第三話
仁の歩く速度がいつもより遅い。
桜は
(本当に行くところ決めてないんだ…。)
と察する。
なんだかそれが嬉しい。
だって、行き先が決まっていて、都合上自分を連れ出したのかと思ってたけど、そうじゃない。
ということは、一緒にいることが今日の目的なのかもしれない。
しかし、まだ午前10時だ。このまま二人で目的も無くフラフラしているには時間が有りすぎる。
桜は仁に声をかけた。
「ね、行きたいところがあるんだけど、いい?」
ひとつ瞬きをして、仁はうなずいた。
「よかった。じゃ、いこ?」
嬉しくて、桜は無意識に仁の手をつかむ。
つかんだつもりだったが、仁から見たら「手をつながれた」気がした。いや、傍から見てもそうだろう。
自分より少し温かい桜の体温を思いがけず感じることになり、仁はそれに気を取られない様、目的地へ向かう足の速度を上げた。
◇◆◇
桜が行きたがったのは、ショッピングモール内のかばん屋。
財布やキーケース、大人が使うようなビジネスバックも並んでいる。
「探し物したいんだ。仁も好きなもの見てて?」
そう言って店内で別行動を促した。
デートなのに、と思うが、桜には意図がある。
そろそろ仁の誕生日だ。
付き合い始めて初めての、彼氏の誕生日。
何をプレゼントするか、何をプレゼントすれば良いのか悩むところだ。
直接聞けばいいものだが、あの仁が正直に言うはずがない。欲しいものがあっても、どうせ自分で買ってしまうのだ。
しかし桜だって、せっかくだから気に入って使ってもらえそうなものをプレゼントしたい。
色々考えて、普段手ぶらの仁に、使いやすいかばんはどうか、と思いついた。
普段使わないからこそ、どんなものがいいのか予想つかない。なので、店内の仁の動きを見て、手に取ったものから選ぼうという寸法だ。
(何選ぶのかな…。色とかも予想つかないなー。柄物は無いだろうな。うーん、でもすんごい高いものだったらどうしよう?)
まるで張り込み中の刑事のように物陰から気付かれないように仁をウォッチし続ける。かなり神経を使うがこれしかリサーチ方法が思いつかないのだから仕方ない。
しばらくして、あるものを手に取り、矯めつ眇めつしている様子が見られた。他の商品には一切手を触れないのに、それだけ。
(よっしゃ!)
心の中でガッツポーズをとった桜。しばらくして仁が商品を棚に戻し、店外へ出たところでその棚へ近づき、モノと値段を確かめてから、仁の元へ駆けて行った。
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