽しげに会話していた。

 ああいうのって、知らないと話出来ないよね…。


 楽器を演奏する仁。

 アウトドアを楽しむ仁。

 どっちも桜の知らない、仁の姿だ。

 それを想像すると、「知らない」顔を持った仁に対して少しヒヤリとした感覚が沸くのと同時に、それをもっと知りたい気持ちと、自分が知らない仁はそのままにしておきたい、自分が関わらないままがいいのかもしれない、などグルグルと考えて、ちょっと落ち着かなくなった。


 でもその後

「お昼どうする?」

 と桜が聞いたとき、ちょっとだけ考えて、日本中どこにでもあるハンバーガー屋を提案したときは、笑ってしまいながらもほっとした。


 いつもの仁だ。


 桜は笑いながら、仁と一緒に店に入った。


◇◆◇


 仁と桜と二人きりで出かけるのは、これが多分3回目くらいだ。

 仁は普段バイトばかりしていて、もしかしたら桜から「つまらない」と思われているかもしれないが、土日がバイト尽くしな理由も知っているし、特に桜のほうから不満を言われたこともないので現在の状況が続いている。


 ただ仁は、今日だけは特別にしたかった。

 そうしないと、いけない気がしたのだ。


 でも、いざ出かけると決まっても、どこへ行けばいいのか分からない。

 ショッピングといっても大人のように好きに買い物が出来るほど財源があるわけではないし、映画もお互いの趣味が違う。遊園地など行っても人がたくさんいて疲れるだけだ。

 だから前夜桜から『どこへ行くの?』と聞かれたときは、流石の仁もLINE越しだが緊張した。

 しかし、考えてどうなるものでもない。

 『決めてない』

 正直に伝えたが、その後猫が大笑いしてるスタンプが送られてきて、ほっとした。


 今も。

 何度も来ている近場のショッピングモール。ランチはいつものハンバーガー屋。

 だけど、桜は笑ってついてきてくれる。不満そうな顔も空気も出さない。

 それが、無理をして俺に合わせている、と感じない。


 仁は、それが嬉しい。


 学校の中で結構美人な方で、スタイルも良くて、実はいいなと思っている男子がそこそこいるのを仁は知っている。

 でも、仁が桜を好きなのは、そんなところじゃない。


 無理をしないでも自分と一緒にいて楽しんでくれる、その「心」が好きなのだ。

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